Yahoo!ニュース

「あまり働きたくないけどお金は欲しい」が最高のビジネスマインド

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:アフロ)

 7月17日、ジャストシステムは「働き方改革に関する実態調査【イマドキの働き方編】」を発表した。

 調査によれば、労働生産性という言葉について「詳しく他の人に説明できる」と回答した人は8.2%。「知っているが、詳しく説明できるほどではない」は27.6%であるから、曖昧に知っている人を合わせても35.8%である。基本的に仕事の内容は、人によって異なる。よって、生産性を向上せよと言われても、その仕事に従事する人たちが生産性の意味を知らないというのでは、うまくいくはずがない。

 それに加えて、この調査も少しおかしい。給与と働きやすさのどちらが重要か、などと質問しているのだ。給与の高さと働きやすさは、負の相関にはない。むしろ、働きやすい会社でこそ生産性が高くなり、よって給与も上がるというものである。

 労働生産性とは、一定の労働時間あたりの生産量(生産額)のことである。労働生産性が高いということは、あまり働かなくても生産は多い、ということを意味する。つまるところ、生産性の低い仕事が少なく、生産的な仕事に集中できていることが、労働生産性の向上には不可欠だ。そういう環境こそ、本当の意味で働きやすい環境であると言うことができよう。

 どうも働き方改革には、生産性の観点の抜け落ちた議論が少なくないように感じる。改革と称して、生産において必要な仕事まで削ってしまえば、ビジネスは縮小していくばかりである。ビジネスにおいては、第一に、より多くの生産を目指さねばならない。次に、それに向けた働きやすさを追求しなければならない。

「有能ななまけ者」を目指そう

 近代に活躍したドイツ軍人ハンス・フォン・ゼークトは、人間のタイプを4つに分類した(と俗に言われている)。

 一人目は、有能ななまけ者である。彼は指揮官に向いている。二人目は、有能な働き者である。彼は参謀に向いている。三人目は、無能ななまけ者である。彼は下級兵士がよい。最後に、無能な働き者である。もはや彼は、銃殺するしかない。

 働き者であることは、ただちに生産には結びつかない。なぜなら人は、成果の上がらない仕事にも尽力するからである。しかるに、余計なことをして仕事を増やすのが、無能な働き者である。そういう人に運営を任せれば、間違いなく組織は崩壊する。

 それに対して有能ななまけ者は、部下の能力をうまく活用し、みんなで楽をして成果を上げることを目指す。よって彼は、指揮官に向いているのである。やらなくてよいことをなくし、やるべきことに集中できるように、日々改善を図る。かくして組織は、生産のために資源を集中するようになる。

 無駄な仕事をなくすことができれば、時間的にも精神的にも余裕が生まれる。余った時間は、自分の好きなことに使えばよかろう。もっと面白い仕事に励んでもいいし、副業をしたっていい。趣味に興じたとて、まったく構わないのだ。いずれにせよ、新しい経験は成長につながる。人間の成長が、ビジネスの成長である。楽をして成果を上げようという姿勢が、生産性の向上につながるのである。

 あまり働きたくないけど、たくさんのお金は欲しい。これが最高のビジネスマインドである。そういうマインドをもった人を、指揮官に据えることから始めようではないか。なまけ者の観点が、より効率的な働き方を実現する。

肉体ではなく、頭を使って働く

 マネジメントの父、ピーター・ドラッカーは言う。「生産性とは、最小の努力で最大の成果を得るための、生産要素間のバランスのことである。」労働者の働く時間を減らしつつも、成果を高めるために、その他の生産要素を効率的にマネジメントすることができれば、生産性は向上する。

 かつて肉体労働を代替したものの一つは、機械設備であった。しかし現在、生産性を高めるための主な資源は、知識である。ゆえにまた、生産性向上のためには労働者の教育が重要になった。ビジネス上の知識と、それを用いて考える力の育成が、生産性を決めるのである。

 ようするに、肉体ではなく、頭を使って働くことが求められる。ドラッカーの言うように、実のところそのような代替は、肉体労働から機械設備への代替よりも前に行われる。なぜなら、機械設備の導入を計画し、プロセスを設計するのは、ほかならぬ人間だからである。

 それゆえ、人と人とがよりよい生産に向けて話し合う場、創造のための会議の場は、過去と同様、今後も必要である。直近の生産の微々たる向上のために、将来のより多くの生産のための会議を削ることは、最大の愚行である。それは無駄なコストの削減ではない。コストには、生産に向けた必要なコストというものがあるのだ。

 真の生産性の向上のためには、まずもって知識を習得する時間と、思考するための余裕を確保しなければならない。それから、人員その他の資源をより有効活用する方法を見出し、実際に試してみる余地をつくり出さなければならない。すなわち、現在の生産とは異なるより多くの生産を生み出すよう、組織の成員を促さなければならない。

 勤勉は美しい。しかし愚直は、ときに害悪となる。生産することを目的とした企業という組織は、やはり生産のために機能する組織でなければならない。企業において人は、他の資源とは異なり、唯一能動的に活動し、他の資源を用いて成果を上げる。そうであれば、人の能力、とりわけ知的能力を育成することが、生産性においては重要となるのである。

 人を活かすことのない仕事は、機械にやらせよう。われわれ人間は、面倒なことは機械に任せて、もっと楽をしようではないか。

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

遠藤司の最近の記事