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粘菌高校生と水銀中学生〜ニュースの片隅から考える「理科格差」

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
科学に興味を持つ子供たちの才能を伸ばしてあげたいが…(写真:アフロ)

論文投稿準備中

こんな高校生がいれば日本の未来は安心…スーパー高校生登場というニュースは、暗いニュースばかりの昨今を照らす一筋の光だ。

小学1年の時に2種類の変形菌を調べ、その成果が国立科学博物館の野依科学奨励賞に輝いた。その後もテーマを発展させ、9年連続で受賞した。

出典:朝日新聞ウェブ

凄い高校生は現在16歳。中高一貫校に通う。書籍を発表し、論文も投稿準備中だという。

この生徒さんは、「未来を創る科学技術人材育成プログラム 筑波大学GFEST (ジーフェスト・Global Future Expert in Science and Technology)」に所属している。

このプログラムは、自主研究を行っている人向けのスーパーサイエンスコース(SSコース)と、科学技術オリンピックに挑戦している人向けの科学トップリーダーコース(TLコース)からなる。ともに専門家からの手厚いアドバイスが受けられるという。

スーパー高校生が続々と誕生

最近この生徒さんのような凄い高校生のニュースを聞くことが多くなってきたような気がする。

ほんとうに頼もしい限りだ。

水銀を持ち帰り…

すごい高校生たちの活躍のニュースに喜んでいた同じ頃、中学生が水銀を自宅に持ち帰りこぼしてしまったというニュースを目にした。

静岡市教育委員会によりますと、去年9月、静岡市清水区の「清水第五中学校」で、生徒の一人が理科の授業で使った水銀を持ち出しました。

出典:テレ朝ニュース

教師が鍵をかけていなかった倉庫から持ち出したという。「自宅で実験がしたかったから」だという。

水銀という劇物の管理の問題など、この件を擁護するつもりはない。ただ、自宅で実験をしたかったという好奇心旺盛な中学生を、なんとか適切に支援できないものかと思う。

「理科格差」の存在

科学技術振興機構は現在、「次世代人材育成事業」を実施し、中高生の才能や興味を伸ばすための取り組みに支援をしている。私もこのなかの女子中高生の理系進路選択支援プログラムに採択された女子中高生のための関西科学塾にスタッフとして関わっている。

次世代人材育成事業はあらゆる生徒に開かれている。水銀をこぼした中学生も、なんらかの形で応募することが可能だ。

しかし、関西科学塾に携わった経験からみると、こうしたプログラムに応募してくる生徒は、私立、国立の中高一貫校、都市部の学校の生徒がどうしても主体になる。そうでない学校の生徒もいるが、学校の先生が熱心だったり、親御さんが熱心だったりする。熱心な先生や親御さんが中高一貫校に多いから、中高一貫校の比率は高くなる。

いわばこうした支援事業は高関心層にしか届かないと言っても過言ではない。

このことを如実に表すのが、国際科学オリンピックに代表として参加する生徒の所属学校だ。メダリストの所属校は灘高校や筑波大学附属駒場高校など、全国的に名前が知れた名門校が多い。

そうした学校に才能を持った生徒が集まっていると言えるが、同じような才能を持っていても、家庭や居住地に恵まれないため、埋もれたままになっている生徒がいるに違いない。偶然にしか過ぎない機会の差が、こうした支援事業によってさらに広がり、大人になった時には追いつけない差になっているだろう。

格差は広がっていく

今後この格差がひろがっていく可能性がある。

現在日本の大学のランキングは下落一方。研究力も下がっていると言われて久しい。先ごろ公開されたアジア大学ランキング(ダイムズハイヤーエディケーション)では、日本最高順位の東大でさえ8位でしかない。

こうしたなか、中高一貫校の生徒を中心に、高卒後外国の大学に進学する人たちが少しずつ増えている。

それは結構なことだと思うが、お金がかかる。家庭に恵まれ、環境に恵まれた人が外国の大学に行き、よい教育を受ける。そうでない人が日本の大学に行く…

水銀を持ち出した中学生がどんな状況かは報道からは分からない。水銀を持ち出した理由も言い訳かもしれない。

ただ、地方で理科に興味があっても適切な指導が受けられない生徒はいるだろう。こうした生徒がたとえ才能や興味があっても埋もれたままになってしまうと、本人だけでなく、この国にとって、社会にとって大きな損失なのではないだろうか。

「低関心層」に届く支援を

埋もれた才能を発掘するには…これは何も科学に限ったことではないが、考えていかなければならない。

その鍵は理科の先生のさらなる支援だろう。全国各地の学校に理科の先生がいる。様々な業務に忙殺されている先生方が、理科に関心をもった生徒に向き合える時間的な余裕を持ち、生徒の才能を発掘し伸ばせるようにしたい。

そしてもう一つは、親御さんへのアプローチだろう。

親御さんが「科学なんかやめとけ」と言うケースは少なくない。粘菌を研究する高校生のように、親御さんから適切なサポートが得られるとは限らない。関西科学塾でも、同伴の親御さん向けに科学に関する講演を行ったりしているが、すでに関心を持っている親御さんにしか届かない。

どれも様々な取り組みが行われてるが、一朝一夕にはいかない。けれど、粘菌を研究する高校生も、水銀を持ち出した中学生も、ともに適切なバックアップが受けられるために、地道に取り組んでいくしかない。

映画「グッドウィルハンティング」では、清掃の仕事をしていた主人公が、黒板に書かれた数学の問題を解いたことで才能が発掘された。あらゆる人が才能を発揮できる社会は、まだ夢でしかないが、追い求めることをやめてはいけない。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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