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特殊詐欺4833万円被害 なぜ田舎者と年寄りは騙されやすいのか

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:アフロ)

 10月23日、読売新聞オンラインに「「有料サイト利用」「裁判の示談金」…計53回4833万円だまし取られた60代男性」と題する記事が掲載された。

 特殊詐欺の被害者は、広島県竹原市に住む60代の男性。携帯電話の未納料金などの名目で、なんと4833万円も騙し取られたのだという。男性は、携帯電話にショートメッセージを受信し、表示された連絡先に電話したところ、有料サイトの利用料が未納、民事裁判の示談金が必要などと、計53回にわたり指定された口座に入金してしまった。金額もさることながら、回数もまた、ものすごい。

 多くの人は、途中で気づけなかったものかと、理解に苦しむであろう。それほど銀行やその他の場所には、振り込め詐欺防止の啓発ポスターが貼られているし、ニュースなどでも取り上げられている。実のところ、彼らが騙されるのは、ポスターやチラシの文字が読めないからではない。まさか自分が詐欺被害になど遭うはずがないと、はじめから高をくくっているからである。ようするに彼らは、すっかりと平和ボケしてしまっているのだ。

 ところで、これらの詐欺に引っかかりやすいのは、田舎者や年寄りとの印象が強い。実際、彼らは詐欺師のターゲットとなり易いのであるから、その印象は間違いではなかろう。それならば、どうして田舎者と年寄りは騙されやすいのか。社会心理学の見地から、その理由を明らかにしていきたい。

 なお筆者は、経営学者でありながら、現在はコンサルティング会社の執行役員として現場に出て、顧客に寄り添った立場で仕事をしている。多くの顧客が、営業の口車に乗せられている姿を例えていることを踏まえると、面白い記事となるかもしれない。

日本の田舎は信頼社会ではない

 日本の田舎は、ムラ社会と表現される。ムラ社会とは、他者の意見や行動に同調的な、集団主義による社会のことである。

 社会心理学者の山岸俊男は、このような日本のムラ社会は、信頼社会ではないとの見解を示している。狭いムラの内部で生活している人びとにとって、他者を裏切ることは、その後の生活上の不便を考えると得策ではない。今後もずっと顔をつき合わせる可能性の高い人びととの関係は、良好なまま維持することを目指したほうがよいからである。

 したがって山岸は、日本のムラは信頼社会ではなく、安心社会だという。ムラのような閉鎖社会では、皆が顔見知りで、互いに監視し合い、そして何かあったときには制裁を加えるシステムができ上がっているから、安心な生活を送ることができる。一方で彼らが、よそ者ばかりの都市へと出てきたときには、そこでの生活は不安で心配事だらけに違いない。したがって、都市のような個人主義的な社会のほうが、本質的に他者との信頼を必要とする社会であると、山岸はいうのである。

 都市化された現在の世の中では、田舎の人びとは否応なく、信頼社会の論理にさらされる。ムラ社会では騙したほうが圧倒的に悪いのに、都市的な社会では、この度の特殊詐欺被害者のように、騙される方も悪いのだと評される。その意味するところは、われわれの都市社会における常識とか、詐欺師を見分ける選別眼を身に着けてこなかったことに対する批判である。

 しかるに、安心社会の中で生きてきた田舎者や年寄りは、見知らぬ他者の言動が信頼に足るか否かを判断する能力を、培うことができない。あるいは、都市の中でその能力を育んできた他者との友好な関係を構築していないため、身を守るすべを充分にもたないのである。彼らはムラ社会において発達した、騙されるはずがないという相互了解によるシステムのなかで、安心して生きてきた。予定調和の中で、他者が信頼に値するかどうかを見分けるという習慣さえない彼らは、見分ける能力を育成するどころの話ではなかったのである。

騙される経験を積む

 田舎者や年寄りが騙されないようにするには、どうすればよいのか。結論として、それらの能力は経験知の一種であるから、実際に騙される経験を積むことで、鍛え上げていくしか方法はない。

 痛い目を見ることを黙認せよというのではない。模擬訓練を積むことを推奨しているのである。例えば筆者などは、いわゆる振り込め詐欺が流行った頃から、実家に「おれだけどさ」との様々なパターンの詐欺電話を入れてきた。露骨な振り込め詐欺のパターンでは流石に引っかからないものの、かなり趣向を凝らしたパターンでは、何度か騙されそうになっていた。とくに「おれだけどさ」の後に、即座に筆者の名前を呼んでしまう習慣については、よく諫めたものである。おかげで今では、はなから筆者からは悪戯電話が来るものだと思われている。

 とりわけ携帯電話では、音声の波形をそのままに届ける固定電話と違い、ハイブリッド符号化という方式がとられている。ハイブリッドというのは、音声の波形をもとの波形に「近くなるように」符号化する方式と、発声の過程をモデル化して制御するパラメーターの情報を符号化する方式の混合を意味している。ようするに、本人の声と似た音声を、電話の相手に届けているのである。

 したがって、いつもの電話の声だからといって、簡単に信用してはならない。自分が普段信用している人の声は、電話の先の人がその人と同一であることを判断する材料にはなり得ないのである。しかも詐欺師は、たいてい理路整然と、言葉巧みに相手を騙そうとする。難解な専門用語を用いて、様々な人物の名前を登場させながら、相手を思考停止状態にまでもっていく。筆者のような素人の浅知恵ではなく、長年の経験によって綿密に練り上げられたプランによって、確実に相手を仕留めにいくのである。

 最後に、田舎者や年寄りに「不審な連絡があったか」と聞いたところで、あまり意味はない。なぜなら彼らは、連絡が不審であったかどうかを判別できないからである。それよりも「最近新しい出来事はあったか」とか「新しい出会いはあったか」などと聞いた方がよい。その話のなかで、聞き手の側が不審かどうかを判断すべきなのである。どだい田舎者や年寄りには、頑固者が少なくない。どうもおかしいと感じたときには、根気よく納得させる必要がある。

 最も重要なことは、普段から彼らを気にかけておくことだ。よくよく話を聞き、また新しい情報を届けることで、都市的な生活の規範にも慣れてもらうのである。そのような信頼関係を構築しておけば、何か困ったことがあったときには、まず相談が来るであろう。その時初めて、問いかけによって救いの手を差し伸べることができるようになる。

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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