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「ビッグヒストリー」から考える「諦める災害」と「乗り越える災害」

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(提供:PantherMedia/イメージマート)

ビッグヒストリー

 最近、「ビッグヒストリー~われわれはどこから来てどこへ行くのか」(明石書店)を読みました。ビッグバンから現在までの歴史を俯瞰し、未来の姿を予見したもので、自然科学と人文科学の様々な学問分野をつないだ新たな学際研究です。宇宙論、物理学、生物学、化学、地球惑星科学などの自然科学と、歴史学、地理学、社会学などの人文社会学を統合し、壮大な歴史を描いています。マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツがこのプロジェクトを支援していることも話題になったようです。1ビッグバン、2恒星の誕生、3重い化学元素の誕生、4惑星の誕生、5生命の誕生、6ホモサピエンスの誕生、7農業の始まり、8現代社会の8つのスレッショルドで歴史を区分しています。宇宙史、地球史、生命史、人類史、人間史が順に描かれ、人間史では農業革命、産業革命、情報革命などの社会変化が解説されています。

宇宙の寿命と太陽・惑星の寿命

 138億年前のビッグバンにより、きわめて短い時間で大きな変化が起き、水素とヘリウムができ、重力が生まれて恒星が誕生しました。そして恒星が終焉を迎える時に重い化学元素が生まれ、それらが集まって惑星が誕生してきたようです。太陽系は46億年前に生まれ、地球も誕生しました。宇宙の終焉については諸説あるようですが、太陽の寿命は100億年程度と言われていますから、地球にいる限り50億年程度先には消えてなくなる運命にあります。

超大陸の形成・分裂とスノーボールアース

 地球は卵のような構造をしていて、殻の部分が十数枚のプレートに分かれています。プレートには軽い大陸プレートと、重い海洋プレートがありますが、プレートの移動によって、大陸プレートは5~10億年ごとに集まって超大陸を作ります。蓋をされた超大陸プレートの下では、ホットプルームが生まれ、大陸を分裂させます。2億5千万年前にできた超大陸パンゲアも、分裂時に大規模な火山活動を起こし、有毒の火山ガスが地球を覆いました。これにより生物の大絶滅が起き、地質年代の古生代と中生代の境になっています。そして、恐竜が登場しました。

 世界には、大量の玄武岩が流出した洪水玄武岩の跡が、シベリア、南アフリカ、ブラジル、デカン高原、コロンビア川などにあります。火山噴出物が太陽光を遮ると、地球が冷えて表面が凍結するスノーボールアースになるようです。約22億2千万年前、約7億年前、約6億5千万年前に大規模な氷河期があったと言われます。氷河期には、一部の人間は科学技術の力で生きながらえるかもしれませんが、多くの生物は死滅することになりそうです。

天体の衝突

 6500万年前に直径10~15kmの天体がメキシコ・ユカタン半島に衝突して、恐竜が絶滅したと言われています。これが地質年代の中生代と新生代の境です。最近では、2013年にロシア・チェリャビンスク州に直径17mの天体が大気圏に突入し上空で分裂して衝撃波により大きな被害が出ました。その千倍の大きさの天体が衝突したのですから大変だったと思います。

 また、1908年にもシベリアに直径60~100mの天体が衝突したようです。2億5千万年ほど前に、巨大な天体が南極に衝突したとの説もあるようです。また、月は45億年前に火星くらいの大きさの天体が地球に衝突してできたとの考えが有力です。映画ディープ・インパクトのようにうまくいくのはある程度小さな天体だけだろうと思います。1億年に一度程度は絶滅の覚悟が必要そうです。

数十万年単位の地磁気の逆転や氷期・間氷期の繰り返し

 地球を宇宙線から守ってくれる地磁気は、外核中の液体の鉄が対流してダイナモ原理で作られています。この地磁気が、過去360万年の間に11回も逆転しているそうです。一時的に地磁気が無くなるので、宇宙線が地球上に降り注ぐことになります。地磁気の逆転と寒冷化との関係を指摘する研究者もいるようです。

 過去250万年の間には、氷期と間氷期が4万~10万年の間隔で繰り返しています。現在の間氷期は1万年ほど前から始まり、氷河が溶けて海水面が上昇しました。日本では縄文海進と呼ばれ、関東平野、濃尾平野、大阪平野などが海に没し、軟弱な沖積層が堆積しました。地磁気の逆転や氷期・間氷期は、気候変動による大規模な自然災害の原因にもなります。

1万年単位の火山の破局噴火

 日本では、7300年前に九州の南の海で鬼界カルデラ噴火がありました。みかけのマグマ噴出量は約100 km3 にもなり、九州南部の縄文文化が途絶えた理由と言われています。3万年前には、今の鹿児島湾で姶良カルデラ噴火が、3.9万年前には屈斜路で、4.6万年前には支笏でカルデラ噴火が起き、鹿児島湾や屈斜路湖、支笏湖ができました。8.8万年前には阿蘇がカルデラ噴火しました。日本では1万年に1回程度の頻度でカルデラ噴火しているようです。カルデラ噴火すれば、日本中に火山灰が降って農作物が取れなくなり、住むことは困難になるでしょう。

 海外に目を向けると、2.5万年前のニュージーランドのタウポ、7.5万年前のインドネシアのトバ、63万年前のアメリカ・イエローストーンなどの噴火が有名です。噴出量は、トバは5300 km3、イエローストーンは900 km3と言われており、けた違いです。最近では、1815年にインドネシアのタンボラ山でカルデラ噴火がありました。このような噴火があれば、気候変動により影響は全世界に広がると思われます。

 ちなみに、富士山の694年貞観噴火と1707年宝永噴火の噴出量は1.3 km3と0.7 km3程度だと考えられており、頻度や規模は全く違います。私たちは、富士山噴火くらいは軽く乗り越えられる社会にしておく必要があります。また、1783年にアイスランドのラキ火山が噴火したときには、日本でも浅間山が噴火し、天明の飢饉になりました。ヨーロッパやアメリカでは飢饉が起き、フランス革命につながったともいわれます。

百年単位の大規模地震

 カルデラ噴火と比べると地震の頻度ははるかに高く、超巨大地震といえどもその影響範囲は限定的です。活断層による地震の再来間隔は千年~数万年、東日本大震災のようなM9クラスの超巨大地震で5百年~数千年、M8クラスの海溝型の巨大地震は百年のオーダーです。活断層の地震の再来間隔は長いですが、日本周辺に2千もの活断層があり、主要なものだけでも100程度ありますから、日本全体では10年に一度くらい大きな被害地震が発生しています。また、例えば、東日本大震災の震源域では、有史以来、864貞観地震、1454年享徳地震、2011年東北地方太平洋沖地震と繰り返しています。したがって、地震については、私たちの対策によって乗り越えるべき災害だと思います。

十年単位のパンデミック

 14世紀のペストや19世紀のコレラ、20世紀のスペイン風邪などが有名ですが、パンデミックは比較的頻度高く起きています。戦後に限っても香港風邪、エイズ、SARS、MERS、エボラ出血熱、新型インフルエンザ、COVID-19などが発生しており、10年に一度程度の頻度です。感染症は常に起きるものと考え、想定しておくべき災禍だと判断されます。

毎年の台風や豪雨などの気象災害

 さらに頻度が高いのは大規模台風や線状降水帯による豪雨です。死者千人を超す台風災害は1959年伊勢湾台風からは経験していませんが、2019年に上陸した房総半島台風と東日本台風は本州を直撃した台風としては、58年ぶりに気象庁が命名しました。また、このところ、毎年のように線状降水帯による豪雨災害に見舞われています。気候変動に伴うものなのかは分かりませんが、長年築いてきた治水対策を上回る勢いになったように感じられます。

 風水害やそれに伴う土砂災害は毎年来るものだと考え、必ず対策をすべきものだと思います。近年、流域治水や立地適正化の大切さが叫ばれるようになりました。治水対策と危険を避けた土地利用とのハード・ソフトの両面で乗り越えるのが当たり前の社会を作る必要があると思います。

 私は、再来間隔が数千年までの災禍に対しては社会を維持し、次世代に引き継ぐようにすることが肝要だと考えています。それを超える災害は、諦める覚悟も必要だと思っています。皆様はどのようにお考えでしょうか?

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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