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菅原道真の時代の南海トラフ地震は夏に発生 夏の地震の怖さは?

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:アフロ)

冬に多い南海トラフ地震だが、夏にも起きていた

 最近の南海トラフ地震は、1854年安政東海地震、南海地震、1944年昭和東南海地震、1946年南海地震と、何れも12月に起きました。1096年永長地震も12月です。1707年宝永地震は10月、684年白鳳地震は11月、1605年慶長地震と1099年康和地震は2月ですから、寒い時期に起きることが多いという印象があります。ですが、887年仁和地震、1361年康安地震、1498年明応地震は、ユリウス暦で8月、7月、9月に起きています。夏の地震は、地震後の生活に大きな困難を伴います。

菅原道真の時代は地震が頻発

 菅原道真(845-903年)は、2回前の東日本大震災である869年貞観地震の翌年に、官吏登用試験・方略試を受験しました。2つの問いのうちの一問は「弁地震(地震について弁ぜよ)」でした。道真は、西暦138年に張衡が開発した地震計・候風地動儀が洛陽郊外の地震を検知したことを解答し、合格しました。張衡は、帰田賦に「仲春令月、時和気清」と記した人でもあり、一時期、令和との関りが話題になりました。

 道真が役人になった後、874年の大飢饉と開聞岳噴火、相模トラフ地震が疑われる878年相模・武蔵地震、880年出雲の地震、885年開聞岳噴火、886年千葉・安房国の地震、887年仁和地震と、天災が続きました。道真はこれらに対処しつつ、右大臣にまで昇進します。その後、901年に大宰府に左遷され、903年に落命しました。死後、都で不吉なことが続いたため、道真を祭神にした太宰府天満宮が創建されました。大宰府と言えば、大伴旅人が梅花の宴を催して、万葉集に、「初春令月、気淑風和」を記した場所でもあります。令和と地震との不思議な縁を感じます。

8月に起きた仁和地震

 今から1132年前、ユリウス暦の887年8月22日(仁和3年7月30日)夕方4時ごろに仁和地震が発生しました。六国史の最後の国史・日本三代実録には、「卅日辛丑、申時、地大震動、経歴数剋震猶不止、天皇出仁寿殿、御紫宸殿南庭、命大蔵省、立七丈幄二、為御在所、諸司倉屋及東西京廬舎、往往顛覆、圧殺者衆、或有失神頓死者、亥時又震三度、五畿内七道諸国、同日大震、官舎多損、海潮漲陸、溺死者不可勝計、其中摂津国尤甚、夜中東西有声、如雷者二」と記されています。

 天皇や御所の様子に加え、畿内の大和、山城、摂津、河内、和泉の五国や、東海道、東山道、北陸道、山陽道、山陰道、南海道、西海道の七道の諸国で強い揺れとなり、民家や官舎の倒壊による圧死者や、津波による溺死者が生じ、とくに摂津での被害が大きかったことが記されています。

夏の地震の怖さ

 7月から9月にかけて、梅雨前線の停滞や台風の襲来で、とくに西日本は風水害に見舞われることが多くあります。また、気候温暖化に伴う猛暑にも苛まれがちです。昨年発生した7月豪雨(西日本豪雨)、8月の猛暑、9月の台風21号を思いだしてみてください。もしもこういったときに南海トラフ地震が発生したら、どんな状況になるでしょうか。

 降雨で水を含んだ土は土砂崩れを起こしやすくなります。大規模な土砂崩れが起きた2004年新潟県中越地震のときには直前に台風23号による降雨がありました。昨年発生した北海道胆振東部地震のときも、直前に台風21号が来襲していました。一方、揺れで緩んだ地盤は、少ない雨でも崩れやすくなります。

 天気が良ければ、砂浜には海水浴客が溢れ、サーファーやヨットを楽しむ人も多く、津波からの避難が心配になります。また、暴風雨の中での津波避難は容易ではありません。被災後の車中泊やテント泊も暴風の中では困難です。炎天下での救命・救出、がれき撤去も困難を極めるでしょう。

停電、断水、ガス供給停止の中の生活

 南海トラフ地震が発生すると、発電所が広域に停止し、長期間の停電が予想されます。火力発電所は電気が無ければ始動しません。エアコンが使えなければ、猛暑の中、熱中症が多発し、大量の関連死が予想されます。うだる暑さの中では、水は無くてはなりませんが、地震後は長期間の断水が予想されます。浄水や水のポンプアップには電気も必要です。電気や水がなければ病院も機能しません。シャワーや水洗トイレが使えず、さらに下水処理場が止まれば衛生状態も悪くなります。工業用水が止まれば、発電に加え、ガス生産や製油も難しくなり、燃料が無ければさらに事態は深刻になります。そして、農業用水が止まれば稲の生育にも影響が出ます。

 昔と比べ、夏の気温が上がり、電気や上下水道が無ければ生活できない時代になりました。南海トラフ地震は冬に起こると思い込んでいる人が多いように思いますが、夏に起きた場合への備えも怠りなくしておきたいものです。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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