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トランプvs.金正恩、腹の探り合い

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
米朝首脳会談 両首脳、シンガポールで初対面(写真:ロイター/アフロ)

 ポンペオ訪朝が中止された。好戦的書簡も理由だろうが、そればかりではない。何としても終戦宣言が欲しく核申告リストとの同時交換を狙う北朝鮮は、米側が満足するリストを出し渋っている。どちらが先に折れるかだ。

◆北朝鮮からの書簡

 8月23日、アメリカのマイク・ポンペオ国務長官は、新しく任命された北朝鮮政策特別代表のスティーブン・ビーガン氏(元フォード副社長)とともに「来週」訪朝する予定であると、記者会見で発表した。

 米国務省のナウアート報道官は同日の記者会見で、「ポンペオ氏の訪朝に際して、金正恩委員長との会談は予定していない」と予防線を張った。

 すると韓国の「朝鮮日報」は24日、ポンペオ氏が8月27日に訪朝することで合意したと、米朝の実務者間の接触で決まったと伝えた。

 ところが一方、複数の米政府関係者によると、その同じ日の24日朝に、ポンペオは北朝鮮の金英哲(キム・ヨンチョル)副委員長から書簡を受け取ったとのこと。その手紙は非常に好戦的で、「アメリカは未だ、平和条約に向かって話し合うという北朝鮮の期待に応える準備がない」として、そうであるなら「非核化プロセスが崩壊するかもしれない」と書いてあったという。

 ポンペオはその手紙をすぐさまトランプ大統領に見せ、その場でポンペオの訪朝中止を「突然」決定したとのこと。それはポンペオが平壌に向けて発つ、わずか数時間前の出来事だったと、詳細な経緯をCNNが伝えた

◆金正恩がどうしても終戦宣言を必要とする理由

 7月9日付のコラム「金正恩は非核化するしかない」で書いたように、金正恩は米中両国からの要求に挟まれて、「非核化するしかない」のである。

 だから内外に「非核化して対話路線に転換する」と宣言してしまった。

 「対話路線」が如何にすばらしいかを北朝鮮の一般人民に納得させるには経済を豊かにしなければならない。最も怖いのは軍隊を納得させることだ。そのために事前に軍幹部の核ミサイル開発強硬派は更迭して対話路線を容認する穏健派に人事異動させはしたものの、多くの兵士を納得させるには、なんとしても「終戦宣言」が欲しい。

 なぜならこれまで、「朝鮮戦争はまだ終わっていないし、休戦状態なのにアメリカ帝国主義が憎き南と手を組んで合同軍事演習を展開し、北朝鮮に挑みかかっている。だから徹底抗戦をしなければならない」と言いまくって来たのに、ここで突如、「核ミサイルは完成したので、あとは米韓と対話路線に入る」と言ったところで、兵士たちは「じゃあ、戦争は終わったのだという証拠を見せろ」と迫ってくるだろう。この一枚の紙切れを見せない限り、軍隊を納得させることはできないのである。

◆「終戦宣言と核申告リスト」同時交換

 だからこそ、6月12日の米朝首脳会談の共同声明では第2項に、「アメリカと北朝鮮は、朝鮮半島において持続的で安定した平和体制を築くために共に努力する」と謳ったのだった。これは金正恩にとっては、絶対に譲れない線である。そうでないと、非核化をしようにも、国内情勢が許さないからだ。

 ポンペオはシンガポールの共同声明後、せめて「核申告リストを提出するように」と北朝鮮に要求している。完全な非核化には膨大な年月と費用がかかる。そんなのを待っているわけにはいかない。北朝鮮にもそのような経済的ゆとりはない。だから北朝鮮も申告リストを提出すべく準備し、米朝両国はおおむね「終戦宣言と核申告リスト」の同時交換で共通認識を持っているはずだ。この根拠に関しては月刊『Hanada』10月号で、李英和(リ・ヨンファ)教授との対談の形で詳述した。

 結論的に言うならば、今のところ「同時交換」以外には、戦争か北朝鮮の核保有国化かの道しか選択の道がないのである。

 トランプとて、自分が決意したシンガポールでの米中首脳会談が成功だったと自慢したいわけだから、今さら戦争の道を選ぶつもりはないだろう。それをすれば、笑い者になってしまう。二期目の大統領当選は諦めなければならないだろう。

 金正恩にはなおさら退路がないのである。

 だからトランプと金正恩は腹の中では「同時交換」しかないと、分かっているはずだ。

◆手ぶらで帰るわけにいかなかったポンペオ

 同時交換をするには、まず北朝鮮からリストをもらって、アメリカ側で精査しなければならない。目の前でいきなり同時交換というわけにはいかない。

 そこでポンペオは、第2回の米朝首脳会談の下準備のために、リストをもらいに訪朝しようとした。

 一方、金正恩にしてみれば、北が先にリストをアメリカに提出したということが自国民に分かると、「なんだ、お前はアメリカに降伏したのか」と非難されかねない。だからポンペオにリストを渡すのは「極秘」でなければならないわけだ。つまり、ポンペオは北からリストをもらった場合は、もらったことを伏せて帰国しなければならないのである。

 だとすれば、せめて金正恩にでも会ったという形を取らなければ、今度はポンペオが「なんだ、お前は手ぶらで帰って来たのか」という誹りをアメリカ国民から受けることになり、トランプも第1回の米朝首脳会談の成果をアメリカ国民に見せることができなくなる。

 なのに、ナウアートは記者会見で、8月の訪朝でポンペオは金正恩に会う予定はないと言っていた。したがって、たとえポンペオの訪朝が実現したとしても、好ましくないわけだ。

 それだけでもトランプが中止を命じる十分な理由があった。

 ナウアートはまた記者会見で、北朝鮮との核交渉の停滞が指摘されていることに関して、「この6カ月間に北朝鮮と対話と協議を重ねてきた事実こそが重要だ」と言っている。ということは、水面下でリストのたたき台の交換は行われているはずで、おそらくリストのレベルがアメリカにとっては不満足なものだったものと考えられる。

 北朝鮮としては、アメリカが終戦宣言をしますと言わない限り、完全なリストを出す気はない。アメリカとしては、完全なリストを提出させて、非核化の意思が本物だと確認できない限り、終戦宣言のプレゼントはできないという、イタチゴッコだ。どちらが先に折れるのかという問題になる。

◆落としどころ

 したがって、冒頭に書いたようにポンペオが訪朝を中止した理由は、必ずしも北朝鮮からの「好戦的な書簡」だけが原因ではないだろうということが考えられる。

 これはシンガポール会談の前にも行なわれた類似のディールで、今回は北朝鮮が先に脅しをかけてきた。

 中国の中央テレビ局CCTVでは、日本の防衛相が8月23日、日米合同訓練を、今年は北海道で行なうと発表したが、結局アメリカは米韓合同軍事演習を一時的に控えているものの、日本と合同軍事演習に近い訓練を行う。北朝鮮は、そのことにも強く反応しているのであると解説した。だから8月24日に書簡を出したのだと。

 これはいくら中国でも、言いがかりが過ぎるのではないだろうかと、驚きながら観た。日米合同訓練は、あなた方、中国をも対象として行なわれているんですよと思ったが、一方では、中国は金正恩の戦略には深く入り込んでいないなという印象を持った。

 チャイナ・セブンの一人である栗戦書氏が、7月に自民党の大島理森衆議院議長と会談したあとに、北朝鮮に関して「なかなか難しい。北朝鮮は非核化に関して中国から指図を受けるのを嫌がっている」と愚痴をこぼしたのは象徴的だ。

 トランプはポンペオ訪朝中止を公開するツイッターの中で、ついでに「中国が非協力的だ」という趣旨のことを書いているが、中朝関係も、実は今も微妙だ。

 金正恩は独自にトランプとディールをやっている。

 金正恩としては、「平和協定」まで持ち出しておいて、「終戦宣言」で譲歩するつもりだろう。

 トランプは、シンガポールの時と同じように、完全なリストを出さなければ「米韓合同軍事演習の再開」や「制裁の強化」さえあると脅しておいて、アメリカ国民を納得させるに足るリストが出てくれば、米朝首脳会談を決意した自分の成果だとして、勝利宣言をする。ひょっとしたら、北朝鮮に平和協定まで持ち出させて、「ほらね、それを終戦宣言にまで譲歩させた」と自慢するつもりかもしれない。

 そして近いうちに、第2回の米中首脳会談を行なって同時交換をするという心づもりだろう。そのために互いに譲らず腹の探り合いを演技するという、ビッグ・ディールを行なっているのだと見ていいのではないだろうか。

 ポンペオは早速、8月29日に「北朝鮮との話し合いは続ける」と言っているではないか。

 そもそもトランプはポンペオ訪朝中止を知らせるツイートで、「金正恩委員長と再び会うことを楽しみにしている」と付け加えるのを忘れなかった。本当は会いたいのだ。

◆金正恩のシグナル

 北朝鮮の動きも興味深い。

 8月1日に米議会で決議された「国防権限法」により、終戦宣言をしたとしても、在韓米軍は削減こそすれ撤退しない選択が可能となる。終戦宣言から平和協定締結までには、まだ道のりがあろうが、トランプは国内世論を抑えるべく先手を打っているように見える。

 8月27日に北朝鮮の労働新聞が、この「国防権限法」にチラッと触れたのは、なんとも示唆的であった。つまり在韓米軍は駐留していてもいいから、終戦宣言だけはやってくださいよね、とトランプに呼びかけていると解釈されるからだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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