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予想以上の感動を生んだ オバマ大統領の広島訪問 その先にあるものは

藤村美里TVディレクター、ライター
現役大統領として初めて広島を訪問したバラク・オバマ氏(写真:ロイター/アフロ)

2009年4月5日、チェコ共和国の首都プラハでの演説から7年。

昨日、2016年5月27日、オバマ大統領は、米国の現役大統領として初めて広島の土を踏んだ。その時代を生きていた70代以上の被爆者たちからは「自分が生きているうちに、こんな日が来るとは」という声も出ていたという。

5月27日に突如として広がった、歴史的な1日だという空気感

伊勢志摩サミットの後、広島を訪問することは以前から報道されていたから、多くの国民が知っていたはずだ。それでも、忙しい日々の中では、沢山あるニュースの一つに過ぎなかった。日本国内ですらそうなのだから、海外でももちろんそうだった。今週の木曜日までは。

しかし、昨日の夕方、現役大統領が広島を訪問している映像が流れた後、その空気感は少し変わったように思う。SNSでは、老若男女問わず、多くの人が予想以上の感動を覚え、その心境を綴っていた。今はそれぞれ違う国で暮らす家族や友人からもメールが来た。日本の友人とも、その話で持ちきりだった。

もちろん、世界がオバマ大統領に期待したプラハ演説から7年を経ても、核軍縮に向けて明確に進んでいるわけではない。原子爆弾を投下したことについて、期待以上の謝罪の言葉があったわけでもない。ただ、”米国の現役大統領が広島の平和記念公園にいる”というその現実を目にしたことで、私たち日本人の心は大きく揺さぶられたのだと思う。

何らかの出来事を記事にするとき、その人がどう語ったかという”言葉”は強い意味を持つ。しかし、インターネットで世界中のニュースにアクセスでき、SNSで個人の感情を伝えらえる今の時代、人から人へと伝わっていくこの空気感も重要なものになってきたと感じる。

今回の広島訪問が生み出した空気感から、前向きな未来を期待した人は少なくないはずだ。

日米だけではなく、アジア各国でも報道された「オバマ大統領の訪問」

インド在住の友人は、その瞬間をインターネットテレビでニュースの中継映像を見ようとしていた。いつもは『お客様の居住地ではご覧いただけません』と表示されてしまうネットの画面に、なぜか昨日はすぐにオバマ大統領の姿が映ったという。

「今日に限って!」という彼女の表現からは、歴史的な広島訪問の様子をオンタイムで観ることができた興奮と感動も伝わってきた。(実は、彼女のご主人はアメリカ人なのだが、とても難しい問題なだけに、お互いに歴史的なことについて本音で話すことはないという。)

ASEANにいる私自身も、SNSでBBCやCNNの報道記事や、それに寄せる様々な国の個人のコメントを見ているうちに、自然と目に涙が溜まっていた。なぜそこまで感動したのか自分でも分からないのだが、ちょうど来客前だったことから必死に涙を堪えるほどだった。

来客の友人は、30代の英国人。「まだその瞬間の映像は見ていないけれど、サミット後に広島を訪問するというニュースはもちろん知っているわよ」と話していた。中国や韓国、タイをはじめとするアジア各国でも、このニュースは報道されていた。

友人同士であっても、このようなセンシティブな話題をすることは滅多にない。でも昨日は、触れないわけにはいかない雰囲気があった。

8歳の娘は「原子爆弾を落とした米国の大統領が…」という言い方をした。これは事実なのだから仕方ないと思う。しかし、彼女は少し気になったようで、きっぱりと言った。「あの爆弾が悲惨な戦争を終わらせたことは事実。それを実行した人だけが悪く言われるのも、違うのではないかと思うの。日本も英国も米国もドイツも、当時はみんなが間違っていたのだから。」

その場では長く語り合うことを避けたが、「そうであったとしても、日本人として生まれた私は、本当に原子爆弾を落とす必要があったのか?ということは問い続けていきたい」という話をした。

核という大きな問題について、日本人は語ることを許されているし、その責任を負っていると私は思う。娘は、以前にも増して広島に行きたがっている。福島のことも合わせて、彼女は聞かれる立場にあるからだろう。

最近は広島を訪れる修学旅行生が減少しているという話も耳にしたが、次の世代を担う日本人として、広島は訪れるべき場所だと思う。今回のオバマ大統領の訪問は「広島に行かなくては」と思わせる空気感も生んだ。子どもも、大人も、改めて広島を訪問しようと感じたのではないだろうか。

核軍縮という目標を見失わない 日本人として次の時代にできること

オバマ大統領は、間も無く8年の任期を終える。

就任直後の2009年4月5日、世界は彼に大きな期待を寄せた。しかし、その後どれだけ核軍縮について取り組むことができたのか。シリアが大きな混乱に入り、むしろ悪い方向に進んでしまったような気がするほどだ。

「私が生きている間に、この目的は達成できないかもしれない」

今回のスピーチで語られたこの言葉は、彼の正直な気持ちが出ていたと思う。それほど厳しい道のりなのだと改めて感じる重い言葉だった。

未来へ期待を寄せる意味でも、私はこの広島訪問を批判する気持ちには全くならない。現役大統領という多くの規制がかかる中での広島訪問は、パフォーマンスであったとしても大きな期待を寄せた人は少なくないだろう。米国内の状況から、謝罪したくても出来ないというのも理解できることだ。

何よりも、今回の広島訪問は、謝罪という明確な”言葉”がなくても、行動することで心を動かすことができる、大きな期待を集められるということを証明してくれた。ここまでのカリスマ性を持つ日本の政治家は少ないが、アジア各国へ向けては、同じように行動で示していくことで変わることがあるかもしれない。

昨日という日が、新たな時代への第一歩となるか。大統領という地位を退いた後、彼はどんな行動に出るのだろう。私たち日本人が彼に寄せる期待は、また大きく膨らんだのではないだろうか。

TVディレクター、ライター

早稲田大学卒業後、テレビ局入社。報道情報番組やドキュメンタリー番組でディレクターを務める。2008年に第一子出産後、児童虐待・保育問題・周産期医療・不妊医療などを母親の視点で報道。2013年より海外在住。海外育児や国際バカロレア教育についても、東京と海外を行き来しながら取材を続ける。テレビ番組や東洋経済オンラインなどの媒体で取材・執筆するほか、日経DUALにて「働くママ1000人インタビュー」などを連載中。働く母たちが集まる場「Workingmama party」「Women’s Lounge」 主宰。Global Moms Network コアメンバー。

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