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習近平「歴史決議」――鄧小平を否定矮小化した「からくり」

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
習近平中共中央総書記(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 習近平の父・習仲勲は鄧小平の陰謀により失脚したのだから、「歴史決議」で鄧小平をどのように位置づけるかが焦点の一つだった。一見、平等に扱ったように見えるが、実は思いもかけぬ「からくり」が潜んでいた。

◆100年の歴史の中での各指導者の位置づけ

 11月11日に公表された第19回党大会六中全会公報によれば、習近平は「歴史決議」の採択に向けた講話の中で、中国共産党建党100年の歴史を、まずは大きく以下のように位置付けている。( )は筆者。

 ――中国共産党建党中央委員会(中共中央)政治局は、中国の特色ある社会主義の大旗を高く掲げ、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、三つの代表の重要な思想(江沢民政権)、科学的発展観(胡錦涛政権)、習近平新時代の中国特色ある社会主義思想を指導とすることを堅持しながら、第19回党大会と第19回党大会一中全会、二中全会、三中全会、四中全会、五中全会の精神を全面的に貫徹し、国内外の大局やコロナ感染防疫や経済社会発展および発展と安全などのバランスをうまく統制しながら統治してきた。そして安定の中でも進歩を遂げ、経済は比較的良好な発展を遂げ、科学技術の自立と自強(自らの力で強くなる)を積極的に推進し、改革開放を絶えず深化させ、貧困との戦いを計画通りに勝ち抜き、民生保障を効果的に改善し、社会の大局的安定を維持し、国防と軍隊の現在化を着実に進めてきた。

 さらに、中国の特色ある大国の外交を全面的に進め、党史に関する学習教育を堅実で効果的に行い、多くの深刻な自然災害を克服するなど、さまざまな事業で重要な新しい成果を上げた。 (引用ここまで)

 その上で、公報は以下のような解説を続けている。( )内は筆者。

 ――中国共産党創立100周年を記念する一連のイベントが成功裏に開催された。習近平中国共産党中央委員会総書記は(一連のイベントの中で)重要な講話を行い、小康社会の全面的な構築完成を正式に発表し、全党と各民族の人民が二つ目の100年の目標(=2049年の建国100周年記念)に向かって力強く雄々しく新征程(新たな遠征の道程)に踏み出すよう激励した。(引用ここまで)

 これがまず冒頭部分で、ここでは「毛沢東、鄧小平、江沢民、胡錦涛、習近平」が唱えた思想が、平等に評価されているかのように見える。

 しかし、この冒頭部分においてさえ、実は見落とせない言葉がちりばめられているのだ。引用文中の太字部分を見てみよう。

1.改革開放は実際上、習仲勲が当時の華国鋒(中共中央主席、中央軍事委員会出席、国務院総理)とともに広東省深圳市で「経済特区」を唱えて始まったものだが、それを鄧小平が思いついたように置き換えてしまったものだ。しかし鄧小平が改革開放を唱えたという概念は固定化されてしまっているので、それを覆すことなく、父・習仲勲が手を付けた改革開放を深化させ、鄧小平が先富論によって招いた貧富の格差(=鄧小平の負の遺産)を無くす方向に動いたことを暗示している。

2.国防と軍隊の現代化は、11月13日のコラム<習近平「歴史決議」の神髄「これまで解決できなかった難題」とは?>で書いたように、軍部における腐敗撲滅を実行しなければ実現不可能だったので、暗に腐敗撲滅に動くどころか、腐敗を招いた鄧小平を批判している

3.最も明確なのは「党史に関する学習教育を堅実で効果的に行い」という部分だ。鄧小平は、拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』で詳述したように、毛沢東が後継者にしようと位置付けていた(陝西省や甘粛省などを含む)西北革命根拠地における功労者・高崗(当時の国家計画委員会主席、人民政府副主席、人民革命軍事委員会副主席)を虚偽の事実を捏造して1954年に自殺に追い込み、1962年には同じく西北革命根拠地を築き上げ毛沢東の「長征」の終着点としての「延安」を用意していた習仲勲を同じく虚偽の事実を捏造して1962年に失脚させたために、「党史」を直視することを回避した。鄧小平時代、「長征」も「西北革命根拠地」もタブー視され、中華人民共和国が如何にして誕生したかということを含めて、語ってはならないことのように位置付けられてきた。

それを徹底的に覆そうとしている現象の一つが「党史に関する学習教育」なのである。

4.その意味で「長征」を正視することの意味合いは大きく、「習近平新時代の思想」を、「新たな長征」への試みであるとして「新征程」と位置付けている。これは即ち、「毛沢東の長征」「習近平の新征程」を同等あるいはそれ以上に置いて、世界のトップを目指す決意を表している。

◆「難題を解決した」とすること自体が「最大の鄧小平批判」

 11月13日のコラム<習近平「歴史決議」の神髄「これまで解決できなかった難題」とは?>に書いたように、まだ公報段階ではあるが、そもそも「歴史決議」に、「長きにわたって解決したいと思ってきたが解決できなかった難題を解決した」ということが盛り込まれていること自体が、最大の鄧小平批判なのである。

 「毛沢東、鄧小平、江沢民、胡錦涛、習近平」の中で、「腐敗と闘わなかった」のは「鄧小平と江沢民」だけだ。

 1989年6月4日に起きた天安門事件で若者が叫んだのは主として「民主」ではあるが、同時に党幹部の汚職、すなわち「腐敗」も批判の対象となっていた。しかし鄧小平は党や政府を糾弾する若者たちの叫びを武力によって鎮圧し、「腐敗」を黙認している。

 こうして鄧小平の独断で中共中央総書記に指名した江沢民は、「金(かね)」によってしか権力を高める道がないため、「金を仲介とした縁故関係」によって中国を底なしの「腐敗地獄」へと持って行った。

 その腐敗と闘おうとした胡錦涛を、江沢民はチャイナ・ナイン(中共中央政治局常務委員会委員9人。筆者命名)に送り込んだ刺客によって封じ込め、腐敗をさらに蔓延させてしまった。

 したがって習近平が「歴史決議」で「長きにわたって解決したいと思ってきたが解決できなかった難題を解決した」のは鄧小平に対する巨大な批判であり、鄧小平に対する「圧倒的な勝利」なのである。

 これが、父親を破滅に追い込んだ鄧小平に対する、習近平の「復習の形」なのである。

 少なからぬチャイナ・ウォッチャーは習近平の「歴史決議」には何も書いてないと評しているが、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』の真相を知らない限り、習近平の「歴史決議」からは、何も読み取れないだろう。

 ということは、習近平の正体を正確に読み解くことは出来ないということだ。

 少なくとも『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』を書いた筆者の視点から見れば、六中全会の広報は、書ききれないほどの豊富な情報を含んでおり、興味深くてならない。

◆鄧小平を希薄化した、笑ってしまうような六中全会公報の「からくり」

 実は六中全会公報を読んで、思わず声を出して笑ってしまった「からくり」がある。

 というのも、11日に公報が初めて公表された時、筆者はナマで中央テレビ局CCTVの報道を見ていた。

 すると、「江沢民」と「胡錦涛」への賛辞に関して、間をおいてから、もう一度類似のことを言ったではないか。

 えっ?

 なにごと?

 聞き間違えたのか、それともCCTVが放送事故でも起こして、壊れたレコードのように同じ場所を2回繰り返してしまったのだろうか?

 ひどく慌てて文字版を読んでみたところ、なんと、本当に江沢民と胡錦涛に関しては2回も言っていたことが判明した。

 すなわち、「毛沢東→鄧小平→江沢民→胡錦涛→習近平」の順に建国後の指導者の業績を言った後に、もう一度「江沢民+胡錦涛」に関してだけは繰り返して業績を讃えたのである。

 毛沢東に関しては中国共産党建党から建国前までの業績があるので、当然誰よりも多くなるが、「鄧小平、江沢民、胡錦涛」を平等に扱ったままだと、鄧小平を特に希薄化したことにならない。

 そこで「江沢民+胡錦涛」をさらに、もう一度讃えれば、相対的に「鄧小平の部分」だけを「最小化」することができるわけだ。

 面白くなってしまって、文字数を数えてみた。すると以下のような結果が出てきた。

    毛沢東建国前:493

    毛沢東建国後:460

    毛沢東全体:953

    鄧小平:385

    江沢民:285、2回目の201を加えると全体で285+201=486

    胡錦濤:218、2回目の201を加えると全体で218+201=419

    習近平:124+514+216=854(3段階に分けて言及)

    (但し2回目の文字数は「江沢民+胡錦涛」402文字を2分した。)

 このように、結果として「鄧小平に関して論じた部分が最小になる」という、なんとも凄まじい「精緻な」計算をしていることに気づいたのだ。

 笑わずにはいられないではないか。

 それも「江沢民+胡錦涛」の部分は、この二人だけ2回繰り返して言ったことが目立たないように、二人を混然一体となる形で、つまり単独に繰り返したと分からないように工夫して論じている。

 知能犯というか、「涙ぐましい」とさえ思ってしまった。

 既に中国でも定着してしまっている鄧小平への評価を、真正面からは否定できないが、しかし実際上は否定するという工夫までしているところが興味深くてならない。

 もっとも、鄧小平を神格化することに最も貢献したのは日本である。

 そのことは拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』の「まえがき」および「第七章の四」で詳述した。

 日本政府は、鄧小平神話を形成することによって中国の経済発展に貢献した自民党政権の責任を直視し、自公連立政権で、さらにそれを助長しようとしていることを認識すべきだろう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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