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「災」の1年から学び、つぎの大規模災害に備える

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:アフロ)

「災」の1年

 日本漢字能力検定協会が毎年公募して選ばれる「今年の漢字」は「災」でした。確かにこの1年、多くの災害に見舞われました。年初の1月23日には草津白根山が突然噴火し、自衛官の方がお一人亡くなりました。2月上旬には福井など北陸地方の豪雪で12名が亡くなり、物流が広域に途絶しました。3月6日には、霧島連山の新燃岳が再び噴火しました。東北地方太平洋沖地震の直前に大規模噴火したことを思い出します。

 4月9日には島根県西部の地震が、6月18日には大阪府北部の地震がありました。地震規模は何れもM6.1でしたが、島根では死者は出ず、家屋被害が633棟なのに対し、大阪では死者6名、家屋は57,787棟の被害となりました。

 その後、7月6~9日には西日本を中心とした豪雨で、死者221名・行方不明9名を出し、広域に洪水・浸水・土砂災害が発生し、東西の物流が途絶しました。さらに、7月から8月に亘った記録的猛暑で、2か月間で153名もの方が亡くなりました。7月29日には、列島を逆走した台風12号が上陸し、9月4日に上陸した台風21号では近畿地方を中心に13名の死者を出しました。連絡橋の損壊で閉鎖した関西空港は印象的でした。

 直後の9月6日には、M6.7の北海道胆振東部地震が発生し、震度7の揺れによって広域で土砂崩れが起き、死者41名、家屋被害10,368棟を出しました。さらに、9月30日の台風24号で、死者4名を出すなど、自然災害が相次ぎました。

 これに加え、年末にかけて、10月16日に発覚したオイルダンパーの不正、12月6日に発生したソフトバンクの通信障害、12月16日の札幌市でのスプレー缶のガス爆発なども起きました。

 まさに、様々な「災」が発生した1年でした。さて、私たちはこれらの「災」から何を学び、今後の大規模災害にどのように備えれば良いのでしょうか。

華奢な大都市

 今年の災害から感じるのは、現代社会の華奢さです。大都市は人や物が集中していて、効率的で便利ですが、逆に大規模災害時には被害が深刻化します。同じ地震規模の島根と大阪の被害の差を見れば、その違いは歴然としています。人口は10倍程度ですが、家屋被害は100倍にもなっています。

 ちなみに、大阪の最大震度は6弱でしたから、こういった被害になるのは分かりますが、実は、今は88もの震度計が軟弱地盤も含め高密度に設置されています。23年前の阪神・淡路大震災のときには、地震計は1つしかなかったため大阪の最大震度は4でした。死者は31人と、今回の5倍以上です。当時の観測点・大手前で比べると、今回の揺れは1/3程度でした。一昔前であれば、震度4程度の揺れによって、6万にも及ぶ家屋被害が出たとも言えます。

 大都市では、災害危険度の高い地域に多くの住民が居住していることが被害を増大させているとも言えそうです。

人と物の集中による被害の拡大

 大阪府北部の地震による地震保険支払金額は、阪神・淡路大震災の783億円を大きく超え、13万件弱で946億円に上ります。1件あたりの支払金額を考えると多くは一部損の軽微な被害です。一方で、震度7だった北海道胆振東部地震の地震保険支払金額は、151億円です。都市への人口集中は被害を拡大します。

 万一、南海トラフ地震が発生し、最悪の被害が生じたとすると地震保険請求額は50兆円を超えると予想されます。現在の地震保険積立金は1兆8千億円、支払限度額は11兆3千億円、三大損害保険会社3社の総資産は50兆円強です。南海トラフ地震のような巨大災害では、損害保険にも限界があります。

 また、大阪府北部の地震で緊急停止したエレベータは6万6千台に上ります。大阪府内の保守対象エレベータ数は7万6千台なので、その数は膨大です。16万台を超えるエレベータに頼る首都・東京のことを考えると不安を感じます。

 相互乗り入れをして便利になった鉄道は、どれかが停止すると広域に波及することになります。このため、大阪では、ほとんど被害のない場所でも出勤困難や帰宅困難に陥りました。遠距離通勤や高層ビルに頼る大都市は、災害時には被害が拡大することが分かります。

電気に頼る現代社会の脆さ

 西日本豪雨や台風21号、24号、北海道胆振東部地震では、大規模な停電によって様々なものが停止しました。とくに、北海道電力のブラックアウトの影響は甚大でした。電力自由化によるコストカットのためか、比較的新しい石炭火力発電所に過度に依存をしていたり、連系線が直流だったりしたことが関係したようです。停電によってあらゆるものが止まり、全道が機能マヒしました。

 また、台風などで配電設備が被害を受けた地域では、要員不足などで復旧に多大な時間がかかりました。南北に細長い日本は、串団子状に電力会社間の連系線が結ばれており、多重化が十分ではありません。また、東西の周波数が異なるため、その融通量は十分ではありません。西日本が広く被災する南海トラフ地震に対し、不安がよぎります。

 電気、燃料、水は3すくみの関係にあります。電気が無ければ、浄水や製油ができない、というようにどれかが途絶えると全て止まります。社会の基盤を支えるライフライン・インフラは、相互依存しています。効率化を追い求めすぎず、徹底的に強靭化すべきです。

脆いIT社会

 北海道の停電は、幸い45時間で復旧しましたが、停電によって停止したデータセンターもありました。土地代が安く冷房代が節約できる北海道にはデータセンターが集中しています。万一、あと一日送電復旧が遅れていたら、燃料不足で、他のデータセンターもダウンしたと想像されます。

 また、ソフトウェア証明書の期限切れで携帯電話ネットワークが通信障害を起こしました。クラウドコンピュータやインターネットに頼るIT社会は便利で効率的ですが、現状は災害に対して脆さを感じます。情報通信に頼りすぎた社会は、途絶時には重大な事態になります。情報通信に頼るのであれば、徹底的に頑強なシステムにすべきです。

隘路の弱さが招いた孤立

 西日本豪雨では呉市が、台風21号では関西空港が、北海道胆振東部地震では北海道が孤立しました。他地域と結節する道路・鉄路・海路・空路が途絶すると孤立を招きます。隘路となる橋梁やトンネルの安全確保は喫緊の課題です。

 関西空港と結ぶ連絡橋が使用不能になったことに多くの人が衝撃を受けました。地震の揺れに対しては、合理的な設計だったと思われますが、津波による船舶の漂流・衝突は想定外だったのだろうと想像されます。海路・陸路が途絶えたときの最後の砦としての海上空港です。空港島の重要性を考えれば、唯一の連絡手段であるとの思慮を持ち、さらなる安全性を追求する必要があったと思います。安全に関する俯瞰的見方を持ちたいものです。

 日本のような島国は、海と空でしか他国とは結ばれていません。海路や、港湾・空港機能の安全性確保の重要性を改めて感じます。

ゆとりを失い品質・安全が低下

 この一年、アルミ、蓄電池、オイルダンパー、ゴム、自動車などでデータ不正が報じられました。何れも著名な一流企業ばかりです。製品の品質に疑いが生じれば、産業立国である我が国の信頼は失墜します。不正の原因は共通しているようです。品質確保に対する倫理観の欠如が最も問題ですが、コスト、時間、人のカットによる現場の疲弊や、小さな失敗を許さない社会にも原因がありそうです。

 技術は失敗の積み重ねで進化するという基本を忘れているように感じます。今や、ぜい肉を削る段階を超え、筋肉や骨まで削られ、現場の心が折れつつあるようです。構造物も、安全裕度が減り、本来の実力が低下しているようです。バリューエンジニアリングのバリューに安全が入っていないと、科学技術は安全性を低下させる可能性があります。計算機の出力結果を信じ、現場と距離のある技術者が増えていることには危惧を感じます。社会の安全には最低限のゆとりが必要なことを思い返したいものです。

 この一年の「災」から学ぶことは多そうです。新たな年の「災」を減らすため、教訓を活かし、少しでも安全な社会に直していきたいと思います。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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