スポーツ庁推奨のスニーカー通勤は奇跡の薬?医師解説

(写真:アフロ)

「スポーツ庁がスニーカー通勤を奨励する」、というニュースが出ました。健康増進につなげ、医療費を削減する狙いもあるようです。

参考記事;“歩く”をもっと“楽しく”『FUN+WALK PROJECT』開始(2017/10/2 スポーツ庁 報道発表資料)

この記事によると、「スニーカーで通勤し、自宅や会社の1駅前で降りて歩いてもらう」政策のようです。

確かに通勤時間が運動時間になれば、忙しいビジネスパーソンでも運動を習慣づけることができます。さらに満員電車の緩和や、予防医療として広く浸透すれば、医療費削減も期待できるかもしれません。

本記事では、「スニーカー通勤は本当に健康増進につながるのか」について、今までの研究結果を交えて医師の視点から考察したいと思います。

マイカー通勤は体脂肪が多くなる?

  

まず、マイカー通勤、電車通勤、徒歩での通勤において、肥満度と死亡率を比べた研究をご紹介します。(※1)

イギリスのあるデータベースから15,777人の情報を分析し、通勤方法で、

 

(1) マイカー通勤(自家用車、タクシー、バイクなど)

(2) 公共交通機関での通勤(バス、電車など)

(3) 徒歩あるいは自転車での通勤

    

の3グループに分類しました。この3グループにおいてBMI(肥満度の指数※2)、体脂肪率の関係をみてみたところ、BMI、体脂肪率ともに、

(2) 公共交通機関での通勤・(3) 徒歩あるいは自転車での通勤 < (1) マイカー通勤

の順に低かったのです。これは、食習慣、運動習慣など、他にBMIや体脂肪率に関係しそうな因子を統計学的に調整した結果です。

この研究からは、「マイカー通勤者は電車通勤者、徒歩通勤者よりも肥満度が高い」ことがわかります。

電車通勤でも、電車までは歩きますし、都内の地下鉄はエスカレーターがないところもあり階段も比較的使うチャンスがあります。考えてみれば当然とも言えますが、やはり「歩くことは肥満度を下げる」と考えられるでしょう。

運動はメンタルヘルスにも風邪予防にも効果がある

 

そしてさらには、意外と知られていない運動の効能が。過去の研究結果から、

・ ストレス解消になりメンタルヘルス不調の一次予防に効果がある(※3)

・ ストレッチや筋力トレーニングで腰痛が改善する可能性がある(※4)

・ 中強度(※5)の運動によって風邪にひきにくくなる(※6)

逆に、運動不足が健康に悪影響を及ぼすことも、過去の研究で示されています。

・ 世界の全死亡数の9.4%は運動不足であり、肥満や喫煙に匹敵する脅威である(※7)

・ 運動不足は肥満や生活習慣病発症のリスクである(※8)

運動が健康に良いのは改めて納得できました。

では、具体的にどれくらい運動をすればよいのでしょうか。

実はその具体的な指針を厚生労働省は以前から制定しており、今回の「スニーカー通勤」も、その延長とも考えられます。

厚労省の施策である「健康日本21」に関わる取り組みの一環として制定された、「健康づくりのための身体活動基準2013」では、以下のように示されています。

 

<18~64 歳の場合>

強度が 3 メッツ以上の身体活動を 23 メッツ・時/週 行う。具体的には、歩行又はそれと同等以上の強度の身体活動を毎日 60 分行う。

<65 歳以上の場合>

強度を問わず、身体活動を 10 メッツ・時/週 行う。具体的には、横になったままや座ったままにならなければどんな動きでもよいので、身体活動を毎日 40 分行う。

 

これらは、「生活習慣病予防や生活機能低下に科学的に効果がある」と考えられる身体活動をよく検討した上での基準です。(※9)

「メッツ」とは、身体活動の基準のひとつであり、1分間に体重当たり3.5mL の酸素を消費すること(3.5mL/kg/min)。例えば「台所の手伝い」だと3メッツ、「散歩」は3.5メッツ、面白いものだと「キスをする」のは1.3メッツに相当します(※10)。

(厚生労働省:健康づくりのための運動指針 2006 より抜粋)
(厚生労働省:健康づくりのための運動指針 2006 より抜粋)

 

毎日10分長く歩くだけでも生活習慣病予防に

 

しかし、ここで「毎日60分以上の運動は無理だな…」と感じてしまった人も、中にはいるでしょう。厚生労働省はそれも見越して、次の指針を立てています。

 

<全年齢層における身体活動の考え方>

現在の身体活動量を、少しでも増やす。例えば、今より毎日10分ずつ長く歩くようにする。

 

こちらも、科学的根拠に基づいています。

26つの研究について、身体活動量と生活習慣病、生活機能低下のリスクなどの関係を解析したところ、身体活動量が1メッツ・時/週増加するごとに、リスクが 0.8%減少することが明らかになりました。(※11)

これは、「健康づくりのための身体活動基準 2013」によると、1日の身体活動量の2~3分の増加によって0.8%、5分で1.6%、10分 で3.2%のリスク低減が期待できると解釈できるとあります。

 

つまり、1日10分長く歩くだけでも、科学的に健康に効果があるわけです。

これは、嬉しい意外ではないでしょうか。

 

運動は奇跡の薬?

 

また、権威ある学術誌の一つ “Journal of the American College of Cardiology (JACC)” に掲載された論文に、「Exercise is a miracle drug(運動は奇跡の薬)」という表現があります。(※12)その表現が大げさではないくらい、運動は医学的に健康によいと認められているのです。

しかし実は各国の推奨運動量について、米国や英国では40-80%、アジアでは80%の成人が実践できていません。これを改善するための方法として、「運動の効果をもっと伝え、かつ無理でない目標を立てる」ことが重要だと、この論文では伝えています。

そこでこの「スニーカー通勤」です。

 

まずマイカー通勤をやめて徒歩で通勤すれば、1日10分長く歩くことは簡単に実現できそうです。そしてスニーカーで通勤すれば、マイカー通勤をやめるどころか、厚生労働省が目論むように、「1駅手前で降りて、歩く」ことも望めそうです。

 

 

以上よりまとめると、

・ マイカー通勤より、まずは電車や自転車・徒歩通勤を

・ 1日10分でも長く歩くことは、科学的根拠をもって健康に良い

・ スニーカー通勤は、「歩く時間を長くする」ことが達成できれば、“奇跡の薬”にもなりうる

ということが言えます。

 

ニューヨーク5番街で撮影(ニューヨーク在住の知人より許可を得て掲載)
ニューヨーク5番街で撮影(ニューヨーク在住の知人より許可を得て掲載)

  

ニューヨークで働く女性に聞くと、5番街でも9割の女性はフラットシューズだそうです。

ニューヨークの路地はガタガタしていて歩きにくく、靴をすぐ駄目にしてしまうため、歩きやすいスニーカーやフラットシューズで通勤し、オフィスでピンヒールに履き替えるという習慣があるとのこと。

路地の環境の違いを踏まえても、このニューヨーカー達の通勤スタイルをお手本にしてみるのも悪くはないでしょう。

 

普段運動習慣がない人でも、通勤時間を上手に使って、効率よく運動できる環境、文化ができると良いですね。

 

 

 

 

  

 

※尚、本記事執筆にあたり、東京医療センター循環器内科 布施淳先生に、(※1), (※12)に関する資料提供についてご協力をいただきました。ありがとうございました。

※また、写真を撮影し、提供して下さったニューヨーク在住の菊池明日香様に感謝申し上げます。

 

<参考資料>

※1 Associations between active commuting, body fat, and body mass index: population based, cross sectional study in the United Kingdom BMJ 2014;349:g4887

※2 BMIとはメタボリックシンドロームの基準の一つであり、肥満度の指数です。BMI=体重(kg)÷(身長m)^2)で算出されます。

※3 Rosenbaum S, Sherrington C. Is exercise effective in promoting mental well-being in older age? A systematic review. Br J Sports Med. 2011 Oct;45(13):1079-80.

※4 Hagen KB, Dagfinrud H, Moe RH, Osteras N, Kjeken I, Grotle M, Smedslund G. Exercise therapy for bone and muscle health: an overview of systematic reviews. BMC Med. 2012 Dec 19;10(1):167.

※5 中強度とは、身体活動の絶対的強度で、安静時の 3.0-5.9 倍の強度で行う 身体活動のこと。個人の身体能力による相対値基準では、中強度身体活動とは、10 段階評 価で 5-6 程度の強度。(2008 Physical Activity Guidelines for Americans. Office of Disease Prevention & Health Promotion, US Department of Health and Human Services, October 2008. (www.health. gov/paguidelines, accessed 11 January 2010).)

※6 Martin SA, Pence BD, Woods JA. Exercise and respiratory tract viral infections. Exerc Sport Sci Rev. 2009 Oct;37(4): 157-164.

※7 Lancet.2012;380(9838):219-305

※8 Haskell WL, Lee IM, Pate RR, Powell KE, Blair SN, Franklin BA, Macera CA, Heath GW, Thompson PD, Bauman A. Physical activity and public health: updated recommendation for adults from the American College of Sports Medicine and the American Heart Association. Circulation. 2007 Aug 28;116(9):1081-93.

※9 運動基準・運動指針の改定に関する検討会 報告書p.31-33

※10 国立健康・栄養研究所 改訂版 『身体活動のメッツ(METs)表』より

※11 運動基準・運動指針の改定に関する検討会 報告書p.36-37 (URL:※8)

※12 Minimal Amount of Exercise to Prolong Life J Am Coll Cardiol. 2014;64(5):482-484.