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夏に発生した南海トラフ地震から660年 夏ならではの大きな課題とは

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(提供:tokumiyanuts/イメージマート)

660年前に発生した南海トラフ地震

 1361年に発生した正平・康安地震は、南海トラフ沿いでの地震だと考えられています。地震が起きたのは、後醍醐天皇による1334年の建武の新政で始まった室町時代で、足利尊氏と後醍醐天皇が対立し、1336年に朝廷が南北朝に分かれ、政治が混乱していたときにあたります。このため、南朝の元号の正平と北朝の元号の康安の名前がついています。北朝の元号は1361年に康安に改元されていましたが、地震や疫病もあったためわずか1年で、1362年に康安から貞治に改元されました。

民衆の時代に多発した疫病と天変

 この時代の歴史については、学生時代に多くを学んだ印象はありませんが、守護が地域の武士をまとめ、農民による自治も進み、貨幣経済が浸透して商工業が栄えたようです。朝廷が南北に分かれ、国家の統率力が弱かったためか、地域主体の民衆の時代で、多くの一揆も起きました。どうも、民の時代は、教科書に載るような歴史的事件は少ないようです。南北朝の時代は60年続きましたが、この間に、南北朝合わせて25回の改元が行われています。そのうち、疫病と天変に関わる災異改元がそれぞれ8回と、災禍が続いていました。

震源域が同時破壊した大規模な南海トラフ地震

 正平・康安地震の被害の様子は様々な古文書に記されており、高知、徳島、大阪を津波が襲い、奈良や大阪、熊野で堂塔が倒壊・破損し、和歌山の湯の峯温泉が涸れたとの記述があります。古文書の地域的偏りから、東海地震の震源域の被害記録が少ないですが、最近、各種のデータから東海地震も連動したと考えられるようになりました。

 1707年宝永地震や、887年仁和地震と同様に、南海トラフ地震の震源域全体が破壊したとすると、相当大規模な地震だったことになります。この地震の1年前には、津波を伴う地震があったとの記録もあり、3日前と2日前には京都が強く揺れたようです。これらが南海トラフ沿いでの地震だったとすると、前震だった可能性もあります。

夏に発生した南海トラフ地震

 正平・康安地震は、8月3日(グレゴリオ暦)に発生しました。南海トラフ地震が夏に発生したのは、8月26日(グレゴリオ暦)に発生した仁和地震と正平・康安地震の2つです。最近の南海トラフ地震に関しては、宝永地震は1707年10月28日、安政地震は1854年12月23日と24日、昭和地震は1944年12月7日と1946年12月21日に起きています。近年大きな被害を出した2011年東北地方太平洋沖地震は3月11日、1995年兵庫県南部地震は1月17日だったことから、地震は寒い時に起きるとイメージしている人が多いようですが、万が一、地震が夏に起きると色々大変なことが起きます。

夏の暑さの問題

 南海トラフ地震が夏に起きたらどうなるでしょうか。思い浮かぶのは暑さと風水害です。地震後に停電すれば、冷房が使えなくなり、熱中症患者が激増するでしょう。救援に当たる自衛隊員や消防隊員、ボランティアなども猛暑の中での作業には限界があります。また、冷蔵・冷房設備が無くなれば、食べ物などの腐敗、ご遺体の腐乱の問題などが発生します。さらに、様々な臭い、ゴミや公衆衛生、感染症なども深刻です。水道の復旧が遅れれば、夏の生活に不可欠な給水やトイレ、シャワーの問題なども発生しそうです。

 1千万人もの人が避難を余儀なくされる南海トラフ地震で、こういった事態が起きれば、膨大な関連死が発生することが懸念されます。再生可能エネルギーを活用した冷房施設や冷蔵設備などを予め準備したり、ドライアイスを大量に備蓄したり、通電している東日本に大量疎開するなど、夏特有の対策を考えておく必要がありそうです。

出水期と重なれば風水害との複合災害が発生

 6月から9月にかけては、梅雨、雷雨、台風など、風水害が続発します。雨を含んだ地盤は地震の揺れで崩れやすく、逆に地震の揺れで緩んだ地盤は風水害で崩れやすくなります。2004年新潟県中越地震や2018年北海道胆振東部地震では直前の豪雨や台風によって、土砂災害が多発したと言われています。地震が起きると、気象庁は、強い揺れを受けた地域の地盤が緩むことを考慮して、大雨警報・注意報や土砂災害警戒情報の発表基準を引き下げたりしています。熱海の土石流災害の映像を思い出してみてください。

 南海トラフ地震では、西日本が広域に被災し、余震や誘発地震も多発しますから、風水害と重なる可能性も高くなります。さらに、甚大な被害によって堤防などの治水施設の復旧が遅れれば、風水害との複合災害の発生可能性が極めて高くなります。逆に言えば、風水害との複合災害を防ぐために、治水施設の仮復旧を優先するなどの災害対応戦略を考えておく必要があります。

 南海トラフ地震は、本震が東西に分かれるか、一度に起こる可能性があります。さらに余震や誘発地震の続発などに加え、夏固有の問題として、応急対応の遅れによる関連死や、衛生環境の悪化による感染症の拡大、復旧の遅れによる風水害との複合災害などの課題がありそうです。多様な地震の発生の仕方に加え、季節や天候、発生時間など様々な事態を想定し、予め入念な準備をしておきたいと思います。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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