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科学を阻害する「無意識のバイアス」とは?

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
「無意識のバイアス」を自覚することから始めましょう(ペイレスイメージズ/アフロ)

誰にでもあるバイアス

 「なんか嫌な奴だなあ」「悪そうな人だなあ」…

 私たちは日々、頭の中にある偏見(バイアス)を使って生きている。それが偏見であることを自覚している場合もあるが、自覚していない場合が多い。

 髪を茶色に染めた「チャラい」高校生がお年寄りに席を譲っているのをみたら、「チャラい」と感じたのが偏見だったと気が付く。

 この度、男女共同参画学協会連絡会が公表したリーフレット「無意識のバイアスーUnconscious Biasーを知っていますか?」は、こうした偏見が科学研究の現場にもあり、科学研究の健全な発展を阻害していることに警鐘を鳴らしている。

「無意識のバイアスーUnconscious Biasー」とは、誰もが潜在的に持っているバイアス(偏見)のことです。育つ環境や所属する集団のなかで知らず知らずのうちに脳にきざみこまれ、既成概念、固定観念となっていきます。バイアスの対象は、男女、人種、貧富など様々ですが、自覚できないために自制することも難しいのです。

出典:無意識のバイアスーUnconscious Biasーを知っていますか?」男女共同参画学協会連絡会(2017)

研究を阻害する無意識のバイアス

 このリーフレットでは、様々な研究を引用し、無意識のバイアスとは何か、その具体例にはどのようなものがあるか紹介している。見開き裏表の短いリーフレットなので、ぜひ一読いただきたい。

 短いリーフレットを引用するのも気が引けるが、一部紹介したい。

 無意識のバイアスには、以下のようなものがあるという。

  1. ステレオタイプ・スレット
  2. 身内意識とよそ者意識
  3. 些細な侮辱

 ステレオタイプ・スレットには「女子は生まれつき数学の能力に欠ける」などがある。本人や周囲がそう思うことで、進路選択に影響が出る。

 身内意識とよそ者意識は分かりやすい。人を属性をもとに集団に分け、集団の代表的な特徴を誰もが持つと短絡的に判断する、自分が所属する集団に親しみを感じ、そうでない人に警戒心を持つなどだ。学閥というのも、これに相当するだろう。

 些細な侮辱は、他人に対して横柄な態度をとることだ。目の前にいるのにその人の存在を無視する、話に口をはさむなどが含まれる。

 こうした無意識のバイアスが研究に影響を与える具体例は以下のようなものだ。

  • 履歴書の名前が白人に固有の名前だと、アフリカ系アメリカ人に固有の名前より1.5倍面接希望者が多い。日本だといわゆるキラキラネームに相当するだろうか。
  • 研究室の事務補佐は男性のほうが有能とみなされ給料もよい。
  • シンポジウムやワークショップのオーガナイザーに女性がいないと、招待講演者に女性が少ない。
  • 教授の推薦状は、女性に対するものは男性に対するものに対し短い。男性に対しては優秀さを表す言葉が多いが、女性に対しては「細心」「よく働く」などの態度を表す言葉が多い。
  • 女性教員は学術・研究賞を受賞する割合が低いが、優れた授業やサービスに対する賞を受賞する割合が高い。

 こうした無意識のバイアスによって、能力のある研究者が、能力を発揮する機会を与えられないならば、それは社会にとって大きな損失だ。

自覚することから始めよう

 このリーフレットの公表と時期を合わせたかのように、Natureのニュースにも無意識のバイアスに関する記事が掲載された。

If research on biases has told us anything, it is that humans make better decisions when we learn to recognize and correct for bias.(偏見に関する研究が私たちに何かを語ったならば、それは偏見を認識して訂正することを学ぶとき、人間はより良い決定を下すことになるということだ)。

出典:To reduce gender biases, acknowledge them(ジェンダーバイアスを減らすには、それを認めよう)

 よく「私は男女差別はしません。研究業績のみで判断します。」と公言する人がいるが、それが一番問題だ。無意識のバイアスは誰もが持っている。まずは無意識のバイアスが存在することを自覚することから始めたい。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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