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コロナ以降の完全リモートワークは従業員を不幸にする マイクロソフトの調査から

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:Tomoharu_photography/イメージマート)

 3月23日、CNET Japan に「リモートワークはZ世代への悪影響が大きい--マイクロソフト調査」と題する記事が掲載された。

 Microsoftの調査によれば、73%の労働者がパンデミックの収束後も、引き続きリモートワークを選択できることを望んでいるようだ。また、1990年代後半~2020年代初頭に生まれたZ世代のうち、これから働く人たちも、リモートワークの選択肢がある仕事に応募する割合が若干高い結果となった。その反面、すでに働いているZ世代については、少々事情が異なるようである。

 記事の通り、Z世代の労働者は、全般的にストレスや困難を訴える人の割合が高い。彼らには独身者が多く、孤独を感じやすい傾向にある。また、雇用主から手当が支給されない限り、自宅に十分なリモート・ワークスペースを構築する経済的余裕がない。さらには、同僚と対面でやり取りする機会がないため、キャリアアップにつながるプロジェクトに参加する機会を得にくいことなどが挙げられる。

 加えていえば、新人がキャリアアップできないことは、社内に知的資源が蓄積されないことを意味する。つまり、完全にリモートで仕事をする道を選べば、企業力は弱体化することになるのである。新人に必要なのは、対面による研修と人脈づくり、それから業務上のトレーニング(OJT)である。Microsoftは、チームがリモートでもオフィスでも働けるように、現実とデジタルの世界の橋渡しをしてくれる技術に投資することを推奨している。

 とはいえ、状況が状況であるから、いかなる業務を対面で行うか、リモートで行うかは、分別する必要がある。その選択の基準はどこにあるのか。一般的見解とは異なるが、創造性を必要とする仕事などは、むしろ一人で行うことを筆者は薦めたい。

社会的促進と社会的抑制

 心理学には、社会的促進と社会的抑制という考え方がある。前者は、ある仕事を遂行する際に、同僚などの他者がいることで、作業効率や生産性など、個人の活動が促進されることをいう。反対に後者は、他者がいることでそれらが抑制されることである。

 例えば単純作業においては、同じ作業を行う人が近くにいた方が生産的である。周囲の目による意識の覚醒もあるが、分からない仕事を気軽に質問できることや、同僚がいることで得られる安心感などが、有効に作用するからである。反対に、深い思考を要するような複雑な仕事や、未知の仕事を行う場合には、一人で集中できたり、自由に物思いにふけったりできる環境のほうが、生産性が上がることが分かっている。

 ただし、業務上の知識に乏しい人は、複雑な仕事や未知の仕事においても、周囲に同僚がいたほうがよい。それらの人は、基礎となる考え方や知識がなければ、いくら思考を繰り返しても、満足のいく成果に至ることはないからである。そのため上司は、新人にはより単純な仕事を与えて教育訓練を施すのであるが、同時に新人は、周囲の状況を感じとり、同僚の会話に耳を傾けたり雑談したりすることで、包括的に仕事を覚えていく。こうして徐々に、複雑な仕事を行うための素養が育まれる。

 ようするに、仕事が単純か複雑かというよりも、その仕事を遂行する十分な能力をもちうる経験を積めるかどうかが、対面かリモートかを決定する要因なのである。そして、最大の複雑さを必要とする仕事とは、自ら何かを生み出す仕事、創造的な仕事である。人は日常の業務のなかで学習し、あるいはものを考え続けることで、仕事の改善の仕方を提案できるようになり、ひいては全く新しいビジネスの仕方を考案することも、可能となるのである。

 そうであれば、仕事の習熟度が低い人については、つねに対面で仕事ができることが必要である。しかしコロナ禍の現在、それは現実的には困難であるから、Microsoftが結論するように「現実とデジタルの世界の橋渡し」をし、いつでも気軽に会話ができるようなリモートの技術を整えるのである。一方で、自らものを考え、新たな価値やプロセスを生み出す高度な知的労働に従事している人などは、リモートによって一人で仕事ができたほうが、都合がよい。そのほうが思考を邪魔されず、生産性が向上するのである。

ブレインストーミングを考える

 反論もあろう。例えば、ブレインストーミングを行わねば、よいアイディアなど生まれない、というものだ。それについては、次の研究が参考になる。

 ミネソタ大学のマーヴィン・デュネットは、3Mの研究職と広告分野の管理職の男性を、それぞれ48人集めて実験を行った。いずれも12チームに分け、6本指で生まれてくることの利益と不利益は何かといったような、決まった答えのない問題について、ブレストを行なってもらう。加えて、同じような問題について、それぞれ個人でも考えてもらう。すると、計24組のうち23組のチームが、集団よりも個人のほうが多くのアイディアを生み出し、質においても個人のアイディアのほうが、集団のアイディアと同等かそれ以上であった。

 なぜか。人は集団になればなるほど、手抜きをする傾向がある(社会的手抜きという)。また、おかしなアイディアや、人よりも劣ったアイディアを出す恐れがある場合には、自己評価が悪くなるのでは、といった心理も働く。それから、急によいアイディアが生まれても、すでに話題が先に進んでしまった場合には、共有されなくなってしまう。

 さらには、ブレストでは無意識のうちに、一つのアイディアや可能性にばかり焦点が絞られる傾向がある。そのため、他者のアイディアに引きずられ、そこから大きく離れたアイディアを創出することができなくなってしまうのである。よって、自らアイディアを生み出せる人は、一人で仕事をしたほうがよい。そのほうが、余計なことに気を取られなくなり、生産性が上がるのである。

創造のプロセスの段階で分ける

 それでは、ブレインストーミングは行わないほうがよいのか。それもまた、間違いである。否むしろ、ブレストを行う段階やその方法について、検討したほうがよいといえる。

 実際に創造とは、集団における活動である。それは、背景の違う各人の意見や考えの掛け合わせと、異なる能力をもった人びとの協業による活動なのである。その前提に立つとき、どの段階まで一人で活動し、どの段階からは集団で活動したほうがよいのかが、分かるようになる。ワシントン大学のキース・ソーヤーは、創造的なものを生み出すため8段階のプロセスを提唱している。

1、問題を発見し、明確にする

2、関連する知識を集める

3、関連する可能性のある情報を集める

4、培養の時間を設ける

5、幅広くアイディアを出す

6、アイディアを予想外の方法で組み合わせる

7、一番良いアイディアを選ぶ

8、アイディアを具体化する

 このうちブレストは、5にあたる。つまり、1から4の個人のアイディア出しのプロセスと、5以降の集団での活動とを、分けて考えることが重要なのである。個々が自らの経験によって育んだ知見のなかで、アイディアを生み出し、培養する。その後、相互にアイディアを持ち寄って、集団内で意見交換をする。そうしたとき、はじめてアイディアを掛け合わせることができ、議論は発展していくのである。

 まとめよう。まず、未熟な個人はつねに集団内に身を置き、上司のマネジメントや同僚との共同作業のなかで経験を積むことで、知見を育むことができる。アイディアを出す場や、仕事の改善タスクなどにも、積極的に参加することが必要である。そうして、創造的な習慣を身に着けたあとは、孤独な時間を確保して、自らの考えやアイディアを練り上げる。それらを個々が集団内に持ち寄り、自由にぶつけ合うことによって、企業には創造的な仕組みが定着するのである。

 リモートによる働き方とは、1か0かで考えられるものではない。目的に応じて柔軟に、ハイブリッドかつ選択的に働ける環境を構築することで、新しい環境においても飛躍し続けることができるのである。

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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