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新聞記者は、先輩の指示で取材したら逮捕され、社から切り捨てられる職業である

藤代裕之ジャーナリスト
北海道新聞の「社内調査報告」は会員でなければ読むことができない=筆者キャプチャ

旭川医科大学で取材中の北海道新聞の新人記者が逮捕されたことに関して「社内調査報告」が7月7日に公表されました。そこに、書かれているのは、必要な情報は共有されず、先輩に経験積ませるためと現場に突撃させられ、見様見真似で取材していたら逮捕されてしまった…という恐ろしい状況です。メディア業界に学生を送り出す立場(メディア社会学科の教員)からすれば非常に大きな問題です。

<参考>記者逮捕 北海道新聞が検証記事「記者教育など問題」(朝日新聞)

組織に問題があるのに、結論が「ひるまず取材継続」

「社内調査報告」の内容は各社で報じられていますが、北海道新聞のサイトでは、会員にならないと読むことはできません。日頃、問題がある企業に情報公開や透明性を求めているにもかかわらず、このような対応はとうてい社会的な理解が得られるとは思いませんが、問題ないと取材に回答しています。

<参考>記者逮捕の調査報告「会員限定」に 北海道新聞の対応に疑問相次ぐも...同紙は反論「指摘は当たらない」(J-CASTニュース)

公表方法も問題ですが、その中身はもっと問題です。取材という新聞社の基本的なワークフローにおいて、多数の問題が内在していることが明らかですが、そこを北海道新聞自身が理解しているように見えないのです。組織の構造的な問題があるなら、誰か管理者が責任を取り、具体的な改善策が示されるのですが、そうではなく「ひるまず取材継続」という結論になっているのです。

元朝日新聞で、DANRO編集長の亀松太郎さんは「社内調査報告」を読み「そこから浮かび上がってくるのは、巨大な組織のために犠牲になる個人の姿です。」と大手広告代理店の新入社員が過労自殺した事件と重なっていると指摘しています。

<参考>「道新は死んだ」北海道新聞「社内調査報告」の果てしなき残酷(亀松太郎:ヤフー個人)

情報を共有せず、見逃し、が重なる

どのような組織的な問題があるのか「社内調査報告」から具体的に見ていきます。

まず前提として、大学との間では6月18日にトラブルになり、校舎内に立ち入らないように報道陣に強く抗議が行われていましたが、この情報は記者間で十分に共有されていませんでした。

逮捕に至った22日に、旭川医科大学で取材していた北海道新聞の記者は4人。大学側が立ち入り禁止と会議終了後に取材に応じることをファクスで会社に伝えてきたため、報道部がこれを記者にメールで共有します。しかし、新人記者には共有されませんでした。その理由は、なんと現場にいることを知らなかったから。

大学から通知を受け取った報道部では、現場取材の責任者(キャップ)ら3人の記者に通知をメールしましたが、現場に入社1年目の記者もいることを把握しておらず、この記者には送りませんでした。

キャップは、新人記者に校舎内に入り、2階付近で待つように指示します。

キャップは、通知の後段にあった「入構禁止」の要請を見逃しており、「これまでも入構禁止になっていたが、慣例的に自由に立ち入って取材していたため、入らせた」としています。

要請を見逃しているのもダメですが、入構禁止であることは理解した上で、「慣例的に」と勝手な解釈をして判断をしています。相手側も意識を共有していないと「慣例的に」とはならないわけですが、大学側からすれば、18日に抗議し、22日にはファクスを送っているので、そんな「慣例」は承知していないということになるでしょう。

現場で動いている取材メンバーの把握、情報共有の不足、勝手な解釈による判断、これらは全て新聞社側の問題です。

「経験を積ませたい」と校舎内に突撃させる

新人記者は、2階から4階に移動するよう指示され、会議室のドアからスマートフォンで無断録音し、職員に見つかります。その時、身分を聞かれあいまいな返答をし、後ずさりしようとしたと「社内調査報告」に記載されています。なぜ、新人記者は、移動し、無断録音し、あいまいな返答をし、後ずさりしたのか。

電話や無料通話アプリのLINE(ライン)で複数のやり取りがあったため、キャップがこの指示を出したのか、別の記者なのか、はっきりしません。

ここで指示は急に曖昧になります。LINEに残っている記録を見れば分かるのでは、と素朴に思いますが、なぜかはっきりしないそうです。そして、なんと、新人記者は旭川医科大学の問題を取材するのは初めて。そんな新人記者に、校舎内に突撃させた理由は「経験を積ませたかった」からです。

取材経験の浅い記者に校舎内に入るよう指示した理由について、キャップは「経験を積ませたかった」としています。

十分な指示も情報も得てない新人記者は、一部の先輩記者から聞いた体験談から、見様見真似で取材することになります。身分を聞かれ、あいまいな返答をし、後ずさりした理由は先輩からの指示だったのです。

キャップや別の記者から、校舎内で身分を聞かれても、はぐらかすように言われていたことも影響しました。

新人記者が、北海道新聞の名刺と腕章を示したのは警察官が駆けつけた後。腕章を外していた理由は「社内調査報告」には書かれていません。なぜか肝心なことは曖昧です。

新人記者を自己責任で切り捨てる「社内調査報告」

経験が浅い新人記者は、取材のノウハウも教えられず、情報共有もされず、身分を偽れと言われていたわけです。にもかかわらず「社内調査報告」は、新人記者の責任に見えるような記述を続けます。

自分の判断で、会議内をスマートフォンで無断録音していました。北海道新聞は取材のルールを記した「記者の指針」で、記者の倫理上、無断録音は原則しないと定められていますが、指導が徹底されていませんでした。

職員に見つかった際も、すぐに北海道新聞と名乗り、取材目的だと告げるべきでしたが、動揺していたこともあって、できませんでした。

キャップらにはぐらかすように言われているのに、「すぐに名乗る」なんて出来るわけがありません。新人記者は自己責任で、切り捨てられています。

このような新人記者への指示について、元北海道新聞で東京都市大教授の高田昌幸さんは、「パワハラだと思う」と述べています。

<参考>北海道新聞は「調査報告の体をなしていない」元記者の識者が批判(毎日新聞)

逮捕されたのは試用期間中の新人記者です。調査報告には「キャップや別の記者から、校舎内で身分を聞かれても、はぐらかすように言われていた」と記されています。こんな指示を現場で受けたら、新人は普通言い返せません。それを分かっていながら「経験を積ませたかった」と言って行かせたと。一種のパワハラだと思います。

記者アカウントの「沈黙」。批判の少なさに驚き

新人記者が逮捕されたとき、「壁耳(扉などから盗み聞きする)していただけ」「大学は自由に入れる。取材に許可は不要」などと主張し、言論の自由や表現の自由を守れと主張する記者アカウントが見られました。しかしながら、新人記者を切り捨てるような「社内調査報告」について批判する記者アカウントは少なくて驚きです。普段威勢よくジャーナリズムを語ってる人たちはどこに消えたのでしょうか。

労組関係者のアクションはほとんど見られないことにも暗澹たる思いがします。労働者を守るのが組合の役割ではないのでしょうか。入社一年目の新人記者を守らなかった社に対し、何のメッセージも出さないということは、それを認めたということになります。表現や言論の自由を声高に叫ぶ前に、ひとりの人間が守られなければ意味がないのではないでしょうか。そのために活動するのが労働組合ではないのでしょうか。

言論の自由の前に、まともな組織や業界かが問われている

「社内調査報告」とその反応からは、新聞記者という職業は、新人が先輩の指示で取材したら逮捕され所属している会社から切り捨てられ、労働組合からも何のサポートも受けられないということが分かったのです。訓練もされていない新兵が戦場に送り込まれるような非情さ、それをおかしいと同僚も労組も声を上げない異常さ。新聞社という組織も冷たいのですが、新聞業界も冷たい、その現実がはっきり示されたのです。そんなところに未来ある若者を送り出すことはできません。

新聞記者は面白い仕事です。言論や表現の自由は民主主義社会において大切です。だからといって教育が不十分な新人記者が逮捕されていいわけはなく、取材現場でトラブルを起こしたことを自己責任だと切り捨てる職場であっていいわけではありません。言論や表現の自由、ジャーナリズムの前に、まともな組織や業界であるのかが問われているのです。

いま、現場で悩んでいる若手記者もいると思います。トラブルが起きても誰も助けてくれないことが、はっきりと分かったのですから、悩むぐらいならいますぐ退職し、別の業界に進むことをおすすめします。そして、チャンスを待ちましょう。組織の犠牲になることはありません。新聞記者になりたいと就職活動をしている学生は、そういう組織や業界なのだという点を理解しておくべきです。全国の大学のキャリアセンターやメディア系教員は、このような事例があったことを学生に伝達する役割があると考えています。

ジャーナリスト

徳島新聞社で記者として、司法・警察、地方自治などを取材。NTTレゾナントで新サービス立ち上げや研究開発支援担当を経て、法政大学社会学部メディア社会学科。同大学院社会学研究科長。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。ソーシャルメディアによって変化する、メディアやジャーナリズムを取材、研究しています。著書に『フェイクニュースの生態系』『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』など。

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