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日中韓と日中首脳会談に見る温度差と中国の本気度

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
5月9日、東京で開催された日中韓首脳会談(左端:固い表情のままの李克強首相)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 9日、日中韓とともに日中および日韓首脳会談が行われた。朝鮮半島の非核化に関する温度差はあったものの、中国は初めて「歴史問題」で譲歩し、拉致問題への協力を示した。中国の対日融和策の本気度が窺われる。

◆非核化プロセスに関する温度差

 9日午前、安倍首相は中国の李克強首相(国務院総理)と韓国の文在寅大統領とともに、日中韓首脳会談を行なった。中国は本来、日中韓首脳会談は経済を中心とするものなので北朝鮮問題は扱わないと言っていたが、結局、朝鮮半島の非核化問題が中心テーマとなった。

 3ヵ国とも、南北首脳会談後に発表された「板門店宣言」を高く評価し、国連安保理決議に従うことで意見が一致したが、日本が「完全で検証可能かつ不可逆的な方法での非核化」を主張したのに対し、中韓は朝鮮半島の完全な非核化は望むものの、あくまでも同時に対話を重んじるという姿勢だ。

 そこで9日の深夜から10日の未明になってようやく発表された共同声明では、この関連部分に関しては以下のようになった。

 ――われわれは、朝鮮半島の完全な非核化にコミットしており、朝鮮半島と北東アジアの平和と安定の維持は、共通の利益かつ責任であることを再確認する。関係国の諸懸念に関する、関連国連安保理決議に従った、国際的な協力と包括的な解決によってのみ、北朝鮮にとって明るい未来への道がひらけることを強調する。

◆中韓の非核化と対話に関する姿勢

 韓国の考え方は板門店宣言で明らかにされているように、「完全なる非核化」を目指すという、蓋然的なものだ。その具体的な道のりに関しては北朝鮮を配慮して明示していない。

 一方、中国は、4月27日付のコラム「金正恩の心を映す、中国が描く半島非核化シナリオ」に書いたように、北朝鮮の希望をそのまま反映させたようなプロセスを描いている。すなわち北朝鮮が主張するように「段階的に非核化していく」ことに理解を示さなければならず、「圧力をかけたから北朝鮮が対話路線に転換する気になったと思ってはならない」という考え方を基本とする。もし「圧力をかけたから」と解釈してしまうと、米朝首脳会談に到るプロセスにおいても「圧力をかけ続けること」が優先され、対話路線は破綻するだろうというのが、中国の主張である。

 だからこそ金正恩委員長は5月7日から8日にかけて再度電撃訪中し、大連で習近平国家主席と再会談したのだ。

 8日の深夜、習近平国家主席はトランプ大統領と電話会談をして「北朝鮮側の安全に対する関心事を考慮すべきだ」「米朝が相互信頼を打ち立て、段階的に行動すべきだ」と、金正恩委員長の願いを代弁して、「段階的非核化」への理解を求めた。トランプ大統領は「北朝鮮問題解決における中国の貢献」を評価し、習近平を喜ばせている。これにより中国は存在感を示すことができ、金正恩委員長の中国再訪の申し出を受け入れた甲斐があったというものだろう。

◆初めて拉致問題解決に協力するとした中国

 これまで中国は六者会談などで日本が拉致問題を持ち込んでくるのを非常に嫌ってきた。拉致は北朝鮮と日本の間の問題なので、二国間で話し合ってくれというのが中国の長年の主張だった。六者会談は朝鮮半島の非核化問題を検討する会談なので、そこに北朝鮮が触れられたがらない拉致問題を持ち込んでくると、非核化問題の解決を阻害するというのが中国の言い分だ。

 それが今回は、「日本が関心を示す問題に協力する」と、日中韓首脳会談後の記者会見で李克強首相は述べたし、また日中首脳会談前には「拉致問題に協力する」と、「拉致」という言葉を使ったとのこと。

 さらに日中韓首脳会談における共同声明では、初めて「中韓両国の首脳は、日本と北朝鮮の間の拉致問題が対話を通じて可能な限り早期に解決されることを希望する」と、「拉致」が明記された。画期的なことだ。

◆「歴史問題」に関して譲歩した中国

 最も難航したのは、いわゆる「歴史問題」のようだ。

 これまでの日中首脳会談の前後には必ず「日本は歴史の真相を直視せよ」という常套句が中国側から居丈高に発せられてきたが、今回は初めて、それを控えた。

 共同声明では歴史問題に関しては「3カ国が悠久の歴史および久遠の未来を共有していることを再確認した」とするに留め、対日批判のトーンを抑えた表現となった。

◆日中首脳会談で見せた中国の本気度

 なぜ中国はこんなに譲歩したのだろうか。

 今年は日中平和友好条約締結40周年に当たるということもあろうが、中国の対日懐柔策の本気度は、米中貿易摩擦だけでなく、何よりも中朝関係の奇怪さに起因する。

 5月2日付のコラム<「中国排除」を主張したのは金正恩?――北の「三面相」外交>や5月7日付けのコラム<中国、対日微笑外交の裏――中国は早くから北の「中国外し」を知っていた>などに書いたように、金正恩委員長は軍事的には中国の後ろ盾を頼りにしてアメリカを牽制しているにもかかわらず、経済的には中国に呑みこまれたくないと考えている。そのために朝鮮戦争の休戦協定を終戦協定に転換させていく平和体制構築プロセスにおいて中国を外した米朝韓3ヵ国による協議の可能性を板門店(パンムンジョム)宣言で示唆したのである。

 北朝鮮が中国外しをした時には、2002年の小泉首相の訪朝に見られるように、突然対日融和策を取る。それを見越した中国は、本気でそれを上回る対日融和策を講じ、北朝鮮を牽制するという態度に出ていると解釈すべきだろう。

 日本にとっては、こちらから腰を低くしてお願いしなくとも、相手から寄ってくるという、願ってもない状況が来ている。

 日本では自虐的に朝鮮半島問題で「日本外し」が進行し「日本は蚊帳の外」という論調が目立つが、筆者はそうは思わない。むしろ逆だ。北朝鮮も日本を必要とし、中国はもっと日本を必要としている。

 それもあってか、多くのプロジェクトに関して日中の間で署名が成され、友好ムードが醸し出された。一帯一路経済構想への勧誘を全面に出せば、反感を買うだろうという節度も心得ているように見えた。

 ただ、日中韓3ヵ国で写真撮影をするときに安倍首相が中韓に握手を求めたとき、文在寅大統領が満面の笑顔で応じたのに対し、李克強首相は、手は安倍首相の動きに委ねたものの、固い表情を全く崩さなかったところには、やはり限界を感じた。

◆アメリカのイラン核合意離脱に関する反応に関しても日本を評価

 5月9日未明、トランプ大統領がイラン核合意からの離脱を宣言した。核合意のメンバー国の一員である中国は、トランプ大統領の一方的な離脱を激しく攻撃している。

 中国外交部の耿爽(こうそう)報道官は、5月9日の定例記者会見で、「アメリカは国連安保理の第2231号決議を守るべきで、国際的な核不拡散システムや中東の平和安定維持を守り、政治的手段で問題解決に当たらなければならない」と力説している。

 これは、北朝鮮に当てはめた場合、アメリカが約束を破る先例を示したのに等しいと、中国の少なからぬメディアがストレートに危惧している。実際、トランプ大統領は、これは北朝鮮においても起こり得ることだと威嚇しているので、ここでは中朝の接近を促す結果を招いている。

 日本の河野外相もまた、イラン核合意に関して「今後も維持に向けて、関係国と緊密に協議していく」と、アメリカ追随ではない談話を発表しているのは、高く評価されていいだろう。

 中国の中央テレビ局CCTVは、李克強の日中韓首脳会談を大きく扱うと同時に、イラン核合意からのアメリカの離脱表明を批判し、河野外相もアメリカの離脱に批判的であると、言葉を添えている。これもまた珍しい現象だ。

◆日本の位置づけ

 国際社会における今後の日本の役割に関しては、米中朝韓が入り乱れて乱舞する中、日本は初めてと言っていいほど、悪くない位置づけにあると筆者の目には映る。それはひとえに、北朝鮮が多面相的要素を持っており、中朝関係がいびつな友好でしか結ばれていないことに起因することを認識しておきたいと強く思う。

 これならば、習近平国家主席の訪日も安倍首相の訪中も可能になっていくだろう。但しそのとき肝に銘じてほしいのは、日本は決して「日本から切望する」という土下座的姿勢を示してはならないということだ。堂々と毅然として、対等に渡り合うことを心がけていないと、中国の戦術に嵌り、あとで手痛い目に遭うだろう。それだけは避けたい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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