Yahoo!ニュース

「そこじゃない」と言わせない、地に足がついた保育政策を【衆院選論点】

普光院亜紀保育園を考える親の会アドバイザー/ジャーナリスト
(写真:アフロ)

衆議院議員選挙が公示され、各政党の公約がメディアを賑わせている。子ども関係施策では、無償化や子ども施策を包括する法律や省庁の新設などが並んでいるが、どこも粗刻みな印象を免れない。

「いつでも保育園に入れる」の実現めざせ

今年は待機児童数が大きく減少したため、待機児童対策にふれている政党は少ない。しかし、「『待機児童ゼロ』でも保育園に入れないのはなぜか」で書いたように、待機児童数は本当の保育需要を捉えているとは言い難い。しかも例年、4月の倍以上の数字になる年度途中(10月)の待機児童数は、自治体からの要請で今年から調査されないことになった。

ここまで「待機児童数ゼロ」が公約にされてきたため、待機児童のカウント方法が歪んでしまったことは皮肉だが、こういった歪みの是正も含め、今一度「いつでも保育園に入れる」ことを政策の目標にすえてほしい。育児休業者の保活ばかりがクロースアップされるが、保育を必要とする家庭の裾野は広い。「求職中」の入園申請であるために利用調整の優先順位が低い家庭、入園事情の厳しさに入園申請さえ躊躇している家庭、年子や多子の子育てで息切れしそうな家庭にも保育を行き渡らせてほしい。

3歳未満児の「無償化」は争点か?

必要なときに保育を受けられるというのは、最も強力な子育て支援であり、貧困対策としても有効だ。認可の保育(認可保育園、認定こども園、小規模保育、家庭的保育など)の保育料は、世帯所得に応じた保育料が設定されており、3歳未満児でも生活保護世帯等は無料で利用できる。児童福祉として家庭の経済状態に合わせて負担を軽減するしくみをもっているのは保育の強みだ。

こういったしくみを無視してメディアは「3歳未満児も無償化するか」などを公約の争点として持ち出しているようだが、それはどうなのか。財源が無限にあるのであれば歓迎するが、先に保育の根幹を支えるほうにお金をつかってほしい。

3歳以上児の幼児教育無償化は自民党の公約となり、2019年に実現された。しかし、あの消費税10%の増収分で保育士の配置基準を改善する計画も存在していたことはすでに忘れられている。

保護者の立場からは、子育ての経済的負担が減れば助かることは間違いないが、そのために頼りの保育の質が保障されないのでは意味がない。

「負のスパイラル」にはまる施策では困る

乳幼児期は人格形成期と言われる。心身のさまざまな機能が相互に触発しあうように、最も基本的なところから発達していく時期であり、安心できる環境、保育士のこまやかな関わり、好きな遊びや友達との遊びを豊かに展開できる環境などが、保育の質の重要な要素となる。

こういった保育の質をつくり出すのは保育士だ。保育士に意欲的な人材を集め、安定した雇用のもとで育成しなければ、保育の質は上がらない。

下図は、2020年12月に国から出された「新子育て安心プラン」の「短時間勤務の保育士の活躍促進」という施策について、保育園を考える親の会が反対を表明したときに添えたものだ(一部その後の説明を加えている)。

保育園を考える親の会「『短時間勤務の保育士の活躍促進』への意見表明」(2021年1月)より
保育園を考える親の会「『短時間勤務の保育士の活躍促進』への意見表明」(2021年1月)より

「短時間勤務の保育士の活躍促進」は、正規雇用の保育士のなり手が不足しているという現状に対して、対症療法で考えられた施策だったが、これでは「負のスパイラル」が止まらない。

保育士は専門職であるにもかかわらず、出産を機に現場を離れて戻ってこない人が多い。その背景には、業務の負担の重さ、それに見合わない処遇などがある。パート保育士は貴重な戦力だが、それでいいことにしてはならない。現場がパートタイマーばかりになってしまったら、正規保育士の負担がますます重くなり、保育士の賃金の平均値は下がっていくだろう。何よりも、保育士が入れ替わり立ち替わりする保育では、子どもの安心感は損なわれ、事故等のリスクも増してしまう。

基礎自治体の施策を支える視点

政府の地方分権改革への自治体からの提案には、規制緩和や調査の廃止など保育の拡充とは逆行するものが目立つが、基礎自治体の中には地域の子育てを支える策を真剣に考えているところも多い。

保育園を考える親の会が毎年実施している「100都市保育力充実度チェック」調査では、首都圏主要市区と政令市100市区の保育士配置基準を調べている。最新の2021年度版によると、調査対象市区のうち、国の配置基準を上回る基準を定めているところが83市区あった。8割以上が独自財源で保育環境の改善を行っていることになる。現場からの切実な声が施策に反映されているのだろう。

国・自治体ともにコロナ禍で財政が厳しい状況になることが予測されるが、こういった子どもが育つ環境を支えるためのお金が削られることのないよう、国基準の引き上げを検討すべき時期にきているのではないだろうか。

保育士人材の底上げをする施策を

国は、処遇改善加算などで保育士の待遇改善を進めてきたが、十分ではない。

認可保育園等は国や自治体から出る公費によって運営されている。この運営費(公定価格)に算入される人件費は、国が設定した保育士賃金の基準に基づいている。その基準をもっと上げる必要がある。

せっかく公費の投入をふやしても、それが現場で働く人々に届かなければ意味がない。これまで園をふやすことに重点が置かれていたため、園の運営費として出ているお金が、事業者の事業拡大や利潤に回ってしまうことも黙認されてきた。しかし、それでは栓の抜けたバスタブだ。公費の投入が保育の質向上に反映されるように、事業者の種別にかかわらず、施設会計などをしっかりチェックするしくみが必要だ。

 衆院選まであとわずか。各党には、こういった現状をしっかり見つめた政策議論を期待したい。

保育園を考える親の会アドバイザー/ジャーナリスト

保育制度、保育の質の問題に詳しい。保育園を考える親の会アドバイザーとして、働く親同士の交流・情報交換の場を支え、また保育に関する相談にも応じながら、ジャーナリストとして保育や仕事と子育ての両立に関する執筆・講演活動を行っている。大学講師(児童福祉・子育て支援)、国・自治体の委員会委員も務める。著書に、『共働き子育て入門』(集英社)、『変わる保育園』(岩波書店)、『保育園のちから』(PHP研究所)、『共働きを成功させる5つの鉄則』(集英社)、『保育園は誰のもの』(岩波書店)、『保育の質を考える』(共著、明石書店)、『後悔しない保育園・こども園の選び方』(ひとなる書房)ほか多数。

普光院亜紀の最近の記事