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「SNSをやると頭が良くなる」という研究結果は本当なのか

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:アフロ)

 7月28日、MITテクノロジーレビューに「SNSばかりやっているとバカになる? ロシアの研究で意外な発見」と題する記事が掲載された。

 記事にあるように、SNSでおかしな言葉を使うことで、若者らの言語能力が低下することが心配されてきた。絵文字や顔文字、ネットスラングの多用によって、将来が悲惨なことになるのでは、と思われている。

 しかし、どうやらそうとは言い切れないようだ。ロシアの首都モスクワにある国立研究大学経済高等学校の大学院生の研究によれば、SNSなどのソーシャルメディアに投稿されたメッセージの複雑性は、年々高まっている。また、歳をとるにつれて高くなっていくことも、この研究で判明した。元記事を読めば、曖昧な要素を含む研究であることがわかるが、少なくともSNSをやっていると頭が悪くなると単純化してしまうのは間違いのようである。

 そしてこのことは、利用する「SNS」が年齢や社会環境によって異なることを説明しているように思われる。わが国において、20代前半までの若者が利用するのはTwitterやInstagramであり、歳を追うごとに利用者は少なくなっていく。Facebookは意外にも年齢層のカバー率が高いのだが、投稿・閲覧の数という観点からみると、やはり若者の利用は少ない。大方の人が実感するように、比較的文字を多く書く傾向のあるFacebookは、年齢層が高めなのである。

 そうであっても、SNSあるいはソーシャルメディアをやっている「から」頭がよくなるとは言い切れない。他の要因によって頭がよくなり、ひいてはソーシャルメディアへの投稿内容も複雑になっているとも言えるからである。筆者はこれを、SNSがどうこうよりも、情報社会の進展のほうに要因があると考える。つまり、SNSをやっているからとか、スマホを使うからではなく、情報や知識をうまく扱っているから「頭がよくなる」ということである。

そもそもソーシャルメディアとは何か

 一応整理しておくと、SNS=ソーシャルメディアではない。ごく簡単にいえば、SNSはソーシャルメディアの一つである。また、一口にSNSと言っても、その用途は異なる。多くの人が賛同するように、Twitter、Instagram、LINEを同じSNSとしてくくってしまうのは、少し違和感がある。Twitterには拡散性があり、Instagramは仲間形成の用途で使われることが多い。LINEは個人間の情報伝達が主である。

 そして、SNSはソーシャルメディアの一つに分類されているが、このあたりをごちゃまぜに論じてしまう点に混乱の原因がある。まず、本来メディアという言葉には媒体という意味しかなく、その利用目的は含まない。その中でSNS、ソーシャルネットワーキングサービスは、ネットワークをつくることを目的にしている。

 そう考えると、ネットワーク=つながることを目的とするSNSに、拡散性があり、情報発信の用途で使われることが多いTwitterを含めてしまうことは、ヘンなのである。そうであるから以前書いたように、仲間が楽しくやっている姿をイメージで突きつけられるInstagramは心が折れやすく、Twitterはそうでもない。YouTubeがさらにポジティブな傾向が低いのは、エンターテイメントを楽しむ目的が強いからである。

 筆者がこの研究について曖昧な要素を含むと言ったのは、研究で使われたソーシャルメディアが「VKと呼ばれる、フェイスブックに似たロシアのソーシャルメディア・サイト」だからである。ソーシャルメディアのうちでFacebookは、様々な目的で用いられるメディアである。メッセンジャーを使うこともあるし、友人との画像共有のためにも使われる。Facebookページをうまく使えば、情報の拡散も行える。

そしてVKは、たしかにロシア人がFacebookの代わりに使うツールである。よって、目的別、機能別に分けて調査をしなければ、何が人の頭を良くしているのかは、わからないのである。

情報社会から知識社会へ

 いずれにしても、ソーシャルメディアへの投稿の複雑性は増している。暫定的ではあるが、いまの世の中の人は年々複雑な思考をするようになっていると言えよう。人の頭は、よくなっているのである。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校のゲイリー・スモール教授の研究によれば、ネット検索を行うと、意思決定や複雑な推論に関連する脳の部位の活動が活発になる傾向がみられるという。そしてこれは、本を読むことで活発になる部位とは異なる。読書と異なり、ネットには多数の選択肢があるため、認知的な回路を多く用いるようである。

 ところでこの研究では、ネット検索に慣れている人と、初めて検索する人とでは、異なる結果がみられた。後者は脳が活発になる程度が低かったようである。スモール教授は、後者は検索をする際に必要な戦略を理解できていなかった可能性が高いと述べている。そして今回の研究でみられた現象は、新しい活動を学習している時に見られるものと似ているようである。

 これはつまり、単純に情報を受け取るのでなく、何らかの目的に応じて思考を行い、情報を選択することによって、脳が活発化するということである。ネットから学習する習慣が身についている人、情報をうまく活用して自らのものにしようという意識が働いている人は、「頭がよくなる」のである。

 複雑性が高まっているのは、これが要因かもしれない。ものを書くためには、何らかのメッセージを伝えるために必要な情報を精査しなければならない。人は語りたいもの、メッセージ性があって、そのために情報を得たのちに、言葉、メッセージにするのである。複雑性が高まったのは、複雑性を高める必要性があったからであろう。だから結局のところ、単に文字を羅列するとか、単に情報を受け取るというだけでは頭はよくならない。はじめに思考するための理由、目的、そして力がなければいけないのである。

 ここに、現在の社会に対する二つの捉え方がみられる。情報社会と、知識社会である。情報社会は、いついかなるときにも情報に触れることのできる社会である。知識社会は、知識を持った人、知識を扱う人が活かされる社会である。使える情報のことを知識と言うのであれば、ものを書く「ために」用いている情報は、まぎれもなく知識である。情報をうまく活用するためには、活用する目的がなければいけない。知性を養い、考えをめぐらせなければいけない。そうでなければ、頭はよくならない。

 現在の社会は、情報社会から知識社会への過渡期である。考えることが推奨される社会へと、日々進んでいる。

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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