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全人代総理記者会見をなくしたのは習近平独裁強化のためか?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
3月5日から始まった全人代(全国人民代表大会)(写真:ロイター/アフロ)

(読者の皆様:本稿の元のタイトルは【今年から無くなる全人代閉幕後の総理記者会見 習近平は早くから「部長通道」(大臣記者会見)代替を準備】でしたが、長すぎましたので現在のタイトルに変更しました。3月7日記。)

 3月5日から全人代(全国人民代表大会)が始まった。何よりも大きいのは例年行われてきた閉幕後の総理記者会見が無くなることだ。日本では専ら「習近平の独裁強化」とか「習一強の表れ」とみなされているが、必ずしもそういうことではないのではないか。

 実は習近平政権になったあとの2016年から、突然、「部長通道」という囲み取材に近い部長(大臣)の記者会見が始まり、2018年からは「代表通道」という代表(全人代議員)の記者会見も始まって、むしろ総理記者会見よりも詳細で、年々充実してきた。今年は「経済主題記者会見」まである。

 総理記者会見では、各部門業務に関する理解が浅いために総理が言い間違える場面が散見されていた。事実、最近では、李克強元総理が2020年5月28日の全人代閉幕後の記者会見で「月収1000元が6億人もいる」と発言したが、それは正確でなく、理解が浅いために世界中に誤解を与えてしまったという事例もある(本来この「1000元」は「働いている人の世帯人口で割り算した一人当たりの収入」で、6億人の中には赤ちゃんも介護老人も含まれている。この事は2021年11月9日のコラム<中国「月収1000元が6億人」の誤解釈――NHKも勘違いか>や、本などでも何度も書いてきた)。

 これらを通して考えると、習近平国家主席は政権発足時からすでに総理記者会見を無くして「個々別々の担当大臣が詳細な説明をする方式」を準備していたものと判断される。

◆今年の全人代での「部長通道」、「代表通道」、「経済主題記者会」など

 今年の全人代は3月5日から始まり、11日に閉幕する。これまでは閉幕後には総理記者会見が行われており、筆者自身も毎年それを楽しみにしていた。しかし2016年に「部長通道」というのが始まり、主要中央行政省庁の大臣が渡り廊下を通り過ぎるように記者会見場に現れてきて、一応ロープで区切ってある大勢の記者の前に現れ、目の前で記者の質問に答えるという形式の記者会見が行われるようになった。 

 今年の全人代期間における「代表通道」や「部長通道」あるいは「経済主題記者会見」の日程は以下のようになっている。

  3月5日午前:開幕前に「代表通道」を挙行し、記者会見。

  3月5日午前:開幕後、「部長通道」を挙行し、記者会見。

  3月6日午後:経済主題(経財をテーマとした)記者会見。

  3月7日午前:外交主題(外交をテーマとした)記者会見。

  3月8日午前:全人代、第二回全体会議前に「代表通道」記者会見。

  3月8日午前:全人代 第二回全体会議後に、「部長通道」記者会見。

  3月9日午後:民生主題(民生をテーマとした)記者会見。

  3月11日午後:閉幕前に、「代表通道」記者会見。

  3月11日午後:閉幕後に、「部長通道」記者会見。

 「経済主題記者会見」は、2019年3月10日に開催した「金融改革と発展 記者会見」をヴァージョンアップしたもので、主催者を格上げした形で行われる。その意味では今年が初めてと言うことができ、全人代初日に李強国務院総理が行った「政府活動報告」を受けて、国家発展改革委員会や財政部が国務院の委託を受けて計画報告と予算報告をすることになっている。それを全社会に向けて公開する。

 今年は民生問題をテーマとした記者会見もあるので、より豊富な情報を直接関係部局から得ることができるだろう。

◆動画で観る「代表通道」と「部長通道」

 全人代の代表の内、特に注目されている企業の経営者や中国人民解放軍の功労者などが「代表通道」に立って記者会見を行うこともある。

 さまざまな動画があるが、たとえばCCTVのこの動画をご覧になると、「代表通道」に関して、以下のいくつかの場面があるのを確認できる。

 まず中国人民解放軍の全人代代表。

出典:CCTV
出典:CCTV

 そういった代表の後ろ側にも通路があり、そこを記者らしい人が歩いていたり、明らかに警備員と見られる服装の人が歩いていたり、できるだけ「フランクな、庶民との距離が近いこと」を演出する場面もある。

 時には通路に立っている代表の後ろから大きなカメラを向けている外国人らしきカメラマンがいたりして、あれがもし弾丸が飛び出すような兵器だったら(大臣あるいは)代表は完全に即死するが「いいのかしら?」という不安を視聴者に与える。そこがまた狙いどころで(実は警官がジャーナリストに扮装して)、「こんなにまでフランクでオープンですよ」と見せたいのだろうと推測される。

出典:CCTV
出典:CCTV

 ロープで仕切られた外側には、コの字型で多くの記者が詰め寄せており、十分なセキュリティ検査を受けた後にその場にいるのだろうが、「距離の近さに驚く」というのが最初の印象だった。

出典:CCTV
出典:CCTV

「部長通道」に関する興味深い写真には以下のようなものがある。

 科技部の部長が取材を受けている場面だが、「部長通道」では後ろを歩く人が突然少なくなっている。囲み取材の形が視覚的に見える写真を以下に示す。

出典:CCTV
出典:CCTV

 記者数が如何に多いかがわかる場面もある。

出典:CCTV
出典:CCTV

 これらCCTVの動画は、中央テレビ局所属の総合チャンネル、新聞チャンネル、中文国際チャンネル、中国国際テレビ局各外国語チャンネル・・・・・など、10以上のルートを通して世界に発信されている。

◆今年の全人代1回目の「部長通道」における発言

 3月5日に行われた今年の全人代会期内に行われる一回目の「部長通道」では、中央行政省庁の「科技部(科学技術部)の陰和俊部長、水利部の李国英部長、農業農村部の唐仁健部長および国資委(国务院国有资产监督管理委员会)の張玉卓主任」の4名がまずメディアの取材を受けた。

●科技部は短くまとめると、以下のように述べている。

 ――2023年に我が国の年間研究開発投資は3兆3000億元を超え、前年比8.1%増となった。成果という側面から見ると、我が国は量子技術、人工知能、新エネルギーなどの分野で独自の大きな成果を上げ、「新エネルギー車、リチウム電池、太陽光発電」の「新三様」輸出の伸び率は急増している。若い科学技術人材を支援するため、科技部は3つの側面からの支援を行っている。第一に宇宙関係の国家プロジェクト1,100件以上が40歳以下の若手科学者によって主導されており、全体の20%以上を占めている。第二に基礎科学研究費の半分以上を35歳以下の若者に投資するよう奨励しトレーニングを行っている。第三は若手研究者が安心して研究に専念できるように生活や研究環境に関して支援する。

(筆者注:この「新三様」は3月4日のコラム<不動産業からハイテク産業に軸足を移す中国経済>で詳述したが、何が重要かに関する予測が当たり、ホッとしている。)

●水利部は概ね以下のように述べている。

 ――2035年までに全国的な水道網を完成させる。2023年に我が国の水利建設は加速し、水利建設への投資が年間1兆1996億元に達し、前年比10.1%増で、歴史上最高記録となった。2035年までに、「完全なシステム、安全で高い信頼性、集約的で効率的、グリーンでインテリジェント」などスムーズな循環と秩序ある規制という目標を達成するための全国水道ネットワークを構築する。(筆者注:中国の水道水はそのままでは飲むことができず、山岳地帯や砂漠地帯あるいは貧困農村では水道管が行きわたってないところもある。)

●農業農村部

 農業農村部の唐仁健部長は開口一番、「食に関して人民が満足することが最優先だ」と言ったことにハッとして、その後に何を言ったかに関しては覚えていない。この言葉は1948年、筆者が長春で食糧封鎖に遭い餓死体の上で野宿する恐怖を味わっていた時、毛沢東が言った「誰が人民を食べさせることができるかを思い知らせよ。人民は食べさせてくれる側に付く」という言葉を思い起こさせたからだ。毛沢東はこの方針で食糧封鎖に成功し、長春解放と同時に一気に南下していって全中国を中国共産党軍の手中に収めることに成功した。あの時から中国共産党は何も変わっていない。これが全てだ。その大原則を思いめぐらしている内に農業農村部の取材は終わっていた。

 あとから中国大陸のネットを検索し、文字化された言葉を拾い上げると、農業農村部部長は「昨年はたびたび自然災害に見舞われたが、穀物総生産量は1兆3,908億斤に達し歴史的新記録を達成した」と述べたようだ。

◆国資委の回答の概要を以下に示す。

 イノベーションを突出して優先する。中央国有企業が新たな生産力の発展をどのように加速させるかは、「源、昇、態」3文字で表すことができる。「源:技術には必ず源がある。イノベーションへの投資を増やす」、「昇:新技術を利用して伝統的産業の効率を高める。AI、量子情報、核融合などの戦略的な新興産業を向上させる」、「態:新生産力の生態をイノベイティブに発展させる」を表す。中央国有企業はこれまでの「短期投資、短期利益」という後進的な概念を捨て、あえて最も困難な道を選び、あえて最も高い山に登り、あえて最強の要塞を征服しなければならない(わかりにくい表現だが、要するに目先の収益を追求せず、どんなに困難でも時間をかけて技術的難題に挑戦しなければならない、という意味)。(CCTV報道に関しては以上)

 なお現在、経済主題記者会見が行われているが、圧巻だ。

 よくここまで聞き、ここまで答えるなと思うほど手応えがある。総理記者会見などとは比較にさえならない。これに関しては機会を見て考察したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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