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鍵を握るのは日本か――世界両極化

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
指先(ツイッター)だけで世界を変える偉大なるトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

 5月10日夜、中国の劉鶴副首相が中国メディアの共同インタビューに応じ、米中通商交渉の内部を初めて明かしたが、米国が中国からの輸入品全てに25%の関税をかけた場合、世界は両極化することが読み取れる。

◆劉鶴副首相のインタビュー

 米中通商交渉の中国側トップである劉鶴副首相は、5月10日夜、ワシントンで中国メディアに対する共同インタビューを受け、日本時間11日の朝方に一斉に報道された。たとえば「新華網」「鳳凰網」などで、肉声を聞くことができる。新華網は編集をしたのだろう、時間的には少し遅れている。

 それ等によれば、劉鶴副首相はトランプ大統領が「中国が合意文書案を撤回した」と言ったということに対する反論を次のように述べている。

 「一般に、文書表現を詰めていくときには、互いにどういう表現がいいかということを、発表寸前まで推敲して話し合うものだ。(米国が事前に一方的に感じた感触をトランプに報告し、その感触と双方の調整がずれたからといって、)『中国が合意文書案を撤回した』と非難するのは適切ではない。騒ぎ立てるほどの問題ではなく、正常な協議プロセスだ」

 これを見る限り、われわれ誰でも文書を公開する場合は、寸前まで推敲を重ねるわけだから、その推敲過程であったように思われる。

 次に米中は基本的にコンセンサスを得て協議は友好的で有意義だったが、次の3点において合意に至っていないと劉鶴副首相は述べている。

 これは初めてメディアに公開するとのことなので、非常に興味深い。

 一点目:米中貿易摩擦の発端は米国が中国に関税をかけてきたことにある。したがって合意に達するためには、追加関税を全廃しなければならない。

 二点目:(昨年12月)アルゼンチンにおける米中首脳会談の際に双方は中国側の米国からの輸入拡大の数値に関して話し合いコンセンサスを得た。中国側はこの数値目標を厳粛に受け止めている。(それを米側が変えようとしているが)コンセンサスに達した数値目標を簡単に変えるべきではない。

 三点目:どの国にも国家の尊厳というものがある。互いの国家を尊重した、バランスの取れた表現にしなければならない。

 日本の報道では「中国が5月上旬、米企業に対する知的財産権や技術移転強制などを禁じる法整備の約束を撤回して、合意案の修正を求めた」とあるが、「技術移転強制禁止」に関しては今年3月の全人代でその法律は「外商投資法」として制定されているので、この報道は正確性を欠く。 

 筆者が最も注目したのは「一点目」だ。

 トランプ大統領がこのようなことを認めるわけがないから、これでは米中協議は[all or nothing]に陥ってしまう。すなわち、「追加関税全廃か」あるいは「中国からの輸入品全てに25%(あるいはそれ以上の)関税をかけるか」のどちらかになってしまうということだ。

  劉鶴という、あの寡黙で慎重な人物がここまで公表してしまうということは、よほどの覚悟だ。当然、習近平国家主席とも相談の上だろう。したがって「追加関税全廃」を中国は譲らない腹積もりであることを窺わせる。

 トランプ大統領は、もっと譲らないだろう。これまで、こんなに強気で攻撃してきた後に譲歩などしたら、次期大統領選にダメージを受けるだろう。

◆日本はどうする?

 もし米国が総額5000億ドル以上に上る中国からの全輸入品に追加関税25%を課すことになると、米中貿易摩擦は長期化するだけでなく、絶望的な決裂になる。トランプ大統領のことだから、1秒後には何を言うか分からないので、不確定要素が大きすぎるが、しかし既に一部の日本企業が生産拠点を中国以外に移す動きを見せ始めているという報道が流れている。

 これは良いことだ。

 生産拠点を中国に置いていれば「メイド・イン・チャイナ」になり、対米輸出をしようと思えば全てに25%の関税がかかることになるので、まるで日本経済が制裁を受けているようなことになり、採算が合わない。

 この現象が世界各国に及べば中国経済はさすがに持たないだろうが、ここで立ち止まって熟考してみる必要がある。

 5月10日付のコラム<トランプ「25%」表明に対する中国の反応と決定に対する中国の今後の動向>をもう一度ご覧いただきたい。

 そのコラムの「◆中国の貿易データが示す今後の動向:新興市場と戦略的新興産業」という項目の中の「1.新興市場に関して」で、EU諸国やASEAN諸国だけでなく、「一帯一路」沿線国との貿易額の大きさを中国が重要視していることを書いた。そして、これらを強調する目的は、「中国は何もアメリカ一国だけと貿易をしているわけではないので、アメリカが脅しを掛けてきても、痛くも痒くもない」ということを言いたいのだと判断される、とも書いた。

 読者の中には「遠藤は親中だから」と、いつも反中反共と批判されている筆者にとっては「ありがたい」感想をお持ちになった方もおられたようだが、実はこれに関して日本の経済産業省が素晴らしいデータをまとめているのを知った。

 以下に示すのは2018年4月の時点で、経済産業省がIMFデータを基に作成した 「中国と米国、EU、一帯一路関係国との貿易額比較」だ。

  

画像

 このグラフを見れば一目瞭然。

 万一にもアメリカとの貿易が完全に無くなったとしても、EUと一帯一路関係諸国が残っただけでも、中国経済は成立することが窺われる。1年前でさえこうなのだから、現時点では「対一帯一路貿易額」はもっと大きくなっているだろう。内需として14億の国民がいるので、それも無視できない。

 ということは、中国の未来、あるいは世界の未来には二つの可能性が待ち構えていることになる。

◆世界の二極化――鍵を握るのは日本か

 一つ目の可能性は、世界各国の資本や企業が中国から引き揚げてしまって、中国経済が干上がるという、おそらく多くの日本人が期待している現実がやってくることだ。

 二つ目は「中国が対米貿易を完全に無視する」ことによって世界が「米国か非米国か」の二極に分かれてしまう可能性である。

 やっかいなのは、むしろ後者だ。

 この場合は米国が孤立する。世界の多くの国が対米貿易をしない形で、つまり「米国なしで」、中国を中心としてグローバル経済を回していくことになる。これは筆者が最も恐れ、拙著『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』で警告を発した所以でもある。

 米国が孤立した場合、日米同盟で「固く」結ばれているはずの日本は、当然、米国側に立つだろう。そのような形で日本の国益を守れるかは別問題として、安倍首相は「ドナルドと100%共にいる」と誓ったのだから、米国を選択するにちがいない。

 では前者の可能性の場合には、どうなるだろうか。

 世界の多くの企業が中国からいなくなって中国経済が干上がりそうになった場合、二階幹事長が豪語したような「米国の顔色をうかがって日中の問題を考えていくものではない」を貫いて(二階発言に関しては4月26日付けコラム<中国に懐柔された二階幹事長――「一帯一路」に呑みこまれる日本>)、中国側に立ち、中国を助けるのだろうか?

 だとすれば、中国は生き残るかもしれない。

 何せ、日米同盟があり、トランプ大統領も「Shinzoと100%共にいる」と言ったのだから。

 このように、世界が二極化した場合に、あるいは中国経済が干上がるか否かを決定する場合に、その動向を決めるのは、案外、日本であることが見えてくる。

 もっとも、中国が経済的に干上がってもなお、二階幹事長が「米国の顔色をうかがって日中の問題を考えていくものではない」と言い続け、安倍首相が習近平国家主席の前で「一帯一路」への協力を強化しますと言った言葉を撤回せず、日中首脳のシャトル外交を希求し続けるのだとしたら、果たして日米同盟が存続するのかは疑問ではあるが……。

 いずれにしても、日本の役割のなんと大きなことか――!

 まさか「ダブルスタンダードのメリット」が、こんなところで発揮されようとは――!

(なお、このコラムは5月12日夜に執筆したので、5月13日にトランプ大統領がどう決意するかに関しての情報はまだない。)

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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