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パナソニック社長が「自分たちは何者なのか」と悩んでいるようなので

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:つのだよしお/アフロ)

 10月31日、東洋経済オンラインに「テスラに悩まされるパナソニック社長の本音」と題する記事が掲載された。サブタイトルは、「いったい何者なのか」と自問自答した真意、である。

 今年、創業100周年を迎えたパナソニックは、10月30日から5日間、東京国際フォーラムで「クロスバリューイノベーションフォーラム」という記念イベントを行う。開催初日の30日、津賀一宏社長は、「パナソニックは、家電の会社から何の会社になるのか」というテーマで基調講演を行った。筆者はこのイベントにゼミの学生を送り込んだのだが、どうやら津賀社長はパナソニックが何者なのか、わからなくなっていたようである。

 記事にもあるように、パナソニックはテスラのイーロン・マスク社長の言動に悩まされているようだ。また、投資に積極的な中国の電池メーカーも、脅威に感じている。津賀社長は言う。「10年後、20年後に自動車ビジネスがどうなっているかはわからない。そう簡単に事業領域を絞り込むことは難しい。」悩みは晴れたと言っているが、未来のビジョンは、いまなお定まってはいない。

 おそらく津賀社長は、ビジョンを見出す際の焦点がズレてしまっている。言ってみればこれは、パナソニックのような大企業を経営する者の宿命でもあるから、単純に津賀社長が悪いと言うことはできない。当記事では、津賀社長の悩みを整理しつつ、ミッションやビジョンを明確化する際の考え方について述べていきたい。

ゴールから始めよ

 パナソニック株式会社は、現在社内に4つのカンパニーがあり、その中にさらに37の事業部を抱える会社だ。連結対象会社も、495社にものぼる。そういう巨大グループであるから、ビジョンを定める際には、それぞれの組織の都合に配慮する必要が出てくる。これが、津賀社長の悩みを生み出してきた原因だ。

 TEDトークで爆発的な視聴数をたたき出したことで有名なサイモン・シネックは、ゴールデン・サークルという考え方を生み出した。ゴールデン・サークルは、三重丸を描いて、真ん中の円を Why、それより大きな円を How、外周の円を What の領域に当てた図として表される。シネックは、中心の Why から始めて How、What という思考プロセスを辿ることで「ものすごい功績」を成し遂げることができると述べている。たしかにアップル社や、キング牧師、ライト兄弟などは、いずれも Why から始めている。

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 人は What や How ではなく、Why によって行動する。なぜなら人は、まずもって心が動かされ、その後で論理づける生き物だからだ。いくらよいモノを提供しても、Why がなければ心は動かない。したがって、それを手にしようという動機は生まれない。

 パナソニックは、家電の会社から、くらしをアップデートする会社になるようだ。このコンセプトからわかるように、津賀社長は、すでに存在するパナソニックというグループの、様々な製品や事業にとらわれてしまっている。つまり What や How から始めているのである。無理もない。パナソニックには、すでに数十万人の社員と、数十億もの顧客が存在するからだ。それゆえ、一から思い切って方針を定めることは難しくなる。それでもやはり Why の明確化から始めないことには、方向性を見失い、ビジネスは立ち行かなくなるだろう。

 Why は、一般に「なぜ」と訳される。つまりパナソニックの場合、なぜパナソニックはビジネスを行っているのか、ということになる。しかしながら、「なぜ」に対する答えを導きだそうとすると、哲学的になりすぎてしまい、答えが見つからなくなる。そこで筆者がオススメするのは、「なぜ」を「何のために」へと言い換えることだ。「何のために」パナソニックは、ビジネスを行っているのか。

 実はパナソニックは、この答えをスローガンで打ち出している。パナソニックのスローガンとは A Better Life, A Better World である。顧客一人ひとりの、よりよい生き方、よりよい世界をつくるために、パナソニックは存在しているのである。ぼやけてはいるが、これがミッション(存在意義)である。

 それでは津賀社長は、何が出来ていないのか。それは、ここでいう「よさ」とはいかなるものか、への回答である。あるいは、どうなったときに「よりよい生き方、よりよい世界」は実現されるのかが、明確ではないのである。これらを明らかにしたときに、ビジョンが定められる。また、曖昧であったミッションも、力強い言葉に置き換わる。

 ようするにパナソニックは、ゴールのイメージを描けていないのである。ゴールには、必ず到達地点が存在する。また、そこに到達したときの、完成された「絵」が描かれる。これらを言葉で表現したものが、ビジョンなのである。

 絵の中には、パナソニックがすでに行っている様々なビジネスが含まれることだろう。また、そのなかで働く生き生きとした人たちもまた、描かれていることだろう。そのような世界、人間の生き方とは、いかなるものか。津賀社長は講演で「家電の会社から何の会社になるのか」をテーマに話した。また、事業領域を絞り込むことの難しさを説いた。しかし、なにも革命的に変わる必要や、事業を捨て去る必要はない。いま行うべきは、事業の再定義ではなく、それらの事業を引っ張っていくことのできる、共通のゴールイメージを描くことである。

 ゴールがあれば、社員はみな思い思いに、よいビジネスの形や、よいモノをつくり上げる。かくしてパナソニックは、成長し続けることができるのである。

思いを浸透させよう

 アリストテレスは、次のような言葉を残した。「物事がよくいくのに必要なことは二つある。一つは行為の的、すなわち目的が正しくおかれることであり、もう一つはその目的にいたる行為を発見することである。」

 アリストテレスに従えば、目的は願望され、手段は思案によって選択される。それゆえ、ミッションやビジョンを見出すにおいては、難しく考える必要はない。ようするに、長年パナソニックの社員として生きてきた、人間としての津賀社長の思いを発すればよいのである。

 ソフトバンクの「新30年ビジョン」は、人生で最も悲しいことは何だろうという、シンプルな問いかけから始まった。人生最大の悲しみは、孤独かもしれない。だからソフトバンクは、孤独を減らし、少しでも人々の悲しみを減らすことを目指している。したがって、ホームページには明確に書かれていないが、ソフトバンクのビジョンは「孤独のない世界をつくること」である。そのために、ビジネスの領域を拡大している。

 パナソニックの考えるよい生き方やよい世界とは、いかなるものか。例えば、製品を手にすることで「すべての人が自己実現に至る世界」は、よい生き方のできる、よい世界であろう。働くためのモノ、移動するためのモノ、生活を守るモノ、快適さを提供するモノ、人と人をつなぐモノは、そういう世界を実現するためにこそ、必要である。そうであれば、事業領域を絞り込むことよりも、人のために貢献する新たなモノを生み出すことを目指したほうがよい。切り捨てるという思考ではなく、発展させるという思考に変われば、ビジネスは成長していく。

 パナソニックの社員にぶっ叩かれることを覚悟の上で書いた。しかし、筆者の愛するパナソニックが未来永劫続いていくために、耳を傾けて頂ければと思う。

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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