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昭和〜平成に生まれた歴史的哀愁歌を中心に、令和時代に継承する驚異のカバー集『彼女の出来事』とは?

ふくりゅう音楽コンシェルジュ
松川ジェット『彼女の出来事』Photo by 日本コロムビア

ポップ・ミュージックとは時代を映す鏡であり、時代背景はもちろん歌詞やメロディーから考察できること、継承できることはたくさんある。本作『彼女の出来事』とは、美空ひばり「真赤な太陽」、中島みゆき「悪女」、NOKKO「人魚」など、日本音楽史に残るエバーグリーンな歴史的名曲10選と真正面からカバー作として向き合った1枚だ。

本作が初のCD作品となる、松川ジェットについて解説しよう。来年、2022年に結成20周年を迎えるロックバンドLACCO TOWERメンバーによる2人組ユニット、それが松川ジェットだ。もともと、LACCO TOWERの松川ケイスケ(ボーカル)と、真一ジェット(キーボード)の2人で結成され、初のカバーアルバムへのチャレンジとなった。

松川ジェット Photo by 日本コロムビア
松川ジェット Photo by 日本コロムビア

「普通のカバー集とは一線を画した感じにしたかったんです。もともと、真一ジェットとは同級生で、彼がLACCO TOWERに加入する前にカバーユニットとして声をかけたのが最初でした。2008年ごろかな? ライブを中心に活動をしてきて、レパートリーは数十曲ありました。」(松川ケイスケ)

「もともとは、ライブ現場でLACCO TOWERの曲を鍵盤のみでカバーしたのがはじまりでした。そのうちに、お互いが気持ちよく歌えて弾ける好きな曲をカバーしだしたんですね。そこから松川ジェット結成へと至りました。」(真一ジェット)

本作のレコーディングを通じて、あらためて浮かび上がってきたのが松川ケイスケによる非凡なボーカリストとしての才能だ。女性シンガー作品をカバーするという、幅広い楽曲スタイルへの対応力の凄さ。日本ロックシーンの至宝を感じた瞬間だ。

「今回、カバーへチャレンジするにあたって、自分の声をキャラクターをどのように表現すべきかに挑みました。原曲が持つ闇を感じるダークネスな部分、アンニュイな部分を壊さずにいかにして伝えられるかにこだわりました。全曲そうなんですけど、歌詞を通じて、楽曲が生まれた当時の女性の生き方や、社会的な立場が作品にあらわれているんですね。2021年という今の時代だからこそ、敢えてカバー作品化する意義を感じたんです。」(松川ケイスケ)

「本作を通じて一番の発見は、松川ケイスケのボーカリストとしての才能の幅広さでした。ケイスケの歌の艶などいい部分を引き出せたかなと。アレンジしていて思ったのは、本当にいい歌というのはギターと歌だけでシンプルに伝わるものなんです。あらためて、名曲と向き合ったことで本質が持つ底力を知ることができました。」(真一ジェット)

昭和から平成を彩る女性シンガーによる名曲の数々。昨今、ポリティカル・コレクトネス(※人種や宗教、性別などについて寛容であろうとする考え方)が唱えられる時代。松川ジェットによるカバーを聴くことで、作品性の意義がアップデートされて伝わってくるから驚きだ。ゆえに成立したカバーアルバムなのかもしれない。

「僕自身が自分のバンド、LACCO TOWERで歌詞を書くときも女性目線が多かったりするんです。というのも、もともと昭和歌謡やフォークソングからの影響が大きくてルーツだったりするんです。それもあって今回の選曲となりました。時代背景が如実に歌詞にあらわれるので、それをいまの時代にどう伝えるかにチャレンジしました。カバーすることで、僕らの腹のくくり具合など、先人から試されている感覚もあって……。楽曲そのものが持っている当時の時代背景や、女性がおかれた立場など、僕らがいまこのタイミングで歌うというのは、ただカバーアルバムを出す以上に意味があるんじゃないかなと思っています。」(松川ケイスケ)

「今回、テーマとして楽曲の良さを伝えたいという思いがありました。ただ歌えればとか弾ければだけではなく、作品性の根本へと立ち返った上で、カバーへとチャレンジしました。結果、僕らが今できることはすべて詰め込めたと思っています。せっかくなので、元曲を知らない次世代のリスナーにも楽しんでもらいたいですね。もし、良いなと思ったら、調べてオリジナルを聴くのも音楽の楽しみ方ですよね。」(真一ジェット)

楽曲と寄り添い、ときには意外性を感じさせてくれる真一ジェットによるアレンジメントのもと、難易度の高いボーカリゼーションを松川ケイスケが乗り越えていくリアル・ドキュメンタリーを感じるアルバム展開。まさに“おお、こうきたか!”という驚嘆の連続だ。

激動の時代、昭和〜平成に生まれたエバーグリーンな名曲を、令和時代へと歌い紡ぐカバーアルバム『彼女の出来事』。松川ジェットの視点から生まれた、名曲リプロダクションの息吹を存分に堪能してほしい。

●アルバム『彼女の出来事』全曲解説 by 松川ジェット

M.1「真赤な太陽」美空ひばりとジャッキー吉川とブルー・コメッツ / 作詞:吉岡治/作曲:原信夫(1967年)

松川:レコーディングでは前半に録った曲です。この曲を起点に、今回のアルバム・プロジェクトは始まりました。それこそグループ・サウンズの走りの曲なんですよね。レジェンドな歌姫の曲をカバーするだなんておこがましいんですけど、緊張感を持ちながらも、人の曲という感じがしないというか、自分たちのものにできたカバーとなりました。まったく違和感ないんですよ。喉を思いっきり使える曲で、遠慮しなくていいんですね。曲自体が良いので、パワフルな勢いを曲が作品として包み込んでくれたんです。

真一:真っ正面からぶつかった曲です。まさに、ピアノと歌でカバーするというコンセプトも明確で。迷わずにアレンジできました。ノリを大切に。なによりも、ケイスケの歌のパワーがすごかった。正直、アカペラでも成立するんじゃないかなと思った歌声でした。しっかり、土台として支えた良いアレンジになったと思います。

M.2「人魚」NOKKO / 作詞:NOKKO/作曲:筒美京平(1994年)

松川:めっちゃ難しかったです。男性が歌うのは珍しいかもしれません。今回のプロジェクトにあたって、自分の声の表現で新しく見つけたポイントがあったんですけど、一番ハマるのが「人魚」でした。ちょっとけだるい感じだったり、鼻にかかる感覚を上手に曲が料理してくれるんですね。僕的には難しかったんですけど、雰囲気的にはハマる選曲になったと思います。

真一:この曲は、原曲に忠実にしようという意識がありました。それでも、聴くたびに不思議な気持ちになる楽曲で。その変わった感覚をアレンジで表現したいなと思ったんです。基本はエレピで、特に間奏部分はおもちゃ箱に入っていくみたいなイメージで。原曲の香りがしつつ新しい世界の「人魚」を目指しました。ポイントは、いろんな音が重なりながらもベースを一切入れてないんです。軸となるベースを抜くことで、不思議なテイストを表現できたかなと。

M.3「少女A」中森明菜 / 作詞:売野雅勇/作曲:芹澤廣明(1982年)

松川:タイトルからしてすごいパンチがありますよね。実はLACCO TOWERで“少女A”という言葉を歌詞で使わせてもらったことがあって。今回の10曲のなかでは、作品に寄り添う曲と、自分のなかにすっと入って噛み砕いて味になる曲の2種類があるんです。この曲は後者でした。自分の曲として歌っても差異ないぐらい気持ちよく歌える曲で。内容も、自分が歌いそうな曲なんですよ。素敵な勘違いなんですけど(苦笑)。

真一:元曲自体、ものすごく完成されている曲で。そのままカバーしてもカッコよくなる、コピーしたくなる曲なんです。だからこそ、どんなアプローチにしようかと悩みました。とっかかりは一発目に弾いたインスピレーションがジャジーなベースで。そこから広げました。最初はイントロも、違うフレーズだったんですよ。でも、元曲のイントロがカッコよすぎて、そのまま取り入れましたね。

M.4「ブルーライト・ヨコハマ」いしだあゆみ / 作詞:橋本淳/作曲:筒美京平(1968年)

松川:自分らのバンドで曲を書くときストーリーというか、主人公のイメージを頭に描くんです。そこに陶酔して歌を歌うんですけど、この曲に関してはそれが上手にいきました。気だるいしんどい雰囲気で歌えて。自分の声の低いところの雰囲気というか、自分で自分の楽器を出している感じじゃないんですけど、上手な音域で歌えたかなと。今回、一番好きかもしれないです。松川ジェットらしさが一番見えた楽曲ですね。

真一:松川ジェットのイメージに一番近い曲かもしれないです。これまでカバーしたことはなかったんですけど、ライブでやってそうなハマれる曲でした。でも、最初アレンジしたときは、ただのオケって感じになっちゃったんですね。そこで、Aメロのピアノフレーズを前面に出すことで落ち着いて。ピアノが真ん中にあって、周りはそれを飾っていくようなアレンジで。ただのオケではなくクセを出したかったんです。

M.5「イミテイション・ゴールド」山口百恵 / 作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童(1977年)

松川:原曲はバンドアレンジが強い曲だったので、2人のスタイルに落とし込むにあたってどうしようかと迷いました。最初は作り込んでいたんですけど、レコーディング2日前にシンプルなバージョンに変更しました。僕、作詞家の阿木燿子さんがとても好きで。この曲もサビの「ア・ア・ア」の部分がインパクト強くって、女性だからこその色っぽい部分がありますよね。キーの高さで、どこが一番気持ちいいかを真一とオンラインで話し合ったことを覚えています。結果、いいカバー作品となりました。

真一:最初、EDM系に寄せる案があったんです。でも、どうもしっくりこなくて。結局、原点に戻って松川ジェットらしくピアノと歌でのカバーになって、結果、アタック感の強いピアノのロックンロールとなりました。レコーディングでは後半だったので、松川ジェットらしさをうまく表現できたアレンジになったと思います。

M.6「東京は夜の七時」PIZZICATO FIVE / 作詞・作曲:小西康陽(1993年)

松川:歌自体は、結果的に歌いやすかったんですけど、ボーカルの野宮真貴さんの歌が自由なスタイルなので最初覚えるのが大変で。それこそ、元々自分たちの楽曲なんじゃないかっていう勘違いフィルターを通してカバーするというやり方を試みました。それもあって、真一と一緒にステージでライブをやっているイメージが湧きやすかったんです。リリース当時、僕は小学生で。あの頃の、バブルなキラキラした背景が歌詞に盛り込まれていて、ついはにかんじゃいますね。楽しみながら歌わせてもらいました。

真一:原曲は2コード、3コードぐらいで進んで。メロディーとのちぐはぐさが魅力だと思うんです。そこで、メロディーをあらためて大事にしたいなとアレンジを心掛けました。コードは変えて、でも原曲と同じく4つ打ちがいいなって。それを生っぽい質感にして改めてコードを拾っていきました。自分で弾いていて楽しい曲でしたね。

M.7「駅」中森明菜 / 作詞・作曲:竹内まりや(1986年)

松川:1986年に、竹内まりやさんが中森明菜さんへ提供した曲でもあります。今回のレコーディングで一番苦労しました。曲自体、音域が広いので難しいんですよ。女性が歌うからこそ出せる響きというか。曲を通して聴いたときに、気持ちよく聴ける心地よさを探るのが大変で。この曲は、皆さんご存知だと思うので自分としてはチャレンジというより、曲に寄り添う形で歌いました。

真一:この曲が一番原曲と遠いアレンジかもしれません。アルバムのなかでも早めのレコーディングだったんです。なので、好きなことというか、やりたいことを詰め込んだアレンジになりました。そんな意味では、ケイスケに負担がいったかもしれません。大事にしたのは哀愁の部分とオシャレ感ですね。こういったビートを使うのも、実は初めての経験だったんですよ。結果、アルバムの幅が広がったかもしれませんね。

M.8「人形の家」弘田三枝子 / 作詞:なかにし礼/作曲:川口真(1969年)

松川:この曲は短くて歌う箇所は少ないんですけど、歌って重い気分になったんですね。歌詞や世界観を読み込んだのですが、表現的にもポエムというか、世に知らしめたいメッセージ性が伝わってきて。疲弊しながらけだるく歌ったら曲の世界観にハマったんです。いい経験をさせていただけたと思っています。

真一:最初はピアノ1本ではなかったんです。原曲に入っていたチェンバロや、クワイヤを使ってバロックな雰囲気を出していこうかなと思ったんですけど、やればやるほど古臭くなってしまう印象があって。逆にピアノ1本にしてとてもハマりました。まずイントロの感じや間奏、アウトロのフレーズをピアノで弾いて。歌の感情の高まりが、Aメロ、Bメロ、サビと表現しやすい曲なんですよね。なのでピアノとしては敢えてのっからずに土台で支えるアレンジにしました。

M.9「悪女」中島みゆき / 作詞・作曲:中島みゆき(1981年)

松川:僕らが生まれた年にリリースされた曲なんですよ。中島みゆきさんは、歌詞の中に女性の名前を印象的に入れるのが好きみたいで。それが僕ら世代には新鮮だったんです。淡々としているのに情景が見えてストーリー性を感じるんです。サビは流れるように歌うんですけど、細かいところでブレスの位置などが難しいんです。ブレスの感覚を自分で飲み込まないと、自分の歌にならないんですよ。曲としては、祭りの後というか疲弊した雰囲気があらわれていて、こういった表現すべてが好きなんです。

真一:明るいメロディーなんですけど歌詞はせつないんです。僕好みな曲でした。レコーディング中、一番口ずさんでいたかもしれません。今回、ピアノが同じテンションで鳴って彩っていくアレンジで。バックではストーリーは作らず、物語を作るのは歌に委ねましたね。

M.10「ラヴ・イズ・オーヴァー」欧陽菲菲 / 作詞・作曲:伊藤薫(1979年)

松川:早いテンポの曲はノリでさっといけるんですけど、でも、ピアノ一本、声一本、スローテンポな曲は一番ボーカリストにとって怖かったりするんです。歌い手として、一番試されますね。曲も有名ですし。いろんな方がカバーされていますし。そんななかで、自分はどんな表現をしようかなと。それこそ気負わないように、歌詞の世界観の通りにお酒を呑みながら、ふと目の前にあったマイクで自然に歌うかのように、ラフに力を抜いた感覚で歌いました。結果、ピアノと歌というストレートな表現ができたと思います。

真一:ピアノは気持ちよくなりすぎないように、我慢して手数を減らしたアレンジにしました。テンションはボーカルに預けました。バラードって難しいんですよ。たった一音の有無で雰囲気を壊してしまう恐怖があって。でも、恐れずに一音入れて、一音抜くという思い切りの良さをピアノで表現しています。とても神経を使いましたね。

リリース情報

Major Debut Cover Album『彼女の出来事』松川ジェット

<収録曲>

1. 真赤な太陽

  作詞:吉岡治/作曲:原信夫

2. 人魚

  作詞:NOKKO/作曲:筒美京平

3. 少女 A

  作詞:売野雅勇/作曲:芹澤廣明

4. ブルーライト・ヨコハマ

  作詞:橋本淳/作曲:筒美京平

5. イミテイション・ゴールド

  作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童

6. 東京は夜の七時

  作詞・作曲:小西康陽

7. 駅

  作詞・作曲:竹内まりや

8. 人形の家

  作詞:なかにし礼/作曲:川口真

9. 悪女

  作詞・作曲:中島みゆき

10. ラヴ・イズ・オーヴァー

  作詞・作曲:伊藤薫

松川ジェット オフィシャルサイト

https://matsukawa-jet.bitfan.id/

音楽コンシェルジュ

happy dragon.LLC 代表 / Yahoo!ニュース、Spotify、fm yokohama、J-WAVE、ビルボードジャパン、ROCKIN’ON JAPANなどで、書いたり喋ったり考えたり。……WEBサービスのスタートアップ、アーティストのプロデュースやプランニングなども。著書『ソーシャルネットワーク革命がみるみるわかる本』(ダイヤモンド社)布袋寅泰、DREAMS COME TRUE、TM NETWORKのツアーパンフ執筆。SMAP公式タブロイド風新聞、『別冊カドカワ 布袋寅泰』、『小室哲哉ぴあ TM編&TK編、globe編』、『氷室京介ぴあ』、『ケツメイシぴあ』など

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