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WTCビル崩壊から20年 命を守る建築構造の基本とは

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:ロイター/アフロ)

アメリカ同時多発テロから20年

 2001年9月11日、テレビに突然映し出された映像は、映画のワンシーンのような衝撃的なものでした。世界を代表する超高層ビルに旅客機が激突して炎上する瞬間、その後、ビルが瓦解し、市民が逃げ惑う様子、その生々しい映像を見て、世界の行く末に不安を感じた人も多かったと思います。

 オサマ・ビンラディン率いるアルカイダのテロリストにハイジャックされた4機の旅客機が、ニューヨークのワールドトレードセンター(WTC)の北棟と南棟、バージニア州のペンタゴン、ペンシルバニア州の野原に相次いで墜落しました。

 アメリカ同時多発テロと呼ばれるこの事件で、3千人もの人が犠牲になり、その後、アフガニスタン戦争がはじまりました。20年に及ぶ戦争でしたが、先月末、米軍の撤退によって終結しました。

 本稿では、最も衝撃的だったワールドトレードセンターの崩壊を通して、建築構造の基本を学んでみたいと思います。

日系の建築家ミノル・ヤマサキ

 ワールドトレードセンターは、日系二世の建築家、ミノル・ヤマサキが設計し、1973年に開業しました。地上110階、高さ417mの2本のタワーがハドソン川沿いに並んでそびえる姿は、ニューヨークを代表する景色でした。建物の外周をチューブ状に多くの鉄骨柱で取り囲み、建物内部にサービス用設備の入るセンターコアを配したチューブ構造が採用されています。これによって、縦の線を強調した外観と、柱のない広々した内部空間を作ることに成功しました。

 ちなみに、ミノル・ヤマサキは、日本でも芦屋浜シーサイドタウンなどの設計を手がけています。日本を代表する企業群によって1979年に建設された芦屋浜の高層集合住宅は、メガ柱・メガ梁の大架構の中にプレハブ工法を多用して作った住戸が設置されるという画期的なものでした。しかし、1995年兵庫県南部地震で、メガ柱が脆性破断をして話題になりました。

 テロと地震に代表的な建築作品を痛めつけられたミノル・ヤマサキは、1986年に73歳で永眠しました。

WTCビルの犠牲者と避難

 WTCの北棟にアメリカン航空11便が衝突したのは8時46分、南棟にユナイテッド航空175便が衝突したのは9時3分でした。何れも、ボーイング767-200ER型機で、時速800km内外の速度で衝突したようです。北棟には北面の94階~98階の中心当たりに衝突し、南棟には南面の78~84階のやや東寄りに衝突しました。

 衝突直後に燃料が爆発炎上しました。そして、1時間ほどたって、南棟が9時59分に、北棟が10時28分に、最上階から下階を押しつぶすように瓦解しました。南棟の方が早く倒壊したのは、衝突位置に偏りがあったため、衝突階の荷重の保持がしにくかったためだと思われます。

 崩壊までに1時間程度の猶予があったため、北棟では衝突階より下の人たちの多くが避難しました。南棟でも、北棟の衝突後に避難が始まりました。このため、北棟の衝突階より上の人たちが多く犠牲になりました。その後の調査で、亡くなった民間人は、センター全利用者の13%程度、そのうちの7割が北棟、とくに衝突階より上の利用者だったようです。

WTCの崩壊の仕方

 アメリカ東海岸では、地震はほとんどありませんので、WTCの構造設計では、風が支配的な荷重でした。実はそれに加え、かつてエンパイアステートビルに飛行機が衝突した事故を教訓に、飛行機の衝突も考えた設計も行われていました。

 最初の衝突では、衝突階の外周柱が30本程度破壊され、センターコア部の柱にも損害があったようです。外周だけで236本もの柱がありますので、当初は、応力の再分配によって他の外周柱に荷重が移り、建物の重さを支えることができていました。

 しかし、衝突で床が壊れると下階の床に落ちて、下階の床荷重が大きくなります。また、衝突の衝撃で、鉄骨を火災から守る耐火被覆が剥がれてしまいました。その結果、熱に弱い鉄骨が、燃料火災とその後の建物内の延焼によって高温にさらされました。これによって外周の柱が外に膨らみ、外周の柱とセンターコアを横に繋いでいたトラス状の梁の端部が破断しました。そして、床が次々と落下し、さらに、つなぎ梁を失った柱が横に膨れて、重さを支えられなくなり、上階から下に向かって一気に破壊が進みました。

下向きの力に対する建物の柱・壁、床・梁の役割

 WTCの崩壊の仕方は、建築構造の基本を学ぶことで理解ができます。建物の最も大切な機能は、私たちの命や日常の生活を守ることです。まず必要なのは、建物自身の重さや建物に載る人や物などを支え、生活する空間を確保することです。これらは重力によって下向きに作用する力、鉛直荷重を生み出します。日常作用する荷重なので、長期荷重と言います。

 長期荷重に対して、時々短期的に作用するもの、例えば、地震、風、雪のようなものは、短期荷重と言います。飛行機の衝突も短期荷重の一つです。雪は下向きの力ですが、地震や風、飛行機の衝突などは横向きの力も大切になります。一般に、常時作用する長期荷重に対しては安全率を大きくとって余裕を持たせますが、短期荷重は滅多に作用しないので、安全率は小さめです。

 次に柱・壁と、床・梁の役割の違いを考えてみます。高層ビルのように何層も階が存在する建物では、最上階の柱・壁は屋上の床と梁の重さだけを支えればよいですが、最下階の柱・壁は、それより上の全ての階の重さを支えなければいけません。ですから下階の柱ほど大きな力を受けます。重さが支えられなくなると建物は倒壊しますから、柱・壁は非常に重要です。

 それに比べて、床は、当該の階の床と床上に積載される重さだけを支えます。梁の役割は、床に作用した荷重を、柱・壁に伝達することです。ですから、床・梁は何層分もの重さを支える実力はありません。従って、上から何層もの床が落ちてくると、下階の床・梁が壊れます。床・梁が無くなると、柱・壁を横につなぐことができなくなって、建物は不安定になって崩壊していきます。

 WTCは、トラス形式の梁を柱に接合する梁の端部に弱点があったようです。日本の高層ビルでも、何らかの原因で床が何層も落ちるようなことになれば、同様の事態が発生する可能性はあります。

横向きの力に対する安全性の確保

 建物は、いつも重さを支えているので、鉛直方向の力には耐力的に余裕があります。これに対し、地震や風などの横向きの力に対しては、特別な配慮が必要です。

 竹ひごを持って、縦(竹ひごの軸方向)に押してみてください。余り変形しません。とくに竹ひごの途中を横に動かないようにすると、殆ど変形しなくなります。横に動かないようにするのが床や梁の役割になります(WTCでは床や梁を失って外周柱が変形しやすくなりました)。これに対して、竹ひごを横に押すと簡単に曲がります。これから分かるように、柱は鉛直力には堅く強いのですが、水平力には柔らかく簡単に変形します。

 次に、下敷きを持って横に押してみます。下敷きの広い面を押すと簡単に曲がりますが、下敷きの脇を横に押してもほとんど変形しません。面状のものは面に対して平行な方向にはとても堅く強いのです。これが壁です。壁は柱に比べて、横力に対して圧倒的に堅く強いので大きな力に耐えられます。壁と同様の役割を果たすのがブレースや筋交いです。四角形は変形しやすいですが、三角形は変形しにくいからです。従って、地震や風に対して安全な建物を作るには、壁の適切な配置がポイントになります。

 WTCでは、旅客機衝突から崩壊まで、1時間の猶予があったおかげで、多くの人が避難できました。2000年前の建築家ウィトルウィウスが「強なくして用なし、用なくして美なし、美なくして建築ではない」と語ったように、建物では強さが最も大切です。皆様も、周辺の建物を見て、この建物はどのようにして重さを支え、地震に耐えているのか、考えてみてはどうでしょうか。ちなみに、最近では、建物を揺れにくくする免震や制振などの技術も使われるようになりました。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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