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日中首脳会談と鳩山元首相の中国支持表明――米元国防長官も

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
安倍首相がモンゴル訪問 ASEM首脳会議に出席へ(写真:ロイター/アフロ)

モンゴルでの日中首脳会談で安倍首相は李克強首相に南シナ海判決の遵守を迫ったが、中国が李克強の存在感を強調する偏向報道をする中、コーエン米元国防長官に続き鳩山元首相が中国支持を表明。驚くべき展開を追う。

◆安倍首相・李克強首相会談に対する中国の偏向報道

南シナ海に関する中国完全敗訴という判決後、初めての国際会議であるアジア欧州会議(ASEM)が、7月15日から16日にモンゴルのウランバートルで開催された。

安倍首相も参加し、15日午後には中国の李克強首相と会談した。

日本の多くのメディアによれば、安倍首相は南シナ海での中国の主権主張の正当性を全面的に否定したオランダ・ハーグの仲裁裁判所による判決を受け入れるように李克強に要求したとのこと。そして「法の支配と紛争の平和的解決が重要だ」とする日本の立場を伝えたことが、テレビなどでも安倍首相の生の声として伝えられている。

それに対して李克強首相は不快感を示し、「中国の立場は国際法に完全に合致し、『南海各側行動宣言』にも合致する」「日本は非当事国として、言動を慎み、誇大宣伝や介入をしないように望む」という趣旨のことを言ったようだ。しかし中国の報道では、安倍首相が李克強首相に対して言った言葉は全て削除され、李克強首相が威勢よく(居丈高に?)、一方的に日本の過ちを正したという方向で報道されている。

それも日中関係悪化に関して「悪いのは日本だ」という内容が大半で、日本人の方々にも実態をお分かりいただけるように、今回は中国政府の通信社である新華網の「日本語版」にある「李克強総理、日本の安倍晋三首相と会談」をご覧いただきたい。

これだけではない。

李克強首相がASEMで、いかに勢いよく各国首脳と話し合い、各国首脳がいかに中国を支持したかを、凄まじい勢いで報道し続けた。

たとえば、15日の中央テレビCCTV報道は、以下のような順序で14日の李克強首相との会談における各国首脳の発言を報じた。

●ラトビアのアンドリス・ベールジンシュ大統領:中国はラトビアのアジアにおける重要なパートナーであり、ヨーロッパおよび東ヨーロッパと中国との関係発展を支持する。

●ベトナムのグエン・スアン・フック首相:ベトナムと中国は「同志プラス兄弟」の関係であり、双方は食い違いより共同的な利益のほうが重要だ。ベトナムはフィリピンの南海仲裁案についての中国の立場を尊重する。話し合いによって紛争を解決すべきだ。

●ラオスのトンルン首相:中国の立場を支持し、中国とともに努力して南シナ海の平和と安定を守りたい。

●カンボジアのフン・セン首相:当事国同士の対話による解決を支持する。

16日における中国時間午後7時の全国一斉に報道される「新聞聯播」では、いつもはまず党内序列ナンバー1の習近平国家主席に関する報道から始めるというのに、この日は最初が李克強首相に関する報道だった。もっとも、いきなり李克強というわけにもいかないのか、「チャイナ・セブン」(中共中央政治局常務委員会委員7人)には関係ない「長江計画」に関する話題をぶつけてきて、その後に延々と李克強の「勢いのある勇ましい顔」だけを映しまくったのである。15日に行われたロシアのメドベージェフ首相や日本の安倍首相との会談およびドイツのメルケル首相との会談などが報道されたが、安倍首相との時だけは絶対に笑顔を見せず、「中国が日本側を叱責している」という形でのカットをつなぎ合わせて報道した。

年齢的にまだ若い李克強首相の「国字顔」(国という字に似ている漢民族の特徴的な顔)がテレビの画面に大写しになりっぱなしで、習近平の姿が一度も「新聞聯播」のテレビ画面に出なかったという、前代未聞の扱いだった。

それほどまでに、中国がいかに必死で巻き返しを試みようとしているかが伺える。

◆鳩山元首相の南海問題に関する中国支持表明

そのような中、日本の鳩山元首相が、中国が主導するAIIB(アジアインフラ投資銀行)の顧問としての役割を担う国際諮問委員会の委員に就任しただけでなく、なんと、南シナ海に対する仲裁裁判所の判決を不当として、中国とフィリピンの両国間で話し合うべきだとする談話を発表した。7月16日の新華社電を中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹紙「環球時報」電子版・環球網が17日朝、伝えた。

それによれば鳩山氏は新華社の記者に対して、「南シナ海問題は対話と協力によって解決すべきで、外部の圧力によって中国とフィリピンに仲裁裁判所の判決を受け入れよと要求すべきではない」と言明したという。

しかも16日、鳩山氏は北京で開催された第5回世界平和フォーラムで講演し、同様のことを繰り返して強調し、北京を喜ばせた。

たしかに彼は今では一個人かもしれないが、それでも元民主党の党首として総理大臣を務めた経験を持つ人間だ。そのような経歴のある者が、このように徹底して中国の肩を持つ言動を繰り返せば、中国にとってこれほど利用価値のある存在はいないほどありがたい。

AIIBで利用するだけでなく、 南シナ海問題に関する国際司法判決における中国の全面敗訴という大打撃を緩和させるために利用している、中国のその魂胆が分からないのだろうか?

それが日本国あるいは日本国民にもたらす計り知れない損害を、鳩山氏は考えたことがないのだろうか?

日本の政治に関して言及したくはないが、このような人物を党首とした党(民主党)を前身とした民進党に対する国民の信頼も揺らぎ、民進党を含めた野党連合が推薦する都知事候補に対しても、将来の姿と危機感を浮き立たせるのではないのか?

中国共産党が日中戦争時代に、実は日本軍と共謀して成長し、中華民族(国民党軍)を日本に売り渡して政権を取った党であることは、拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』で詳述した。鳩山氏は、この客観的事実を、どう受け止めるつもりだろう。

日本国民の一人として、鳩山氏の言動を憂う。

◆コーエン米元国防長官が中国支持を表明!?

さらに奇怪なのは、コーエン前アメリカ国防長官(クリントン政権時代)が中国支持を表明していることだ。

7月14日、中央テレビ局CCTV4(中文国際)の記者は、非常に流暢な英語でコーエン氏を取材している

このニュースは繰り返し報道され、香港の「香港鳳凰BS」も同じタイトルでコーエン氏の発言を繰り返し報道した。

コーエン氏は基本的に鳩山氏と同じことを述べ、さらに「アメリカが国連海洋法条約に加盟していないのは、アメリカのまちがいである」とまで述べている。その言葉を引き出したとして、どの放送も前置きに、コーエン氏のこの言葉を述べ、中国の正当性を強調した。

◆ASEM議長声明に盛り込めなかった南シナ海判決問題

このような状況だから、中国のアセアン諸国への切り崩しとヨーロッパ諸国への切り崩しは激しく、ついに議長声明は南シナ海に関する国際司法の判決遵守を盛り込むことができなかった。

判決だけでなく、「国連海洋法条約」そのものを無力化し、日本とアメリカのかつての要人を味方につけて、中国の必死の抵抗が続く。

一連の出来事の中で、筆者が最も衝撃を受けたのは鳩山氏の言動である。

もちろん日本には言動の自由がある。アメリカもそうだろう。

しかし、一国の首相を務めたことのある人物は、それなりの責任を日本国民に対して持つべきではないのか。これにより、現在の民進党および野党4党連合に対する危機感を日本国民、特に東京都民が抱くとは思わないのだろうか?

野党が推薦する都知事選立候補者に、必ずマイナスの影響をもたらすのは目に見えている。少なくともその責任を自覚すべきだったのではないのか?

日本の国益のため、そして日本国民を守るため、もっと慎重な言動を望みたい。

*追記:ASEMの議長声明に関して、たとえば7月16日付の日経新聞は「南シナ海言及見送り ASEM議長声明、各国思惑一致せず」という見出しで書いている通り、「中国との関係を巡る各国の思惑が一致しなかった」とのこと。同記事の「全文」を読むには登録が必要だが、そこには<最終的にまとまった文章は南シナ海など特定の地域には触れずに「国際法の原則や国連海洋法条約に基づく紛争解決の重要性で合意した」との表現になった。2 年前の前回ASEM会合とほぼ同じ内容だ。日本政府関係者は「議長国のモンゴルを困らせるわけにもいかなかった。内容には満足している」と説明した。>とある。

TBSのニュース「ASEM議長声明、南シナ海問題の具体的言及なし」でも、同様のことを言っている。

英文の原文はこちらをご覧いただきたい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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