Yahoo!ニュース

ダンパー改ざん、不正は許されないが安全への過度な心配は不要、技術への信頼失墜は重大

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
オイルダンパー・減災館撮影

 私は、ゼネコンで10年間勤務し、その間に、免震研究に少し携わりました。大学に異動して、阪神・淡路大震災以降は、免震建物の安全審査に多数関わり、免震建物の実験や解析、装置の開発にも関わりました。そして、今は、減災館という免震建物の中で勤務しています。この建物にも不正の疑いがあるダンパーが使われています。当事者の一人として、現状について報告します。

驚いた第一報

 10月16日の午後3時半頃、旧知の新聞記者から携帯に電話がありました。朝、別件で会っていたので、どうしたのかと思ったら、「先生の建物のダンパーはどこのですか?」と聞いてきます。電話の意図が分からず、「カヤバだけど、会議中なので後で」、とそのまま電話を切りました。すると、ほぼ同時に、同僚の先生からメールが入り、ダンパーに関して国土交通省の発表が報じられていると連絡が入り、ホームページをみてビックリしました。ダンパーの開発者たちは本当に優秀な技術者で、長周期地震動対策について議論をしていた人たちです。思わず「えっ!まさか!」と言ってしまいました。超高層ビルの長周期長時間地震動への共振対策や、長周期パルスに対する免震建物の過大変形抑止など、先頭で課題解決に当たってくれていた人たちです。にわかに信じられず、忸怩たる思いと残念な気持ちで一杯でした。そして、この直後から、免震に関わる研究者として、開発や審査に携わった技術者として、当該施設のユーザーとして、複数の免震建物を有する大学内の人間として、様々なコメントを求められ、翻弄されながら対応することになりました。

名古屋大学減災館

 減災館は、減災研究拠点、啓発・教育拠点、災害対応拠点として2014年に建設した免震建物です。減災館の中には、減災研究を進める減災連携研究センター、大学の災害対策を担う災害対策室、地域の安全を担うあいち・なごや強靭化共創センターが入居しています。減災館は、平時は、建物そのものを耐震研究の対象として活用しつつ、1~2階を広く社会に開放して年間1万5千人くらいの来館者を迎えています。また、大学や地域の災害対応拠点としての機能を果たすため、免震を採用し、様々な災害対応設備を備えています。

 この建物は、地下1階、地上5階、地下と屋上に免震装置があるダブル免震構造で、ショートケーキのような形をしています(屋上の5階の免震装置は通常は固定されており振動実験時だけ免震化します)。地下の免震装置は、積層ゴム5基、オイルダンパー8基、直動転がり支承9基で、約6000トンの建物を支えています。

 屋上にはアクチュエータが、地下には水平ジャッキが備えてあり、屋上の免震部を揺することで建物全体を振動させたり、地下のジャッキで建物を引っ張りジャッキを開放することで建物を振動させることができます。建物そのものが振動実験の場で、この環境を利用して実物建物の免震装置の特性を把握できます。地下の免震装置は、ガラスを通して周辺道路から見ることができ、多くの人たちが巨大な装置を見学にきます。詳細は減災館のホームページをご覧ください。建物が揺れる様子の動画も見ることができます。

第一報を受けて

 減災館の免震設計には私も関わりましたので、様々な設計資料を所有しています。また、減災館には、色々な加力装置やセンサーが設置してあり、地震観測もしています。このため、地震観測や振動実験で、ダンパーなどの免震装置の特性について多くの計測データを取得しています。

 そこで、国交省の公表資料を確認した後、同僚の先生と、減災館の設計図面や免震構造評定資料を調べました。そうしたら、減災館のオイルダンパーは問題になっている型番でした。そこで、すぐに建築設計事務所の構造設計者に連絡し、対象物件に該当していることを確認しました。また、過去の実験データを調べ、減災館のダンパーについては安全上特段問題がないと判断しました。今のところ、メーカーからは正式に連絡は受けていません。

 これを受けて、最初に電話を受けた新聞記者と連絡をとり、減災館については安全上の問題は無いと判断していることを説明しました。

メディアとのやり取り

 減災館は、ダンパーを直接見れること、社会に開かれた建物であることから、メディア各社から次々と問い合わせがありました。17日の朝には、ほぼすべてのテレビ局、新聞社から取材依頼がありました。そこで、17日11時ごろに減災館に集まってもらい、実際のダンパーを前に、順番に質問に答えながら解説しました。主な質問内容は、耐震・免震・制振の違い、免震装置の種類と役割、ダンパーの種類と役割、ダンパーの性能の違いが建物の揺れ方や安全性に与える影響、ダンパーの性能変動を考慮した設計、危険性の程度、などでした。さらに、ダンパーのトップメーカーとしての倫理的問題、日本の技術への信頼喪失による社会的影響などにも話が及びました。重要なことなので、これらに対してできるだけ丁寧に答えました。その後も、様々な問い合わせがあり、19日には、海外メディアからの問い合わせもありました。質問内容は、審査など制度の問題、取り替え方法の難しさや期間、企業や技術者の倫理の問題、社会的背景などに変わってきました。

免震・制振とダンパーの役割

 免震は、建物の下に免震装置を設置して地震の揺れが建物に伝わらないようにするものです。多くの場合は、建物と基礎の間に免震装置を置いた基礎免震が使われ、免震部分は地下にあって見えません。建物を宙に浮かせるのが理想的な免震ですが、建物の重さを支える必要がありますから、上下には硬く水平には軟らかい積層ゴムで建物を支えるのが一般的です。これによって、地盤の揺れに比べて建物の周期を長周期にして共振を避け、揺れにくくします。ですが、地盤の揺れ方によっては建物が大きく揺れる場合もあります。それに備えて、揺れが早く減衰するようにダンパーを設置します。ダンパーには様々な種類があります。鉛ダンパー、鋼材ダンパー、摩擦ダンパー、オイルダンパーなどで、通常これらを組み合わせて使います。オイルダンパーは水鉄砲のようなもので、水の代わりにオイルを使います。自動車の揺れを抑えるショックアブソーバーを大型にしたものです。

 一方、制振は、建物そのものの揺れを早く減衰させるために、建物に付加的に減衰の仕組みを入れたもので、多くの場合、高層ビルに使われます。高層ビルは減衰が小さく、共振すると大きく揺れが増幅するので、最近では長周期地震動対策用に制振を使うのが一般的です。制振には、機械の制御のように力を加えて制御するアクティブ制振と、建物に付加的な減衰装置を入れたパッシブ制振がありますが、多くはパッシブ制振です。風用には質量同調ダンパー(TMD)が屋上に設置されることが多いですが、地震用の制振には、壁の中や、エレベータシャフトの中などにダンパーが設置されます。その一つがオイルダンパーです。

免震装置の大臣認定と免震建物の設計

 免震装置(法的には免震材料と言う)は、建築基準法に基づいて、国土交通大臣が指定した指定性能評価機関が大臣に代わって性能評価を行い、大臣が認定します。性能評価では、装置の特性などについて、装置メーカーが提出した実験データなどに基づき審査をし、その妥当性を判断すると共に、材料の製品ばらつきや、温度による特性の変化、経年的な変化などについて許容値を定めます。建築構造設計者は、免震材料の特性の変動幅を考慮しつつ、建物の設計を行います。このため、免震装置の性能が設計値とある程度異なっていても、安全上の問題は生じにくいと言えます。

 免震建物の設計には、国土交通省の告示に規定された方法として、限界耐力計算法か、時刻歴応答解析が使われます。計算の妥当性は指定性能評価機関などで審査されます。多くの場合は時刻歴応答解析で建物の振動応答を計算します。建物の応答は、入力する地震動の特性によって大きく変動するため、複数の地震動に対して計算をします。その際に、積層ゴムの硬さやダンパーの減衰の変動を考慮して複数のケースを計算します。そして、建物の設計に当たっては、これらの振動応答を包絡した値に対して安全性を確認します。したがって、ある程度ゆとりを持って設計していることになります。それゆえ、安全性については大きな問題は無いと判断されているのだと思われます。

 ちなみに、指定性能評価機関の評価には、免震装置や免震設計に詳しい学識経験者が当たっています。しかし、評価機関の増加や、経験豊富な学識経験者の減少と高齢化、現役の学識経験者の多忙さなどから、審査制度の維持も課題になりつつあるように感じます。

装置の取り替え

 オイルダンパーの取り替えは、以前に問題になった積層ゴムの取り替えに比べれば手間がかかりません。積層ゴムは建物の重さを支えているため、ジャッキアップした上で取り替えますが、オイルダンパーはボルトで固定しているだけなので、取り替えは比較的容易です。とくに免震の場合には、地下の免震層での作業になりますから、業務などへの影響も余りありません。私の経験では、1日で数本の取り換えが可能だと思います。一方、制振の場合は、オイルダンパーが壁の中やエレベータシャフトの中などにあるので、壁を取ったり、エレベータを止めたりする必要があり、業務への影響が生じ、工事期間も長くなります。

 ただし、建物用のオイルダンパーは、自動車用の小型のものと違い、製作に手間がかかります。自動車用は何百万本と製作するので、自動化した生産ラインで効率よく作れますが、建物用は年間に千本程度しか作らない大型の装置なので、一品生産の手作りに近いものです。交換品の生産には時間がかかりそうです。また、手作りに近いため、製品によるばらつきも出てくると想像されます。積層ゴムもオイルダンパーも、自動車部品として大量生産していたメーカーが作っています。このため、製品の精度に自信を持っており、大型で少数しか作らない製品では実現が難しい精度を目指したのかもしれません。建築は、土というよく分からない地盤の上に物性のばらつきが大きいコンクリートという材料を使い一品生産しています。この少量生産の建築のアバウトさと大量生産の高精度な機械分野とのバランスをとることはなかなか難しい問題です。

重要な建物の安全を担う技術者や製作者の倫理観と責任感

 問題となったオイルダンパーは、性能が高く高価格なものでした。それ故、防災上特に重要な施設に使われています。公表された建物は多くは役所や消防庁舎などの重要な公共建物です。重要施設に使われる大切な装置だという意識が、生産現場の人たちにどれだけあったかが気になります。世界をリードする免震・制振技術で不正が見つかったことの責任は重大です。開発者がいくら立派でも、会社のすべての人たちに倫理観や責任感が無ければ、製品の性能は保てません。このところ続く日本を代表するトップメーカーの不祥事をみて、日本はどうなってしまったんだろうと感じてしまいます。

 これは生産現場だけのことではなさそうです。私たち研究の世界でもねつ造など多くの不祥事が発生しています。個々の組織や人間に問題があるのは当然ですが、一方で社会の現状にも原因がありそうです。原因の一つは、社会のゆとりのなさにあるように感じます。行き過ぎた合理化、効率化、コストカット、競争、評価などによって、心の余裕が無くなっています。人、時間、コストのゆとりが無くなり、小さな世界で短期的な成果を追い求めることに汲々とし、些細なことを責任追及するため、後戻りがしにくく、大きな世界や長期的なビジョンで大らかに考えることが難しくなっています。技術は何度も失敗しながら前に進むものです。このところの一連の不祥事や、夏以降の一連の災害を見て、将来が不安になります。今一度、地域社会や日本への愛を持って、次の世代の人たちのために、日本社会のあり方を見直す時期ではないかと思います。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

福和伸夫の最近の記事