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中国、米朝首脳会談は「双暫停」のお蔭――全人代第三報

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
全人代で記者会見する王毅外相(2018年3月8日)(写真:ロイター/アフロ)

 3月8日の全人代記者会見で、王毅外相は南北朝鮮融和に関して中国の「双暫停」戦略のお蔭だと言い、中国外交部はその後、米朝首脳会談実現は中国が描いた戦略通りだという趣旨の発言をしている。

◆南北融和に関する王毅外相の全人代記者会見発言

 3月8日、王毅外相は朝鮮半島問題に関しても発言している。新華網や中央テレビ局CCTVが伝えた。

 ロイター社の記者が「中国はずっと米朝が直接対話すべきだと主張してきましたよね。これに関して中国は役割を発揮しますか?朝鮮半島が平和的に発展するために、中国は駐韓米軍が撤退すべきだと思っていますか?」と聞いた。

 それに対する王毅外相の回答の要約は以下に示す通りだ。( )内は筆者の説明。なお、回答内にある「双暫停」とは、これまで何度も説明してきたように「米朝双方が暫定的に軍事行動を停止し、米朝は対話の席に着け」という意味である。

 ――朝韓(南北朝鮮)は冬季五輪の機会をとらえて冰を溶かし始めた。このような変化に戸惑っている人もいるかもしれないが、この流れは実は情理にかなっていることなのだ。五輪期間中、何が起きたか、事の本質を見てほしい。北朝鮮は核ミサイルの挑発行動を行なわなかったし、米韓は軍事演習を暫定的に停止していた。これは何を意味するのか?これこそは正に、中国が唱えてきた「双暫停」のお蔭なのである。「双暫停」は一服の良薬として南北が関係改善をする基本条件を形成してきたのだ(=適切な問題解決をするための基本条件を中国が形成してきたのだ)。(ここまで引用)

 王毅外相は、双暫停こそが一服の良薬であるという表現をするときに、「一剤対症下薬的良方」という中国語を用いている。

 これは直訳すれば「症状によって薬を処方する」だが、比ゆ的に「客観的情勢を分析して、最も適切な問題解決の手段を講じる」という意味となる。

 「対症」という文字があるために、日本語で言うところの「対症療法」と勘違いしがちだが、そのように訳してしまったら全く異なる意味になってしまう。そのためか(対症療法では文脈上、整合性がないと思ったからなのか)、日本のメディアでは、王毅外相の発言の中のキーワードである「一剤対症下薬的良方」を省略しているために、「中国は蚊帳の外に置かれている」といった報道が見られる。

 それは今後の米朝首脳会談の性格を見誤らせる危険性があるので、客観的推移を簡単におさらいしておきたい。

◆北朝鮮と韓国を威嚇してきた中国

 昨年から何度も本コラム欄で触れてきたが、北朝鮮と唯一の軍事同盟国である中国は、これまで北朝鮮に対して「3枚のカード(中朝軍事同盟破棄、断油、中朝国境線完全封鎖)」をちらつかせて「対話により問題解決せよ」と迫ってきた。中朝は「米韓合同軍事演習中止」「THAADの韓国配備反対」「朝鮮戦争休戦協定に従がって韓国から米軍を撤退させ平和条約を結べ(中国軍は休戦協定を守り1958年に完全撤退)」などにおいて利害が一致している。したがって北朝鮮の平昌五輪参加と南北対話誘導の背景には中国の「双暫停」戦略があった。

 一方、韓国に対しては、付設するレーダーで中国の東北あるいは華北一帯の軍備配置が見えるTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)を配備したことに対して、中国は韓国に経済報復を行なってきた。北京寄りの文在寅(ムン・ジェイン)政権が誕生すると、昨年10月末に中韓合意文書を取りつけた。経済報復を解除してほしければ「3つのノー(米国のミサイル防衛体制に加わらない。日米韓安保協力を軍事同盟に発展させない。THAADの追加配備は検討しない)」を実施せよと要求した。

 中朝軍事同盟があるため、日米韓の協力による対北朝鮮包囲網を中国は対中包囲網に等しいと警戒してきた。だから何としても日米韓を離間させたいと模索してきたのである。

 北朝鮮にも韓国に対しても威嚇により「双暫停」戦略に沿って動けと迫ってきた中国は、結果的に南北融和と米朝対話を誘導したことになる(これらに関しては、数多くのコラムを書いてきたが、たとえば 1月4日付けコラム「北の対話路線転換と中国の狙い――米中代理心理戦争」などを参照して頂きたい)。

 しかし金正恩(キム・ジョンウン)委員長は、なかなかの策略家。中国の意図に沿って動いたかに見えたが、今年元旦に平昌五輪参加を表明するに当たり、「朝鮮民族の団結強化により半島問題を解決する」と強調して、中国に一矢を報いたのだ。そして北朝鮮は「日米は100年の宿敵、中国は1000年の宿敵」とまで言うようになる。これら一連の相克に関しては、1月12日付のコラム<南北対話「朝鮮民族の団結強化」に中国複雑>でも触れた。

 それでも中国は、米朝が対話路線に入ることを促し続けた。中国の現在の軍事力は米国に遥か及ばないので、いま戦争をされると困るからだ。

 今般、トランプ大統領が米朝首脳会談に応じると即断したことを中国は高く評価し、歓迎している。

◆習近平とトランプ

 習近平国家主席は9日、トランプ大統領と電話会談し、金正恩委員長との会談を決断したことを称賛した。CCTVによれば、トランプは「米朝が対話をすべきだという習近平の主張は正しかった。中国の重要な役割に感謝し高く評価する」と述べ、「引き続き中国側との意思疎通と協調を緊密なものにしたい」と続けたとのこと。CCTVは全人代の会期中だというのに、トランプのこの言葉を何度も何度も繰り返し報道した。

 ということは、トランプは、中国が早くから「双暫停」を主張していたことを認識していたということになる。そして中国はまた、自国が主張してきた「双暫停」のシナリオに沿って朝鮮半島が動き、米朝が動いたと自負していることになろう。

◆トランプはなぜ米朝首脳会談を即断したのか

 時事通信社は3月11日、<トランプ氏即断、側近も驚き=安倍首相は「蚊帳の外」―米紙>というワシントンからのニュースを報道した。それによれば、トランプはホワイトハウスの側近にも言わずに、個人の意思で即断したことになる。

 実は筆者は、『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(2017年7月出版)の中で、トランプが金正恩と電撃的に会う計算をしている心理を詳述した。

 というのも、外交に疎いトランプに目を付けたキッシンジャー元米国務長官は、早くからトランプに外交の手ほどきをしていたが、このときトランプはきっと、キッシンジャーがかつて北京を電撃訪問して毛沢東(や周恩来)に会い、結果、ノーベル平和賞を受賞したことを模範にしたのではないかと推理したのである。そもそもトランプには大統領にならなくても十分な富と名声があり、大統領になるとすれば、あとは「栄誉」が欲しかっただけかと思われたからだ。

 キッシンジャーは当時のニクソン大統領以外には、共和党の政権内部の者にも何も言わずに北京を訪問して世界を驚かせた。それ故「忍者外交」と称せられている。きっとトランプは、キッシンジャーのこの真似をしたかったのではないだろうか。ただ、何でもツイートしてしまうトランプは、大統領選挙期間中から、何度も「何ならキム・ジョンウンとハンバーガーでも食べながらお喋りをしてもいい」と言ってしまってはいる。

 しかし今般こそは、本当にノーベル平和賞を取りに行こうとしてキシンジャーの「忍者」の部分を真似、側近にさえ言わずに即断したのかもしれない。

◆「制裁を強化したから」は文在寅の自己弁護のための発言

 なお、トランプが韓国の対北接近を容認するようになったのは、追い詰められた文在寅大統領が「アメリカ(特にトランプ大統領)が制裁を強化したお蔭で、北朝鮮と対話することができるようになった」といった趣旨の弁明をしたからだ。それ以降のトランプは「私が制裁を強化したからだ」と言うようになり、この「私」を「私たち」にしたり「アメリカ」にしたり、はたまた「国連」に言い変えたりしてはいるが、要は「この私が制裁を強化したからこそ、北朝鮮は折れてきたのだ」という構図にしたい。

 本来、文在寅が北朝鮮に対して融和作戦に出ることをトランプに許してほしいために言った弁解の言葉が、すっかりトランプの自尊心をくすぐり、日本中が「制裁を強化したからこそ、南北融和が実現し、米朝首脳会談へとたどり着いたのである」と一斉に口を揃えるようになった。

 中国は苦々しい思いで見ているだろうが、今は全人代における憲法改正で、それどころではないにちがいない。12日、金正恩ともトランプとも会った韓国政府特使団の副団長一行が来日する。金正恩のメッセージを携えているようだが、日本にとっては拉致問題解決のための残り時間はもうない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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