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一定レベルまで学習しないと成功率は上がらないことが研究でわかった

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(提供:アフロ)

 4月18日、MITテクノロジーレビューに「成否は運では決まらない? ビッグデータが導く「失敗の力学」」と題する記事が掲載された。

 ノースウェスタン大学のイーアン・インらの研究は、幸運は成功を決めるための重要な要因でないことを裏づけている。各種の取り組みについて、一連の失敗の流れにおける最初の試行と、最後から2番目の試行とを比較したところ、後者のほうが各段に成功率が高くなることがわかった。もし運が重要であれば、両者に差はみられない。後者のほうが高いのだから、試行に参加している人が成功に向けて学習し、次の試行の質を高めていることになるのだ。

 ここまでは想定の範囲内であろう。では、成功率はいかなる学習においても、上がっていくのか。研究によって判明したのは、経験からの学習レベルが一定の到達ラインに達しない場合、何度試行を繰り返しても成功には至らないことだ。ひとたび到達ラインを超えると、その後の試行はますます改善されていき、最終的に成功する。

 ビジネスは、失敗の積み重ねによって成功に至ることは間違いない。しかし、ただやみくもに試し、失敗を繰り返したところで、成功には至らないのだ。失敗から多くの教訓を得て、それらを試行に活かし、一定の力を得たときに、ようやく成功への道は開ける。よって重要なのは、失敗した回数よりも、失敗から学ぶためのマインドや学習方法である。

失敗と向き合うことから始めよ

 わが国は、失敗を許さない社会だと言われる。そのため、失敗と向き合わず、ごまかし、改善しようという姿勢がみられなくなる。企業や研究の分野で多くの不正が生じるのも、ミスや失敗が許されないこと、必ず成果を上げなければという不安や焦りが生じることが原因である。

 失敗しない人というのは、失敗する余地のないことばかり行っている人のことだ。人が新しいことや困難なことに取り組めば、必ず、例外なく、確実に、失敗する。だとすれば、失敗を許さない社会とは、いかなる挑戦も許さない社会ということになる。それは同時に、新たなビジネスが生まれない社会であることも意味する。

 クレアモント大学のミハイ・チクセントミハイは『クリエイティビティ』のなかで、創造的な人は何度も試すがゆえに創造的なのだと説いている。ただし彼らは、一つの方法に固執することなく、いくつもの方法を模索している。さらには、自ら設けた高いハードルを越えられなければ、それを失敗とみなすようだ。何度も何度も試すのは、結果に納得していないからである。そのようなプロセスによって、最終的に実用に耐えうるものができ上がる。

 20世紀の海運王アリストテレス・オナシスは、ビジネスを成功させる秘訣は、誰も知らないことを知ることだと述べた。失敗を恐れ、確実に成功することばかり行っている人は、決して新たな境地に至ることはない。かといって、失敗してもなにも感じない人は、未知の領域に足を踏み入れることさえできない。だからこそ重要なことは、失敗と向き合うこと、そして失敗の意味を捉えなおすことなのだ。

 失敗とは、うまくいかない方法を学習するためのプロセスにほかならない。失敗からは、様々な情報が得られる。それらの情報に真摯に向き合い、深く考え、知識として吸収することができたとき、次なる行動を見出すことができる。失敗は成功のもとだと言うが、失敗を目の当たりにした者が、そこから深く学び、次に活かそうという姿勢をもっている限りにおいて、成功のもとであると言うことができるのだ。

停滞期間を意図的に設けるべし

 大きな成功を収めた人には、停滞の時期が存在することが多い。つまり、ほとんど成果を上げられないまま、失敗を重ね、学習に時間を費やしていた期間が存在するのである。

 スタンフォード大学のキャロル・ドゥエックは『マインド・セット』の中で、進化論を唱えたダーウィンや、天才とまで言われたモーツァルトの功績は、長い間の苦悩があったおかげであると述べている。ダーウィンは半生をかけて『種の起源』を書き上げた。そのために、チームで何年も調査し、何百回も議論を交わし、草稿をいくたびも書き直している。またモーツァルトは、十年以上の苦しみの末に、ようやく独創的かつ魅力的な音楽をつくることができるようになった。それまでは、他の作曲家のフレーズを継ぎはぎしたような曲ばかりだったようである。

 ダーウィンにせよモーツァルトにせよ、一つの時代を築くことができたのは、悩み続け、試し続け、失敗し続け、そして学習し続けたからである。長年の積み重ねが、一人の人間をひとかどの人物にまで成長させる。生まれ持った才能はあったのかもしれない。しかしそれも、開花させるまでには相当な時間を要するのである。

 だとしたら、たえず成功し続けることを目指すのではなく、学習のための停滞期間を設けなければいけないことになる。もちろん今日の食い扶持を稼がなければ、明日を生きることはできない。したがって、仕事の時間の一定の割合を、挑戦的な仕事をし、そこから学習するための時間に充てるようにするのだ。すべての創造的な組織は、そのような仕組みや制度を構築している。今日のためのみならず、明日のために仕事をする時間も設けているのである。

 成果成果の一辺倒では、過去の蓄積を食いつぶすだけだ。人の成長を長い目でみて、失敗もいつかは報われるだろうと思うことで、新しい知識は取り入れられる。結果として、明日の成功は保証されることになるのである。

 参考:拙著『創造力はこうやって鍛える

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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