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懲りない奴ら~ディオバン事件後も医師とカネの関係変わらず

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
大きな事件があっても変わらない医師への製薬企業からの資金提供(ペイレスイメージズ/アフロ)

カネで盛られた薬の効能

 製薬企業が医師に資金を提供し、薬の効能を「盛って」いた…。

 医療業界を、世間を震撼させた「ディオバン事件」は記憶に新しい。

ディオバン事件とは高血圧治療薬ディオバン(一般名バルサルタン)に関わる 5 つの臨床研究論文不正事件をいう。その中でも 2009 年に論文化された京都ハート研究(KHS)は製薬会社元社員が 2014 年 6 月に論文作成に不正に関与したことで、薬事法違反疑いで逮捕され、裁判となった。

出典:日本医師会 医の倫理の基礎知識 2018 年版 ディオバン事件 -研究者と企業の倫理 桑島 巖

 ディオバンが高血圧治療以外にも効能があることを示した臨床試験の論文。それらはノバルティスファーマの元社員が身分を偽り、データを操作していた。また、ノバルティスファーマから大学に奨学寄付金として多額の金が提供されていた。

 こうして出された論文は、他の高血圧治療薬よりよいですよ、というディオバンの広告の根拠となった。活発な宣伝活動により、ディオバンの売り上げは年間1,400億円にものぼった。

 しかし、これらの論文に問題があることが指摘され、データ改ざんなどにより、5つの論文は最終的に撤回された。

 薬事法違反が問われた裁判では、元社員が無罪であるという判決が出て、最高裁で審議中だが、医療業界に衝撃を与えた。

本事件は、わが国では臨床研究実施の基盤が整備されていないなかで、臨床試験の知識に疎い研究者たちが製薬企業社員に試験の企画から統計解析まで全面的に依存してしまったことが最大の原因である。研究者たちは研究費取得や論文、名声を優先し、企業は営利を最優先するという医療関係者として最も重視すべき患者の利益への配慮がなかったことは倫理的に大きな汚点を残した。

出典:ディオバン事件―研究者と企業の倫理

 この事件をきっかけに「臨床研究法」が改正された。製薬企業が関わる臨床研究は監視、報告の義務が強化され、罰則も定められた。

医師たちの行動は変わらず?

 医療業界を揺るがしたディオバン事件。当然医師たちの意識も変わり、製薬企業からの資金提供に慎重になっただろう…。

 と思いきや、そうでもなさそうだ。「羮に懲りて膾を吹」いてはいないようなのだ。

 南相馬市立総合病院外科の澤野豊明医師らのグループは、去る5月17日にJAMA NETWORK OPENに出した論文(Payments From Pharmaceutical Companies to Authors Involved in the Valsartan Scandal in Japan)で、ディオバン事件で撤回された論文5つの著者でさえ、いまだかなりの額の資金(原稿執筆料、講演料、コンサルタント費など)を製薬企業から受け取っていることを明らかにした。

 プレスリリースを提供いただいたので、以下研究を簡単に紹介したい。

 前回記事「製薬マネー、癌ガイドライン委員に流れる~「平成」が遺した大きな宿題」で紹介した論文と同様、著者らはマネーデータベース『製薬会社と医師』を用い、2016年度に上述の5つの撤回論文の著者がどの程度の資金を製薬企業から支払われていたかを調べた。すると…。

50名の著者のうち、29名 (58%) が製薬企業から原稿執筆料、講演料、コンサルタント費等を受け取っていました。これらは総額6,418万円にのぼりました。受け取った金額の平均は128万円で、15名が50万円以上 、5名が 500万円以上、3名が1,000万円以上を受け取っていました。臨床研究の責任著者への支払いが約2,700万円にのぼり、全体の支払いの43.4%を占めていました

出典:プレスリリース

 データベースは2016年度だけなので、それ以前と比較はできないが、ディオバン事件が発覚して3年の時点で、事件に関わったにもかかわらず、製薬企業から相当の金を受け取っていた医師がいた。さすがにノバルティスファーマ社からの資金提供を受けた医師はごくわずかだったものの、あれだけ製薬企業とお金の問題が取りざたされた事件の当事者でさえ、自分自身の行動について改めようとしていないことがうかがわれる。

 だとすると、事件に関わらない一般の医師たちの感覚は、事件前後で変わっていないと言わざるを得ない。

 先に紹介した臨床研究法改正により研究がしづらくなり、患者さんの不利益になっているという意見が出ている。

 手続きの煩雑さなど、耳を傾ける声もあると思うが、「お金のことなどうるさく言うな」という意識があるとしたら残念だ。

「ステマ」をやめよう

 人は物をもらうとお返しの義務を感じるし、バイアスが生じる。

 そういう意味で、完全に公平な人などいない。だとすると、それを前提で仕組みを考えないといけない。

 製薬企業からルールに基づいてお金を受けとること自体は合法だ。問題は金銭的な関係などがあることを隠すことだ。

 いわばステマはやめようということだ。

 近年医学を含めた生命科学の研究の信頼性が疑われている。

世界最大のバイオテクノロジー企業・アムジェンに勤めていたベグリーは、画期的と判断したがん研究についての論文53報について再現性の検討をおこなった。その結果は驚くべきものであった。わずか6件しか再現できなかったのだ。しかし、ベグリーによって再現性がないと結論づけられた47報の論文のうち撤回されたものはひとつもない。

出典:衝撃! ”生命科学クライシス-新薬開発の危ない現場”

 医学生物学の研究は、85%が無駄な研究であり、1000億ドルの損失を出しているという意見もある。

 真に患者さんや社会に役立つ研究をするために何が必要か、カネの問題も含め今一度、医師も患者も一般の人も、しっかり考えなければならない。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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