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尖閣に中国潜水艦――習近平の狙いと日本の姿勢

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
強軍国家の軍事戦略を周到に練っている習近平・中央軍事委員会主席(写真:ロイター/アフロ)

 尖閣の接続水域に中国の潜水艦と中国軍艦が進入した。日本は中国の意図を測りかねているようだが、これは習近平自身の軍事戦略によるものだ。第19回党大会以降の習近平の軍事戦略と日本のあり方に関して考察する。

◆習近平の軍事戦略とその証拠

 日本の尖閣諸島接続水域に中国の潜水艦と中国軍艦が進入したことに関して、日本の防衛省は、1月12日、潜航していた潜水艦が公海に出て浮上した際に中国国旗を掲げているのを確認したと発表した。

 これに関して日本では、果たして中共中央の指示なのか、それとも現場の指揮官の独断なのかを測りかねている情報が散見されるが、これは習近平が中共中央軍事委員会主席として指示を出したことは明らかである。

 その証拠をいくつかお示ししたい。

1. 昨年10月18日の党大会開幕式における長い演説の後半で、習近平は中共中央総書記として、今後5年間の軍事強国化に関する基本戦略を述べている。そこでは「2020年までに機械化、情報化を発展させて戦闘能力を高める。2035年までに国防と軍隊の現代化を完遂させ、今世紀中葉までに人民軍隊(中国人民解放軍)を世界一流の軍隊に持っていく」と抱負を述べている。と同時に習近平は続けて「台湾問題」解決に全力を尽くすことと、「国家主権と領土の完全無欠を守らなければならない」とも主張している。

2. 2017年1月12日のコラム「中国、次は第二列島線!――遼寧の台湾一周もその一環」に書いたように、中国共産党機関紙の「人民日報」や中央テレビ局CCTVは昨年1月8日、「次に狙うのは第二列島線、東太平洋だ!」と一斉に報じた。第一列島線における中国海軍の活動はすでに常態化し、第二列島線は時間の問題で、空母・遼寧は「お宅ではない」と。これは、台湾の蔡英文大統領の訪米(ラテンアメリカに行く際のトランジット)に抗議するための行動だった。第一列島線における中国海軍関係の活動は常態化し、次に第二列島線を狙うという中国の方針は今も変わっていない。

3.2018年1月3日、習近平は中央軍事委員会主席として、そして全軍の総司令官として、全軍に対する「開訓動員大会(訓練を開始する動員大会)」を挙行した。そこでは軍の行動に一分の乱れもあってはならず、厳しく党の司令に従わなければならないと訓示している。したがって、現場の単独判断による行動はあり得ない。

4.2018年1月10日、北京の八一大楼で、習近平は軍事委員会主席として、武装警察部隊(武警)が中央軍事委員会の直轄下に置かれることを宣言する儀式(部隊旗授与式)を行なった(武警が中央軍事委員会直属に改編されたこと自体は1月1日に決定されていた)。

5.つまり、中央軍事委員会が中国の軍事や国家安全に関する全てを掌握したことを宣言する雰囲気に全軍が包まれていたのが今年1月10日のことである。全軍に対する習近平・中央軍事委員会の権威を高めるムードは中国の隅々にまで行きわたっていることが、CCTVでも、これでもか、これでもかと言わんばかりに満ち溢れていた。尖閣接続水域における中国の潜水艦事件は、その翌日の1月11日であったことに注目しなければならない。

 以上より、中国海軍の潜水艦の尖閣接続水域への潜航は、偶発的なものではなく、中共中央軍事委員会の指示に基づいたものであることが見て取れる。少なくとも第一列島線における中国の覇権を予告する性格のものであったと解釈すべきだろう。

 事実、今年1月5日、中国の空母「遼寧」が台湾海峡の中間線の西側を南西に向けて航行した。

 12日には遼寧の艦隊が台湾海峡を抜け北に向かっている。このような一連の動きの中で、尖閣接続水域における潜航だけが偶発的ということはあり得ない。

◆中国外交部の日本の抗議に対する抗議

 中国外交部の陸慷(ルー・カン)報道官は11日の定例記者会見で、「釣魚島(日本名・尖閣諸島)問題でもめ事を引き起こすのを止めるよう」日本側に促した。具体的には以下のように述べている。

 ――中国側の把握した状況では、本日午前、日本の海上自衛隊の艦艇2隻が赤尾嶼(日本名・大正島)北東の接続水域に相前後して入った。中国側は日本側の活動の全行程を追跡・監視した。現時点で日本側艦艇はすでに接続水域を離れている。釣魚島及びその附属島嶼は中国固有の領土であり、釣魚島に対する中国の主権には十分な歴史的根拠と法理上の根拠があるということを改めて強調しなければならない。日本側のやり方によって、釣魚島が中国に属すという客観的事実はみじんも変わらず、釣魚島の領土主権を守る中国側の断固たる決意もみじんも揺るがない。中国側は日本側に対して、釣魚島問題でもめ事を引き起こすのを止め、2014年に合意した4つの原則的共通認識の精神に従い、中国側と同じ方向に向かい、実際の行動によって両国関係改善のために努力するよう促す(人民日報の電子版「人民網日本語版」より)。

 逆に日本側を責めているのだ。

◆1992年の中国の領海法を野放しにした日本

 尖閣が日本固有の領土であることは言うまでもない。にもかかわらず中国が1992年に領海法を制定し、尖閣諸島を中国固有の領土としたのに対して、日本政府はほとんど抗議をしていない(詳細は拙著『チャイナ・ギャップ 噛み合わない日中の歯車』)。

 それどころか天皇陛下訪中を許して、こんにちの中国の経済発展の基礎を築いた。

 1989年6月4日における天安門事件に対する西側諸国の経済封鎖に苦しんだ中国は、経済封鎖を解除する突破口を日本に求めたのである。日本は中国の要求に応じたため、西側諸国の経済封鎖は一気に解かれ、その後の中国経済の飛躍的な発展を可能ならしめた。

 日本政府は、その反省をしているとは思えない。

 中国が大きな顔をしていられることを、日本政府自身が許している側面を見逃してはならないだろう。

◆今も中国に厳しく抗議はしない日本

 残念なことに、現在の安倍内閣も、当時とそう大きくは変わらないように思われる。

 政府与党は日中友好を叫び、「中国との関係が改善した」と喜んでばかりいる。

 そんな折に、なぜ関係改善に逆行する行動を中国が取ったのかを、不思議がっている側面さえある。

 中国の戦略が、何も見えていないのだ。

 中国が自民党の二階幹事長や公明党の山口代表を歓迎したのは、あくまでも「一帯一路に協力させよう」という戦略的目的からであり、領土や安全保障問題に関しては、日本に一歩も譲る気はない。

 CCTVでは毎日のように安倍内閣が憲法改正を通して軍国主義の道を再び歩もうとしているという批判報道を繰り返しているし、韓国にも「絶対に日本と軍事同盟を結ぶな」として昨年10月末に中韓合意文書を受け入れさせた。

 北朝鮮に韓国への接近を促したのも中国であり、その目的は日米韓の離間であった。

 韓国が慰安婦問題を再び持ち出したのも、中国の意向に沿ったものである。

 中国は日本を牽制して、アメリカの北東アジアでのプレゼンスを弱めようとしており、一帯一路経済構想に日米を誘いこんで、グローバル経済のトップリーダーになろうと目論んでいるだけだ。そうすれば「中華民族の偉大なる復興」が叶い、「中国の夢」が実現する(この詳細は『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』)。

 ここまで持っていかないと、中国共産党による一党支配体制は崩壊するのである。なぜなら中国共産党は、日中戦争時代に強大化する過程で日本軍と共謀したという事実を人民に知られたら困るからである。中国共産党は自分がついている「嘘」を人民が知る日が近いことを知っている。どんなに言論統制をしてもネットがあるために防ぎきれないからだ。

 だから、たとえ人民に知られる日が来たとしても、ここまで中国を繁栄させてくれたのなら中国共産党の「嘘」を許そうという気持に人民がなるように、「繁栄」と「軍事強国」を実現していなければならないのだ。

 日本は、中国のその掌(てのひら)の上で制御されていることに気が付かないでいる側面はないだろうか。それとも、接続水域での潜水艦の潜航は、国際法上、認められているという論理なのだろうか。いずれにしても、こういった行動が中国の既成事実化につながらないよう、注意しなければならないことは確かだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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