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不動産業からハイテク産業に軸足を移す中国経済

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
中国EVメーカーBYD(写真:ロイター/アフロ)

 不動産業界の長期的な低迷により不動産投資が大幅な減少を続けている反面、ハイテク産業への投資は増加している。特に「EV、リチウム電池、太陽電池電気」などの「新三様」産業に主力が置かれ、半導体などの主要製造部門に対する政府の支援拡大も強化されている。

 見落としてならないのは宇宙と海底だろう。宇宙開発は言うに及ばず、港湾クレーン同様、世界で使用されている海底トンネルなどの超大型巨大掘削機は、7割が中国製だ。そこには壮大な国家目標が潜んでいる。

◆「新三様」とは何か?

 昨年12月15日の「聯合国新聞」(国連新聞)(中文版)は、中国経済の見通しに関して「世界銀行は中国の経済活動は2023年にサービス需要の増加、底堅い製造業投資、公共インフラ刺激策に牽引されて持ち直した。しかし、経済のパフォーマンスは依然として不安定であり、デフレ圧力は根強く、消費者信頼感は依然として低いままだ。2023年に5.2%成長した後、2024年には4.5%に減速すると予想している」とした上で、「不動産投資は大幅な減少を続けており、過去2年間で累計18%減少した。対照的に、製造業への投資は通常より高い収益を得ており、同期間に累計で 16% 増加している」と書いている。

 ほぼ時を同じくして、12月18日の中国共産党機関紙「人民日報」電子版「人民網」は、<「新三様」の輸出は中国の製造業の新たな優勢を浮き彫りにしている>という見出しで、【「EV、リチウム電池、太陽光電池」に代表される対外貿易「新三様」は相変わらず売れ行きがいい。データによると、ここ3四半期の「新三様」の輸出総額は7989億9000万元で、前年同期比41.7%増である】と「新三様」という言葉で説明している。

 「新三様」とは「三種の新製品」という意味だが、ここでは「新三様」をそのまま用いる。

 今年1月19日になると、同じく人民網は<工信部:対外貿易「新三様」は中国製造業の勢いを増強し面目を高めた>という見出しで、国務院新聞弁公室の記者会見において工業と情報化部(工信部)の辛国斌副部長(副大臣)が「新エネルギー車に代表される対外貿易“新三様”は、中国製造業の勢いを増強させ面目を高めた」と述べたと報道している。

 中国のネットでは「新三様」が花盛りだ。

◆不動産業からハイテク産業への軸足転換

 これは中国経済が不動産投資からハイテク産業投資に軸足を移していることの表れとみなすことができるが、その証拠となるようなデータを、『中国経済簡報』(2023年12月)で発見した。この『中国経済簡報』は「国際夏興開発銀行」と「世界銀行」が共同で編纂したもので、版権はその両銀行にあり、一部の情報を用いる時は出典を明示すれば許されると書いてあるので、『中国経済簡報』(2023年12月)のp.34にある図表20を引用させていただくこととする。

 図表20にはA、B、C、Dと4種の図表が一枚の図表で描かれているが、この4種の図表をひとまとめにしたままコラムに転載すると、一つ一つが小さすぎて見にくくなるので、4枚に区分してご紹介したいと思う。以下に示すのは図表20を4分割し、日本語に訳して日本の読者に分かりやすいように筆者が調整工夫したものである。

図表A:異なる業界における新規銀行融資の変動

『中国経済簡報』(2023年12月)の図表20のAを筆者が和訳し調整工夫
『中国経済簡報』(2023年12月)の図表20のAを筆者が和訳し調整工夫

 図表Aを見ると、不動産(黒線)への新規銀行融資が2023年にかけて急落し、それに換わって工業(赤線)とサービス業(青線)が急増しているのがわかる。工業は製造業を意味し、サービス業はネット販売の隆盛を示唆するのだが、これはこれで大変に大きな中国における社会変動なので、機会を見て別途論じたい。

図表B:業界中央値を上回る投資収益率を達成した企業が調達した資金の割合

『中国経済簡報』(2023年12月)の図表20のBを筆者が和訳し調整工夫
『中国経済簡報』(2023年12月)の図表20のBを筆者が和訳し調整工夫

 図表Bから、2022にかけてエネルギー材料(オレンジ色の線)や、情報技術(赤線)の比率が上昇し、不動産(黒線)が下降しているのがわかるが、残念ながら2022年までのデータしか取っていないので、2023年にかけてさらに顕著になる傾向は十分には見られない。またインフラ建設(青線)はこのグラフでは下がっているが、実際は後述するように地下鉄の拡充などにより、2023年に向けて急増している。

図表C:各業種の上場企業が獲得した直接補助金

『中国経済簡報』(2023年12月)の図表20のCを筆者が和訳し調整工夫
『中国経済簡報』(2023年12月)の図表20のCを筆者が和訳し調整工夫

 不動産に対する直接補助金はもともと低いが、図表Cから不動産と「半導体・コンピュータ機器・自動車とその部品」との歴然とした差を見いだすことができる。

図表D:2022 年の各業界上場企業の予想金利

『中国経済簡報』(2023年12月)の図表20のDを筆者が和訳し調整工夫
『中国経済簡報』(2023年12月)の図表20のDを筆者が和訳し調整工夫

 図表Dで歴然としているのは、「半導体、コンピュータ機器、自動車とその部品、バッテリー、太陽光発電」などの金利が低いということだ。これはすなわち、それらの分野を優遇していることになるが、この傾向は2023年になると一層強くなっている。

 以上のデータから、中国経済はいま「不動産業からハイテク産業へ軸足を移している」ことが明らかになったと思う。

◆習近平「製造強国に突き進め!」 ハイエンド化・知能化、グリーン化発展

 2月26日、人民日報は「人民論壇」欄で習近平総書記の製造強国に関する指示にまつわる中国の製造業の現状を解説している。それによれば習近平は「製造業はわが国の立国の基であり、強国の基幹である」と強調して多くの指示を出しているが、「人民論壇」で取り上げている現状の中から、いくつかの論点を拾い上げて以下に示す。

●掘削機に関して

 中鉄工程装備集団の鄭州組立工場では、工員たちが長さ約100メートル、数百トンの掘削機製造に没頭している。現在、世界の掘削機の10台に7台が中国製であり、中鉄工程装備の掘削機に関する総注文台数は1,600台を超え、30以上の国と地域に輸出されている。

 筆者注:この種の掘削機は主としてトンネルを掘削するための「シールドマシン」と呼ばれているが、2023年10月12日の人民網日本語版は<世界のシールドマシン、10台中7台が中国製>と報道している。それによれば、直径が世界最大の一体式シールドマシンのメインベアリングが湖南省長沙市でラインオフし、中国の国産超大直径メインベアリングの開発及び産業化能力が世界のトップ水準に達したことを示していると解説している。特に「永寧号」は中国初の大直径大傾斜角斜坑トンネルシールドマシンで、永寧号のメイン駆動モーターは8セットの国産350kWモーターで、国産のため調達コストが輸入より約半減したとのこと。

 高速鉄道のトンネルだけでなく、中国ではいま地下鉄の沿線拡大が一大事業になっているので国内経済や社会活動に影響をもたらす。

 また習近平は「2035年までには大陸と台湾の交通を直接つなぐ」という目標に向かって邁進しているので、架橋だけでなく、海底トンネル高速鉄道完成に向けて秘かに邁進しているのではないかと推測される。

 したがって掘削機ごとき、などと侮っているわけにはいかない。盲点だ。

●深海7,000メートル級有人潜水艇「蛟(こう)龍号」

 中国船舶集団有限公司・第702研究所副所長・葉聡は7,000メートル級有人潜水艇「蛟(こう)龍号」建設に携わってきた。2001年に着工した当時の中国の潜水能力は600メートル未満だったが、「今や600メートルから最大記録の1万メートルまでという、世界最大級の有人潜水艦へと発展しつつある」と葉聡は述べた。

 事実、中国科学院が製造に関わった深海潜水艇「奮闘者」号は1万メートルの深海に潜る試験運行に成功し、これを中国では「万米海試」と称する(米:メートル)。

●宇宙開発

 「人民論壇」はさらに中国が高速鉄道や宇宙開発分野において並外れた業績を上げていると自画自賛しているが、たしかに宇宙開発においては、たとえば<中国の打ち上げロケット一覧(2020年代)>だけを見ても日本とは比較にならず、2024年に入ってからも数回の打ち上げに成功している。(以上「人民論壇」の記事と解説)

◆アメリカの制裁が強くなれば他の道を模索する中国

 トランプ前大統領がファーウェイに対する制裁を突如始めたのは、拙著『「中国製造2025」の衝撃』に書いた、習近平によるハイテク国家戦略「中国製造2025」の存在を知ったからだ。中国の半導体産業を発展させてはならないとばかりに、ファーウェイの5G技術を集中的に狙った。アメリカがその分野で後れをとっていた理由と現状に関しては拙著『米中貿易戦争の裏側』(2019年)で詳述した(この本は実際上、「米中ハイテク戦争」を描いたものである)。

 日本はかつて半導体で世界一になっていたので、アメリカは「安全保障上の危険性がある」として徹底して日本の半導体を沈没させてしまった。アメリカは自分より上に出る産業や国を徹底して潰さずにはいられないという国家だが、中国はそうはいかない。

 制裁を受ければ受けるほど新たな道を模索して挑戦し、気が付いたら誰も注意していなかった分野で世界一になっているということが頻発している。

 たとえば2月29日のコラム<中国製港湾クレーンはスパイ兵器だ! 米国が新たなカード>で考察した「超大型港湾クレーン」などが良い例だ。盲点の一つである。それでも中国が世界のトップに立った製品や分野は、アメリカが目ざとく発見して狙いをつけてくる。

 なお、不動産に関しては、中国の地方政府などが一括して地元の余剰マンションを購入し、公営住宅として廉価に庶民に提供するという動きが一部に出ている。たとえば重慶市の場合、重慶市賃貸住宅融資支援計画が進んでいる。この動きに関しては機会があれば別途論じたい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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