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米中交渉――中国「技術移転強制を禁止」するも「中国製造2025」では譲らず

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
米中通商協議のために北京入りしている米閣僚ら(写真:ロイター/アフロ)

 交渉期限が3月1日に迫る中、中国は3月5日から開催する全人代で外商投資法改正案を採決し、技術移転強制を禁止することになっている。中国は貿易面では譲歩するが、「中国製造2025」に関しては絶対に譲らない。

◆3月の全人代で外商投資法に関する「技術移転強制禁止」を採決する見込み

 1月29日、中国の全人代(全国人民代表大会)常務委員会は、外商投資法草案に関する会議を開催した。2月24日までに全国の人民に対して意見を募集し3月5日から始まる全人代で決議する。同法案の目玉は「外資の中国への投資の際、技術移転強制等を禁止する」項目が加わったことである。また中国が締結もしくは参加する国際条約および協定が外国投資家の待遇について別に規定している場合は、その規定に従うとも謳っている。これは、たとえば中国はWTOに加盟しているわけだから、そこに「外国投資家の待遇」について書いてあれば、WTOの規定を優先して、その規定に従うという意味である。

 同法案の草案は昨年12月23日に初めて提起され、全人代常務委員会のレベルで討議されてきたが、草案提起から採決までわずか3ヵ月弱しか費やさない法案も珍しい。トランプ政権が、中国による知的財産権の侵害や外国企業が中国に投資する際に核心的技術の移転を中国が強制してきたことに対する批判を強めてきたことが原因の一つだ。

 民間企業に対する投資の際にも、中国政府はこれまで技術移転の強要や外資事業に対する、(アメリカから見れば)違法な介入をしてきた。中国はそのようなことはしていないと抗議してきたが、昨年12月1日、アルゼンチンで開催されたG20首脳会談において行なわれた米中首脳会談で、トランプ大統領は「3月1日までに米中が合意しなければ、年間輸入総額2000億ドル規模の中国製品に対する追加関税率を10%から25%に引き上げる」と予告した。この問題をトランプが喜ぶ方向で改善し、先ずは米中貿易摩擦をいくらかでも解消しておこうというのが中国政府の狙いだ。

◆大豆など貿易面では譲歩

 そのために、中国がアメリカによる高関税の報復として大豆などにかけてきた高関税を緩和し、大豆の大量輸入をすることによってトランプ大統領のご機嫌をなだめようともしている。

 というのも、アメリカ産大豆の輸出先の60%は中国が占めていた。しかもアメリカの大豆生産者はトランプの大票田だった。ところが中国が報復関税として25%もの高関税をアメリカ産大豆にかけたものだから、大票田だったアメリカの大豆生産者たちは大きな痛手を受けトランプを恨むようになった。トランプにとっては非常に痛いしっぺ返しとなっている。

 習近平国家主席はトランプのその窮地を知りつくしているので、先ずは「アメリカ産大豆を500万トン多く買ってもいい」という親書を劉鶴副首相に持たせトランプに渡した。1月31日のことである。

 大豆の生産地アイオワ州は、習近平がまだ河北省正定県の書記だった1985年に、訪米代表団の一員として訪問した縁の地だ。その時の知事が、現在の駐中国アメリカ大使ブランスタッド氏である。だからトランプの票田であるアイオワ州の大豆生産農家の事情には詳しい。

 従ってトランプの弱みをつき、大豆に焦点を当てたわけだ。

 もっとも、そういう中国自身も、実は豚の餌にする大豆が不足して豚が痩せてしまい困窮している養豚場が少なくない。そこで、あたかもトランプに救いの手を差し伸べるような格好をしながら、自国の利益を計算しているわけだ。そこは抜け目がない。

 とは言え、結果的に通商面ではアメリカに譲歩を見せている中国だが、「中国製造2025」に関しては一歩も譲らない。

◆「中国製造2025」は生命線

 習近平にとって、国家戦略「中国製造2025」は国運を賭けた生命線だ。

 それを完遂するために、憲法を改正して国家主席の任期さえ撤廃してしまった。

 だというのにアメリカは、その国家戦略の撤回を求めている。「中国政府が資金面などで最先端ハイテク企業の発展を支援するのは国際社会における公平な競争を歪める」というのが、アメリカ側の理由だ。

 これは「内政干渉が過ぎる」として、中国はアメリカの要求を拒否し続けている。

 拙著『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を考えているのか』で毛沢東時代まで歴史をさかのぼって書いたのは、「中華民族の偉大なる復興」という政権スローガンが持つ意味を深くえぐりたかったからだ。つまり、習近平の決意のほどを分析したかったという側面がある。それを考察すれば、習近平が譲歩するか否か、米中のハイテク戦争の行方がどうなるかが、浮かび上がってくるにちがいないと期待した。

 習近平政権になってから、毛沢東の執念であった「両弾一星」(最初は原子爆弾・水素爆弾・人工衛星、後に核爆弾・弾道ミサイル・人工衛星)戦略の特集番組をシリーズで組みクローズアップさせているが、習近平はこの毛沢東の執念を「中国共産党一党支配体制維持の核心的精神」とみなすようになり、憲法を改正して国家主席の任期制を撤廃してまで「中国製造2025」貫徹を決断していることが見えてきた。

 従って結論は、「習近平は絶対に譲らない」ということである。

 だから米中交渉は長引くだろう。

◆米中両首脳の交渉術

 それでも一つだけ半導体産業で考慮できる余地があるのは、国有企業に対する一点集中的な投資だ。IC(集積回路)基金のほとんどは国有企業に投入している。

 にもかかわらず、成長したのは基金を投入していない民間企業のHuaweiだ。

 これでは国の投資が無駄になっている。「改革開放経済を深化させる」という習近平政権の謳い文句とは逆の方向に動いているのだ。まさにトランプが要求している「中国経済の構造改革」を回避しているツケが「民間企業Huaweiの成長」に現れているのである。

 しかし構造改革などを真に実行したら中国共産党による一党支配体制が崩れていく。

 そこで例えばだが、おそらく、国有企業Unigroup(ユニグループ、清華紫光集団)傘下のスプレッドトラム(Spreadtrum)辺りへの湯水のような投資を、少し調整する可能性は否定できない。スプレッドトラムに関しては主として拙著のp.74~p.80に書いた。説明し始めると、また長文になるので、ここでは省略する。

 何れにせよ、習近平はハイテク戦略を撤回などは絶対にしないが、中国にとっても合理的な範囲内で、トランプの要求に応えたかのごとき形を取り、それ以上トランプが言えないようにするという習近平の交渉術が透けて見える。

 一方、交渉術にかけてはトランプも負けてはいない。

 「3月1日までに合意に至らなければ」と脅しをかけて、習近平が少し譲歩を見せると「米朝首脳会談のあとに、米中首脳会談があるかもしれない」ようなことを匂わせておいて、米中次官級の通商交渉に入ると「いや、今回は習近平国家主席に会うことはないだろう」と否定して圧力をかける。それでいながら本日14日から始まる閣僚級協議に差し掛かると、今度は「合意に近づいているならば(3月1日という期限を)少し延ばしてもいい」とした上で「ある時点で習近平国家主席と会い、交渉団が合意できなかった課題を協議して解決するだろう」などと米中首脳会談をほのめかす。

 「あなたが譲歩するなら、会ってもいいですよ」ということだが、習近平としては、「別に会いたいわけではない。私は全人代で忙しい」といったところだろう。

 実際、習近平にとって会う会わないなど、どうでもいいことだ。そこはわが国の首相とは違う。会うために譲歩したりなどしない。中国はもっと実利的で、アメリカを乗り越えようと行動するのみだ。トランプには選挙があるだろうが、習近平には一党支配体制を維持できるか否かという生命線がある。そのカギを握っているのが「中国製造2025」なのである。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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