安物のワインに高い値札をつけると評価が上がるのは、顧客体験のおかげという研究

(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 3月26日、GIGAZINEに「安物のワインでも「高い値札がついているとおいしい」と感じるとの研究結果」と題する記事が掲載された。

 バーゼル大学のイェンス・ガーブらは、140人の被験者を対象に、3種類の価格の赤ワインを飲んで、その味を評価してもらう実験を行った。140人のうち135人は、定期的にワインを飲んでいる人である。ワインAは1本10スイスフラン(約1162円)、ワインBは1本32スイスフラン(約3719円)、ワインCは1本65スイスフラン(約7555円)である。

 ワインAからCのワインを、2杯ずつ、合計6杯飲んでもらう。2つのグラスのうち、片方には価格ラベルが貼られておらず、片方には貼られている。また、ラベルの中には正しい価格が記載されているものもあれば、別のワインの価格が記載されたものもある。ワインから感じた「心地よさ」を評価してもらうと、ラベルがない場合は、すべてのワインの評価に変化はなかった。一方、低価格のワインに高額の値札がついていた場合、値段に引きずられて「心地よさ」の評価も上がったようだ。逆に、ワインCにワインAの値札をつけても、「心地よさ」の評価が落ちることはなかったという。

 この結果を受けて、一般人にワインの高い安いを見分けるのは不可能という結果が出ていると、記事では述べられている。しかし、そのような結論は短絡的といえる。なぜなら消費者は、ワインに限らず、嗜好するものの価値を包括的に受け止めるものだからである。つまり、消費者の「心地よさ」は、その商品やサービスが発する様々なメッセージによって、大きく影響を受ける。そして価格は、多くの場合、価値の積算を示すメッセージとして機能しているのだから、それに引きずられるのは当然なのである。

「心地よさ」とは何か

 ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンらは、ヒューリスティックという現象を唱えている。人間の脳にはシステム1とシステム2があるが、システム1は考える労力を必要とせず、直感的に働く。システム2は、複雑な計算や論理など、知的活動に際して働く。そして日常の生活のなかで、人間はシステム1を存分に働かせて、物事を判断している。常日頃から何事もロジカルに考えていると、疲れ果ててしまうからだ。

 システム1は、個々人の経験を踏まえて、物事を判断する。ゆえにまた、経験知によってバイアスがかかるため、対象をありのままに認知することができない。ワインの場合、高いワインは美味しいはずだという認知バイアスがあるから、実際に「心地よい」と感じてしまう。だから顧客は、味の良いワインよりも、高いワインを飲みたがるのだ。一方、ワインの専門家はワインのテイストを試した際の経験が想起されるから、その記憶を引っ張りだそうとする。この場合、ワインの専門家とて、システム1が強く働いた可能性が高い。これが、ヒューリスティックというものである。

 このようなバイアスへの影響は、価格だけに留まらない。コロンビア大学のシーナ・アイエンガーは、とあるテレビ番組の実験を紹介している。通行人に、エビアンと水道水をラベルを外して飲んでもらったところ、75%が水道水のほうが美味しいと答えたようだ。多くの人々は、ミネラルウォーターのほうが美味しいのだという刷り込みにとらわれている。

 さらに、屋内の洒落たレストランで、俳優を水ソムリエに仕立て上げ、革表紙のメニュー表に書かれた水のリストを見せる。ソムリエは「天然の利尿剤、抗毒剤です」などと能書きを述べ、「ロー・デュ・ロビネ」という銘柄を紹介する。すると顧客は、さわやかで口当たりがいいなどといって、絶賛したようだ。「ロー・デュ・ロビネ」とは、フランス語で、水道水という意味である。

 アイエンガーは、ミネラルウォーターは巧妙なトリックの働きによって、美味しいのだという。ラベルには爽やかな山岳の絵が描かれ、水の名産地のイメージを彷彿とさせるような商品名と、さも高品質かつ安全であるかのような説明書きがなされる。だが、蛇口の水よりも品質が高いとか美味しいなどとは、一言も書かれていない。それでも人は、そのイメージや印象に影響されて、価値認識を変えてしまうのである。ところでアイエンガーによれば、ミネラルウォーター・ブランドの四分の一は、公営の上水道からとった水道水である。

 それでは人の「心地よさ」は、何によって左右するのか。端的にいって、人は美味しいものを飲みたいのではなく、その銘柄を飲みたいのである。ベイラー医科大学のリード・モンタギューらは、被験者にコカ・コーラとペプシを飲んでもらい、得をしている感覚を示す脳の腹側被殻の活性状況を調べた。すると、銘柄を知らない場合、コカ・コーラよりもペプシの方が5倍活性化した。しかし銘柄を知らせた場合、ほぼすべての人がコカ・コーラの方が好きだと答え、腹側被殻とともに前頭葉が活性化した。アイエンガーによれば、どうやらアメリカ人にとっては、コカ・コーラには自由の味がするのだ。

顧客体験を重視せよ

 ものの価値はコンテクストやイメージ、意味づけなどによって、大きく変わってくる。価格はその一因にすぎず、味もまた、同様である。重要なのは、顧客がどう受け止めるかであり、何を「心地よさ」の基準としているのかを、正しく理解することである。ただ価格をつり上げれば、評価が上がるわけではないのだ。

 単体では安いワインは、時と場面によって、高価になる。商品やサービスは、演出によって高い価値を引き出すことができるのである。このような考え方によって生まれたのが、CX(顧客体験)という概念だ。CXを生み出したジョン・グッドマンによれば、CXとは、顧客が商品に関心を示した時点から、それを購入して使い終えるまでのすべてのプロセスである。その中で、一貫して顧客に満足を提供することが、商品の価値を高めるのである。そしてグッドマンは、何よりもCXには、顧客との約束を守ることが大切だと述べている。

 ニューロ・マーケティングの父、デイヴィッド・ルイスは、日本には「当たり前品質」と「魅力的品質」の区別があると述べている。前者は、顧客が商品やサービスに求める品質であり、機能面の条件として期待通りであれば、満足する品質である。一方、後者は消費者の期待を上回る魅力であり、例えば時計であれば、時間を正確に刻む当たり前の品質に加えてスタイリッシュさなど、美容院であれば、カットの上手さに加えて自信をもたせるスタイリングなどを意味する。いうまでもなく、前者が満たされていなければ、後者を訴求しても評価は上がらない。

 またルイスは、買い物に「行く」のは大いに楽しいと思う反面、買い物を「する」のは面倒という人が多いという。前者は、欲求や欲望、ウォンツを叶えるために行われるのに対し、後者は必要性、ニーズを満たすために行われるからだ。観光地でよそ様へのお土産を選ぶこと自体は、大変面倒くさい。そのことを思い返せば、ディズニーランドにおけるワールドバザールの意義が分かってくるであろう。そこでは「夢の国」という没入した世界の中で、楽しい体験が演出されている。

 「心地よさ」や体験上の満足において、別に比較できる対象が事前に与えられるとき、その対象に支払う費用との比較がなされ、それに満たない対象とは比較がなされなくなる。これを心理学では、アンカリング効果という。このときはじめて、価格を上げることが可能となる。否むしろ、自ずと顧客は、もっと高い費用を払ってもよいと思うであろう。

 顧客にものを買わせようとするのではなく、顧客に「心地よさ」を提供しようと努めることが、購買意欲を喚起するための方法なのである。過剰なPRやコストダウン、騙しのテクニックにばかり専念する昨今の企業は、この点を胸に刻んでおいてほしい。