Yahoo!ニュース

中国が「安倍は北の挑発を口実に軍拡」と批判

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
PAC3展開訓練を公開 北朝鮮ミサイルを想定(写真:ロイター/アフロ)

 中国の中央テレビCCTVは「安倍は北朝鮮のグアムを狙ったミサイル発射挑発を口実にPAC3を無駄に配備して国内世論を煽り、軍拡目標を達成しようとしている」と批判。事実歪曲と、今後の日本防衛のために実態を分析する。

◆CCTVによる安倍政権批判

 中国共産党が管轄する中央テレビ局CCTVは、くり返し米朝舌戦と安倍政権の「軍拡戦略」を結びつけた報道をしてきた。

 北朝鮮がアメリカ領のグアム海域に弾道ミサイルを発射する計画があるという情報を受けて、8月10日の衆議院安全保障委員会で小野寺防衛相が、北朝鮮がグアムを攻撃した場合、「(日米同盟のある)日本が集団的自衛権を行使できる“存立危機事態”に当たれば迎撃できる」と認識していると答弁した。CCTVはその動画を流しながら、地上配備型迎撃ミサイルPAC3(パトリオット)が、島根県、広島県、愛媛県、高知県などの駐屯地にそれぞれ到着したことも含めて、実に詳細に逐一報道してきた。

 ここまでは基本的には客観的情報であり、小野寺氏の答弁は一般論としては妥当なものなので、特に大きな問題はない。

 問題なのは、CCTVの特別解決委員が現れて、これが「安倍政権が進める軍拡の目的達成に寄与している」と、必ず解説することである。

解説委員の論理はこうだ。

――PAC3はミサイルが着弾する最終段階で用いる迎撃ミサイルだ。北朝鮮からグアムまで飛行してグアム近海に着弾する場合、PAC3 はグアム近郊に配備されていなければ、いかなる効果を発揮することもできない。日本の上空では、大気圏外をただ通過するだけだ。PAC3の射程はたかだか20km。そのような無駄なものを配備し、それを日本のニュースで大々的に報道するのは、北朝鮮危機に便乗して日本人の危機意識を煽り、いかに日本が軍拡する必要があるかという逼迫感を日本の国民に植え付けて、憲法改正の必要性を説き、軍拡を達成しようと目論んでいる証拠だ。

 こういう論理構造になっているが、肝心な一言が抜けている。

◆日本がPAC3を配備した背景

 注意深く日本のニュースを観察すれば、小野寺五典防衛相はあくまでも、「北朝鮮のミサイルがグアムに向けたコースを外れて誤って日本に落ちてきた場合を想定して」、PAC3を中国・四国地方の計4カ所の陸上自衛隊の駐屯地に展開する破壊措置命令を出したと言っている。

 日本政府関係者によれば「機器のトラブルなどでコースを外れ、日本に落ちてくる場合にも備える必要があると判断した」のであり、「(北朝鮮のミサイルに)ミスがあり、想定したコースを飛ばないおそれもあることからPAC3配備を決定した」とのこと。

 中国のCCTVは、この「万一にも何かが起きて誤って日本に落ちた場合を想定してPAC3を配備した」という前提条件を無視して安倍政権を批判している。

 その意味で事実歪曲であり、客観性に欠ける。

◆「コースを外れた場合」の疑問点

 中国に客観性など求めても、とは思うが、しかし、「コースを外れて誤って日本に落ちた場合を想定して」という前提条件自体にも、論理的に少し気になるところがある。

 どの時点で「想定したコースを外れるか」によって変わってくるが、基本的に言えるのは、その場合、どこに着弾するかは予測困難である可能性が高いということだ。

 北朝鮮が「島根、広島、高知」と名指ししたのは、想定したコースを飛翔した場合の地点だ。このコースを外れれば、瞬間的に落下地点を計算しなければならず、一方ではPAC3の射程はわずか20km前後(航空自衛隊HPでは数十km)なので、外れたコースによる着弾点近くで待機していなければならない。

 PAC3は、たとえば皇居を守ろうと思ったら皇居近くに配備して、その近くに落下してくるときのみ弾道ミサイルを迎撃できるという性格のものだ。守れるのはPAC3を配備した地点から半径20kmの半球の範囲内ということになる。したがって関係地域に配備しても、守れるのは配備した地点の20km半球内であって、それ以外の地域は守れない。

◆ミサイルの飛翔プロセス

 今さら言うまでもないが、ミサイルを発射したときの飛翔プロセスには、以下の3段階がある。

 1.ブースト段階:推進段階。ミサイル発射からロケット燃料燃焼終了までの行程で、大気圏突入前の上昇初期段階。

 2.ミッドコース段階:中間飛翔段階。上昇コースと下降コースの二段階に分かれる。ロケット燃料が燃焼して終わったあとに、慣性で上昇し続け大気圏外を飛翔。最高高度(400‐800km?)後は下降コースに入る。

 3.ターミナル段階:大気圏内に再突入した後から着弾までの下降最終段階。PAC3やTHAAD(高高度終末、射程200km)などがターミナル段階の迎撃ミサイル。

 たしかにPAC3の射程は20km程度なので、北朝鮮からグアムに向けて発射されたとき、日本上空ではミサイルは大気圏外(上記「2」ミッドコース段階)にあり、日本国土上にPAC3を配備しても、何の役にも立たない。ミサイルは遥か南のグアムの少し手前で大気圏内に再突入するので、PAC3はそれよりさらに南の上空20kmでミサイルが落下する地点で待機していないと迎撃効果を発揮することはできないのである。

 その意味では、何も起きなければ中国が言うところの「無駄な配置」になろう。

 しかし何が起きるか分からない。

 たとえば「2」のミッドコースにおける北朝鮮の弾道ミサイルを日本海上でイージス護衛艦がSM3を用いて迎撃したとする。SM3は弾道ミサイルを大気圏外で迎撃する高高度のミサイルだ。射程は70~500km。

 仮に、SM3が北朝鮮の弾道ミサイルをうまく迎撃できなかった場合、軌道がずれたり、完全には迎撃できなかったミサイルの破片が日本に落下する可能性がないわけではない。それを防ぐためにPAC3が配備された。

 ただ一つだけ気になることがある。

 SM3が弾道ミサイルを迎撃し損ねた場合、狂ってしまった軌道を、どの時点で、どのようにして予測するのだろうか?

 SM3が迎撃するための軌道計算は、最初のブースト段階で完全にできるとマティス米国防長官は言っている。その性能、精度は一応信じるとしよう。しかし撃ち損ねた場合、あるいは何らかの不具合で北朝鮮のミサイルが軌道を外れた場合は、その後の軌道計算は正確に、そして「瞬時に」できるのだろうか?

 

◆CCTVが『日刊ゲンダイ』の論評を証拠に

 ところで、CCTVの「メディアの焦点」という特集番組の中で、「米朝緊張を口実に、安倍政権が日本国民を扇動し、軍拡を目論んでいる」と批判した上で、同じ主旨の論評が日本の『日刊ゲンダイ』にも掲載されていると、言及した。

 『日刊ゲンダイ』――?

 何ごとかと思ってネットで検索してみたところ、たしかにあった。

 「日刊ゲンダイ:PAC3も配備 米朝緊迫で国民の不安煽る安倍政権の罪深さ」という見出しで、孫崎享氏(元外務省国際情報局長)が書いている。3ページ目の最後のパラグラフをご覧いただくと、なんと、CCTVの主張と一致しているではないか。解説委員の言葉は、孫崎氏の文章とほぼ同じなのである。このようなところで共鳴しているのかと、先ずはそのことに「非常に!」驚いた。

 ただ一か所だけ孫崎氏は事実に近いことを言ってはいる。それは2ページ目にある「ミサイルがコースを外れて日本に落下した場合は軌道測定ができないため迎撃は不可能」という言葉だ。

 もっとも、軌道測定は「できない」ではなく「困難」であり、「迎撃は不可能」ではなく、「必ずしも可能であるとは言えない」としなければならない。したがって「事実に近い」だけで、ここまで断言するのも非科学的だと思うが、しかしCCTVの日本批判などと共鳴されたくはないので、この点を考察してみよう。

◆今後の日本防衛のために

 自衛隊法の「弾道ミサイル等に対する破壊措置」の「第八二条の三」には「我が国に飛来するおそれがあり、その落下による我が国領域における人命又は財産に対する被害を防止するため必要があると認めるときは、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に対し、我が国に向けて現に飛来する弾道ミサイル等を我が国領域又は公海の上空において破壊する措置をとるべき旨を命ずることができる」(概略)という条文がある。

 したがって、日本がこの意味の防衛に関して迎撃ミサイルを準備することは合法である。北朝鮮などから、直接、日本の国土に向けてミサイルが発射される可能性を考えたとき、合法か否か以前に、国民の安全を確保するためには不可避だろう。

 その意味で17日からワシントンで開催された日米「2+2」外務・防衛閣僚会議において、日本が陸上設置型の迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」を導入することなどについて協議したのはいいことだ。

 もちろん外交努力が優先されるのは言うまでもない。しかし、核弾頭であるか否かは別として、いつどの種類の弾道ミサイルを飛ばしてくるか分からない国が、日本のすぐ隣にいる。せめて自国にミサイルが飛んできた場合に、それを迎撃して日本国民を守ることくらいは、していいはずだ。しなければならない。

 そのためにも、PAC3の性能と限界を日本国民が正確に知る権利と義務があると思う。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

遠藤誉の最近の記事