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iPS細胞研究も特別ではない~科学を蝕む研究不正

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
激震が走る京大iPS細胞研究所。(ペイレスイメージズ/アフロ)

今度はiPS細胞か…

 世界のヤマナカ(山中伸弥教授)が頭を下げている…

 こんなシーンを見たくなかった。京都大学iPS細胞研究所で研究不正が明らかになったのだ。

京都大学における公正な研究活動の推進等に関する規程第9条1項及び京都大学における研究活動上の不正行為に関する調査要項第3条に基づく調査委員会を設置し、調査を実施した結果、通報対象論文において、不正行為(捏造・改ざん)が認められた。

出典:京都大学iPS細胞研究所「研究活動上の不正行為に係る調査結果について」

 研究不正を行ったのはiPS 細胞研究所・特定拠点助教 山水 康平氏。

 対象論文は一報で、「In Vitro Modeling of Blood-Brain Barrier with Human iPSC-Derived Endothelial Cells,Pericytes, Neurons, and Astrocytes via Notch Signaling. Stem Cell Reports. 2017 Mar 14;

8(3):634-647」。

 この論文では、

論文を構成する主要なFigure(図)6個すべて、Supplementary figure(補足図)6個中5個に捏造や改ざんが認められた。

出典:論文不正に関するデータ解析の概要

 論文では有意な差があると言っていたデータが、再解析すると有意差がなくなった。つまり、論文の結論が嘘だったわけだ。

調査の結果、論文を構成する主要な図6個すべて、また補足図6個中5個において捏造と改ざんが認められる。これらの捏造または改ざん箇所の多くは、論文の根幹をなす部分において論文の主張にとって重要なポイントで有利な方向に操作されており、論文の結論に大きな影響を与えていると認められる。かつ、論文の図作成過程において、正しい計算方法に基づき正しい数値を入力するという基本事項が徹底されていなかった。

出典:京都大学における研究活動上の不正行為に係る調査結果について(概要)

なぜ研究不正をしたのか

 いったいなぜ、山水氏はこのようなことをしたのだろうか。

大学側の調査に対し、山水助教は「論文の見栄えを良くしたかった」と説明したという。

出典:産経West

 問題はどうして「論文の見栄えを良くしたかった」のか。

 山水氏は2010年に京都大学で学位を取得しており、日本の研究者.comによれば、そのころ日本学術振興会特別研究員だったようだ。その後iPS研究所の特定拠点助教となっている。

 「生体機能を有したヒトiPS細胞由来血液脳関門モデルの構築」にて、2016~2017年度に研究種目若手研究(B)を助成されており(390万円)、2017~2019年度には日本医療研究開発機構(AMED)から「血液脳関門デバイスに搭載するiPS細胞由来脳血管内皮細胞の安定的な誘導法の開発」にて3000万円を助成されている。

 京都大学によれば、「特定拠点助教」は「特定有期雇用教職員」、つまり任期の定めのある職員だ。山中伸弥教授が様々な場で発言しているように、非正規雇用の研究者ということになる。

 こうした状況が研究不正を起こす背景になっているのか…憶測で語るのはやめたい。

これからどうなるか

 山水氏はこれからどうなるのだろう。

 京都大学における公正な研究活動の推進等に関する規程によれば、「教職員等が研究活動上の不正行為を行った場合は、総長は本学の規程に基づき、懲戒し、懲戒の量定に相当する量定を認定し、又は訓告等を行うことができる。」とある。どのような処分になるのかは不明だが、何らかの処置が下されるだろう。

 論文一報の研究不正であるので、懲戒解雇にまではならないかもしれない。

 また、文部科学省の研究費を使用していたことから、研究費の返還や、研究費応募資格の停止などの処分が下されることになるだろう。

iPS細胞研究は特別ではない

 しかし、山中伸弥教授のiPS細胞研究所で起こった研究不正だけに、ニュースのトップ項目で報道されたが、この事例は決して特別ではない。あまりいい言い方ではないかもしれないが、社会的に注目されるiPS細胞研究だから大きく報道されただけのように感じる。

 文部科学省の予算の配分又は措置により行われる研究活動において特定不正行為が認定された事案(一覧)には、様々な研究不正の事例が公開されているが、今回の事例以上のケースも多々ある。しかも実名が公開されていない。

 白楽ロックビル氏のウェブサイトには、報道されない事例が多く収集されている。2017年の研究不正事例ランキングには、日本人研究者の事例も上位にランキングしているが、おそらく多くの方々がこのことを知らないだろう。

 だからといって山水氏を擁護する気はさらさらない。問題は、iPS細胞、STAP細胞など、人々が注目する事例のみ注目を浴びると言うことだ。

研究不正を防ぐには?

 しかし、たとえ一報でも研究不正は研究不正。再発を防止する手段はあるのか。

 iPS細胞研究所は再発防止策として「実験ノートの提出」「論文データの提出」「研究公正教育の徹底」といったことを行うという。

 どれも重要だが、おそらくそれだけでは研究不正の発生を防ぐことはできないだろう。

 研究不正を公平、公正に調査し、内容に応じて統一した基準で処分するといったことも重要だ。近年の研究不正の事例では、大学執行部などが研究不正があったとする申し立てを握りつぶすこともある。第三者の機関が調査にあたることも必要だろう。

 ただ、それも不十分だ。

 研究不正するべからず、という「予防倫理」ではなく、よりよい研究を行うために何をどうすればよいか、という「志向倫理」の教育も必要だ(AMED RIOネットワークキックオフシンポジウム「考え、気づかせる」研究倫理教育関西大学片倉啓雄教授資料より)。

 iPS細胞研究も例外ではなかった。研究に関わる者は、どんな研究分野でも研究不正は起こりうることを肝に銘じ、一つの事例をスキャンダルとして取り上げるのではなく、「自分ごと」として考えていくことを望みたい。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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