サイゼリヤで隣の席の女子高生の会話を盗み聞きせよ

(ペイレスイメージズ/アフロ)

 7月10日、リクルートマネジメントソリューションズは「大人は若者から何を学べるか。若者に抱く”違和感”こそ学びのヒント」と題する記事を掲載した。

 同社の「『若者から学ぶ大人』の実態調査」では、若者から学んでいる大人は、およそ2割しかいない。それに対し、若者に対して知識やスキルを教えていると答えた人は、4割。調査の結果、若者を学びの対象というよりは、教える対象として見ている人のほうが多いことがわかった。とくに男性のほうが、その傾向は高いようである。

 調査にあるように、人から学ぶということは、意見が異なったときに、相手の意見を稚拙だと思うのではなく、何か本質や真実があるのかもしれないと思い、その意図や理由を聞くことである。ようするに、すべての人の話には何か意味があるのだとみなす姿勢が、人から学ぶためには必要となる。そのように、意識的に新たな考え方や方法について学ぼうとしている人は、成長し続ける。新たなビジネスの機会に気づく姿勢が育まれるのである。

 異質であることは、よいことだ。なぜなら、明確な差異があることは、ビジネスの機会にほかならないからである。とりわけ認識の差異や、観念上の差異があることはよい。まったく新しい側面に気づき、そこから物事を捉えられるようになれば、誰も乗り出したことのないビジネスをつくり出すことができるからである。

 若者に抱く違和感こそは、ビジネスの機会である。なぜなら若者は、とりわけ女子高生たちは、新しいものにきわめて敏感だからである。既定路線のビジネスは、成熟してしまえば、近いうちにカネを生み出すことはなくなる。右肩下がりのビジネスは、社員の士気を下げ、企業そのものを衰退させるだろう。そうであれば、若者が何に興味や関心を抱いているのかを知ることは、自社を存続させるための、ほとんど必要条件とさえ言えるのかもしれない。

女子高生の会話を盗み聞きせよ

 スポーツ用品メーカー「アディダス」のブランド名称は、創業者アドルフ・ダスラーの名前からきている。その息子、ホルスト・ダスラーの有名な言葉に、次のようなものがある。

 「君はロッカールームに入ったのか?選手の奥さんたちの名前を知っているのか?一緒にランチをとったのか?」 

 商才あふれるホルストは、オリンピックに出るような有名なスポーツ選手に、無料でシューズを提供した。彼らがアディダスのシューズを使うことで、ブランド価値を向上させようと目論んだわけだ。しかし、契約した選手のなかで、アディダスを履かず、他社のシューズを使っている者がいる。それを嘆く部下を叱ったのが、この言葉である。

 ホルスト自身、スタジアムには頻繁に通っていた。選手と、彼らの周りにいる関係者の顔と名前を覚え、その環境に溶け込んでいた。そうすることで、選手たちとの密接な関係を構築したことが、アディダスを世界屈指のスポーツブランドへとのし上げたのである。

 われわれは、情報社会に生きているせいで、物事を表面的に判断する傾向がある。ネットの情報や、無機質な調査データに頼りきってしまい、現場の生の情報を軽んじている。しかるに、ビジネスにおいて最も有益な情報は、自らの目で見て、耳で聞いて、会話して、それから思考した結果として生まれた情報である。あるいは、そういった情報、本当に使える情報のことを、知識(インテリジェンス)というのだから、十把一絡げの情報ではなく、知識こそが、ビジネスのためには追求されるべきである。

 若者から学ぶことがビジネスにおいて重要なのであれば、潜在的な顧客となりうる若者の声を聞くために、彼らのロッカールームに潜入することが推奨されよう。しかし、男子女子を問わず、本当にロッカールームに入ってしまえば、変態の烙印を押されることになろう。そうであれば、ギリギリの線で若者の近くにいて、彼らの生の声を聞く機会をつくるしかない。そう、ビジネスマンは、とりわけマーケティングに関わる者は、サイゼやマクド、スタバにおいて、隣の女子高生の会話を盗み聞きすることを、仕事の一つとしなければならないのだ。

 はっきりいって、キモイ。キモすぎる。しかし悲しいかな、それが仕事である。大上段に構えて、コンサルや調査会社のデータを買うばかりではなく、現場の声を聞いて、何が本質や真実なのかを理解することが、ビジネス創造には不可欠なのである。そのような、泥にまみれる姿勢をなくしたことが、わが国の企業のセンス(それは知識から始まる)のなさを招いているように思われる。もっと顧客個人と向き合い、彼らとともにいることに時間を使ったほうがよいのではないだろうか。

多くの顧客ではなく、特定の顧客

 マネジメントの父ピーター・ドラッカーは、ビジネスの目的とは顧客の創造であると述べている。

 ここにおける顧客の創造の原語は create a customer である。つまりビジネスとは「特定の顧客」の創造なのである。アリストテレスの言うように、ある人を喜ばせるものは、別の誰かにとっては、そうではない。生み出されたものが、すべての人々を満たすものとなることは、あり得ないのである。それなのに企業は、できるだけ多くの人々を喜ばせようと、広く社会の潮流を捉えようとする。完全なる間違いであって、捉えるべきは「特定の顧客」の傾向や好み、向かうところである。

 多くの情報や市場データは、何も語らない。語るのは、人間個人であり、かれと同質とみなすことのできる、人間個人の集団である。結局のところ、ビジネスにおいて重要なのは、顧客は誰かを明確にすることである。彼らの求めるものを理解し、それを満たす道具を提供するとき、ビジネスは成立するのである。