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進化するゴルフルールの世界

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
レキシー・トンプソンの涙を繰り返さないためにも、、、ゴルフルールが変わりつつある(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 ゴルフルールに関して、世界のゴルフ界がまた1つ、新たな一歩を踏み出した。

 

 ゴルフルールをつかさどるUSGA(全米ゴルフ協会)とR&A(ロイヤル&エインシャント・ゴルフクラブ・オブ・セント・アンドリュース)は12月11日(米国時間)、ゴルフルールに関する2つの新たな規定を発表し、大きな注目を集めている。

ルールに関しては選手と大会側の「やる人」たちだけに限定。「観る人」は“そこ”に関わらせないことになったが、それは排除ではなく、シンプル化と悲劇の防止策だ(写真/舩越園子)
ルールに関しては選手と大会側の「やる人」たちだけに限定。「観る人」は“そこ”に関わらせないことになったが、それは排除ではなく、シンプル化と悲劇の防止策だ(写真/舩越園子)

【大会を「やる人」と「見る人」】

「視聴者からの指摘により、ルール委員が画像を分析した結果、ルールに反しているという結論が出され、、、、、、、、」

 米欧ツアーの大会やメジャー4大会、世界のゴルフの舞台において、そんな出来事が過去には何度も起こった。

 今年4月、米女子ゴルフのANAインスピレーション最終日、視聴者からのEメールによる指摘が発端となって、首位を走っていたレキシー・トンプソンに3日目のルール違反に対する合計4罰打が科され、彼女が最終的にメジャー優勝を逃したことはゴルフファンの記憶に新しい。

 だが、そうした出来事は、これからはもう起こらない。選手のルール違反に関する視聴者からの指摘は、今後は受け付けず、裁定を下す際にも視聴者から寄せられた「声」は考慮に入れないことをUSGAとR&Aが発表した。

 プロの試合を主催運営する米PGAツアー、LPGA、PGAオブ・アメリカ、欧州ツアーの4団体もUSGAとR&Aの決定を支持する意向を示した。

 これにより、「ルール違反ではないか?」と指摘する場からも、違反かどうかを判断するプロセスからも、ゴルフを愛する視聴者が除外されることになる。

 選手やキャディ、大会やツアー側といった試合を「やる人」と試合を「観る人」の間に完全に一線を引くことになった今回の新規定。

 これだけ聞くと、「一方的、高圧的」と感じられるかもしれないが、ルールにまつわる混乱を最小限に抑え、トンプソンのような悲劇を防ぐための効果的な対策という意味で、ゴルフ関連諸団体は胸を張っている。

 現代はテクノロジーの進歩とSNSなどの発達や普及によって、一般視聴者がさまざまな動画や情報を提供しうる世の中だ。ある出来事、あるルールに関する複数の異なるエビデンスが出され、それに基づく意見や指摘も出され、大会側やツアー側がそれらをその都度、考慮・対応していたら、試合の現場は大混乱に陥ってしまう。

 そうではなく、ルール違反を指摘、判断、結論する「人」と、その基準となる動画やモニター機材といった「モノ」を大会やツアーといった「やる人」サイドに限定し、シンプル化しようではないかというのが今回の新規定の主旨である。

 だからと言って、ルールにまつわる出来事から「観る人」を一方的に排除しようとしているわけでは決してない。

 ルールにまつわる出来事が起こった際、視聴者に迅速で正確でわかりやすい情報提供と解説ができるよう、試合の中継サイドにルール委員を1~2名派遣することも今回の新規定に盛り込まれている点が最大の注目ポイントであろう。

 ルール委員を毎日の中継スタッフに加える試みは、今年4月から米ツアーで実験的に行なわれ、視聴者から「とてもわかりやすい」「納得がいく」とすでに好評を博している。

 然るべきテスト段階を経て、早々実施へ。しかし、ワンウエイではなく、あくまでもツーウエイの精神を重んじる。

 世界のゴルフ界の動きは、とても迅速だ。

試合会場の各所に配されたルール委員は、罰打を科すためにいるのではなく、ルールを迅速適格に適用し、選手たちを救うために存在している(写真/舩越園子)
試合会場の各所に配されたルール委員は、罰打を科すためにいるのではなく、ルールを迅速適格に適用し、選手たちを救うために存在している(写真/舩越園子)

【“ダブル罰打”は、なくなる】

 今回、発表された新規定は、もう1つある。

 先述したANAインスピレーションにおけるトンプソンの例をもう1度、振り返ってみよう。

 トンプソンが3日目の17番グリーンでボールをマークしてピックアップした後、「グリーン上に戻したボールの位置が元の位置と異なっていた」という視聴者からの指摘が最終ラウンドの途中で大会側に寄せられ、大会側がその指摘を認める形で最終ラウンドをプレー中のトンプソンに罰打が言い渡された。

 「誤所からのプレー」で2罰打、「スコアの誤記」で2罰打の合計4罰打が科され、トンプソンの3日目の17番のスコアは「パー」から「7」になった。

 だが、今回発表された新規定では、ルール違反であったことを選手がその場で認識できずにスコアを記した場合は、後にそれが実はルール違反だったと結論されたとしても「スコアの誤記」による2罰打を科すことはしないとされている。

 ルール違反を意図的に隠したり、スコアを改ざんしたのなら、それに対しては重いペナルティを科すべきだが、選手やキャディらが、その場で(肉眼で)認識しえず、後にルール違反とされた場合は、ルール違反そのものに対する罰打と誤記による罰打の“ダブル罰打”は厳しすぎるという考え方に基づいて出されたのが今回の新規定。

 これに対しても、反論を抱く人々はいるのかもしれないし、諸説が出るのは当然である。が、いずれにしても、あのときのトンプソンのような涙は「もう見たくない」と感じた選手や関係者、ファンの総意が今回の新規定を生み出したと言っていい。

【今回は「ローカルルール」、2019年からは「正式ルール」】

 今回発表された新規定は、どちらも正式なルール変更ではなく、ここに挙げたゴルフ関連団体が主催運営する試合において適用されるローカルルールとして2018年1月から施行される。

 複雑なルールを全般をわかりやすくシンプル化するためのルール大幅改正の作業は現在も進行中で、それらは2018年半ばに正式決定され、2019年1月から施行される予定。今回の新規定も、それらの大改正に盛り込まれて正式ルールとして条項化されたら、それと同時にこのローカルルールは撤廃されることになっている。

 いや、そんな小難しい話はさておいて、覚えておきたいことは、この2つだけ。

「視聴者からのルール違反の指摘は受け付けない」

「ダブル罰打は、なくなった」

 複雑だからこそ、シンプルに――。ルールの世界も少しずつ変わりつつある。 

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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