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中国は座視しない!――朝鮮半島問題で王毅外相

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
朝鮮半島有事を想定して行なわれる米韓合同軍事演習(写真:ロイター/アフロ)

3月8日、全人代の外交部記者会見で王毅外相は北朝鮮問題に関して「中国は絶対に座視しない」と強い口調で断言。せっかく対北朝鮮制裁決議に賛同したのに、戦争を誘発する米韓合同軍事演習を行っていると暗示した格好だ。

◆全人代の記者会見における王毅外相発言

全人代は初日午前中の全体会議における政府活動報告が終わると、各行政区分に分かれて分科会を開催し政府活動報告に関する審議をそれぞれ行うが、対外的には毎日のようにテーマ別に記者会見を開いて、現状を説明する。内外記者からの質疑応答にも応じるので、なかなかの見ものである。記者の質問は予め指名されていることが多いようだが、それでもこの質疑応答はおもしろい。

今回は3月8日午前、中国の外交政策と外交関係問題に関する記者会見で、王毅外相(外交部部長)は韓国のテレビ局記者の質問に答えた。強い語調と厳しい表情だった。この様子は中央テレビ局CCTVでも伝えられたが、中国共産党機関紙のウェブサイト「人民網」が文字化した内容を伝えているので、それを引用したい(リンク先は「人民網」の「両会(全人代と全国政治協商会議)(lianghui)に関する「決勝開局」というページである)。

以下は質問と応答の概要だ。

質問(韓国テレビ局記者):中国は歴史上最も厳しいとされている対北朝鮮の安保理決議に賛同しました。ただし問題はどのように執行するかです。中国外交部はたしかに(制裁を)厳守すると承諾しましたが、有効的に履行するために中国はどのような努力をするのか、ということが問題となります。安保理決議では、北朝鮮が鉱物を輸出することを禁止していますが、しかし民生に必要な物資は例外とされています。中国政府は民生と非民生物資を、どのようにして区別しておられるのでしょうか?

回答(王毅外相):中国は安保理常任理事国として責任があると同時に執行能力も持っています。民生の概念に関してですが、これは誰もが認識を共有しているものだと思います。中国は安保理決議を執行するに当たり、当然のことながら客観的かつ公正な態度で臨み、必要な評価と認定と監督を行ないます。(国連安保理)2270号決議は制裁を含んでいるだけでなく、六カ国協議を再び申し込むことを含んでいるという事実を忘れてはなりません。関係各方面が、朝鮮半島の緊張を高めるような、いかなる行動をも避けるよう私はここに強く要求します。対話こそが問題を根本的に解決する道なのです。

だというのに、朝鮮半島情勢は目下、一触即発の局面にあり、戦火の敵意に満ち満ちています。もし、この緊張状況が増し、コントロールを失ったとすれば、全ての関係者には災難が降りかかってくるでしょう。

朝鮮半島の最大の隣国として、中国は朝鮮半島の安定が根本的に破壊されるのを座視するわけにはいかないのです。中国の安全と利益がいわれなく損なわれるのを、中国が座視することは絶対にない!

われわれは各方面の関係者が理性的に抑制し、矛盾を激化させないことを望む!

◆「戦争になったら、アメリカのせいだ」――環球時報が北朝鮮の声を

「環球時報・軍事」が、「米韓が30万規模のかつてない軍事演習  北朝鮮:もし戦争になったら全てアメリカのせいだ」という見出しの記事を、3月7日に報道した。

「環球時報・軍事」は、自分自身の報道として、まず次のように書いている。

――米韓はこれまでにない規模の合同軍事演習を韓国で行い、韓国軍は全体で65万人しかいない中、米軍1.5万人、韓国軍30万人以上を動員している。「キー・リゾルブ」と「フォール・イーグル」と銘打つ軍事演習が始まったのは、まさに北朝鮮の核実験や長距離弾道ミサイル発射などによって朝鮮半島の緊張が絶え間なく高まっていた時期だ。アメリカの原子力潜水艦、原子力空母、ステルス戦闘機などを演習に参加させている。さらに凶悪なのは、この米韓合同軍事演習は「先制攻撃」「平壌を占領せよ」「斬首作戦」などを含んでいるということである。

その上で、3月6日付の北朝鮮の「労働新聞」の以下のような報道を転載している(朝鮮は北朝鮮のこと。ママで翻訳する)。

――「勝敗を決する最後の決戦が、いよいよ到来した」。4日、朝鮮最高指導者はその国の軍隊にいつでも核爆弾を発射できる準備をせよと命令した。疑いもなく、誰一人として朝鮮半島で戦争が爆発することを望んではいない。しかし現在、双方は互いに真正面から突き進み、退く意思を見せていない。

「環球時報・軍事」は、さらに韓国、ロシア、アメリカおよびイギリスなど各国メディアの報道を引用した上で、「労働新聞」の以下の報道をさらに転載している。

――米韓は再び朝鮮の最低ラインに挑戦しようとしている。先頭に立って対朝“制裁決議”に挑んだだけでなく、朝鮮に対する前代未聞の規模の侵略的な「キー・リゾルブ」と「フォール・イーグル」という合同軍事演習を強行している。これは対朝鮮の“経済制裁”を軍事攻撃に転換したことを意味し、最終的には朝鮮を侵略する非常に危険な戦争への挑戦である。(中略)アメリカはたえまなく朝鮮半島で大規模軍事演習をし続けているが、これは朝鮮を襲撃する機会を狙っているものと言える。アメリカはあらゆる種類の武器を朝鮮半島の南側の土地の上に配備しているが、これは朝鮮への先制攻撃を意図していることを、遺憾なく暴露している。

おおむね以上のような引用だが、これは実は中国自身の考えであり、かつ3月8日の王毅外相の発言と深く関連していることがわかる記事がある。

◆王毅外相発言と北朝鮮発言を一つにした報道

その記事とは、中国ネット空間のポータルサイトSohuの軍事ページの報道である。タイトルは「王毅、朝鮮半島の一触即発状態に応答:中国は座視しない」だ。このページでは、王毅外相の声を聴くこともできれば、表情を観ることもできる。そこには「人民網」に載っている王毅外相の記者会見における回答とともに、「環球時報・軍事」の記事を載せ、組み合わせて報道している。

ということは「中国は座視しない」のは、「もし戦争になったら全てアメリカのせいだ」から、ということになる。北朝鮮の「労働新聞」の言葉を借りてはいるが、中国もまた米韓合同軍事演習を、韓国にTHAADを配備すると同じくらいに、「中国に対する挑戦でもある」とみなしていることになろう。

中国は、アメリカとともに国連安保理常任理事国として対北朝鮮制裁決議に賛同しているために、なかなかアメリカに対して米韓合同軍事演習をやめろとは言いにくい立場にある。アメリカが、これは北朝鮮に対する牽制以外の何ものでもないと弁護するのを知っているからだ。中国が米韓を批難すれば、アメリカから「やっぱり中国は北朝鮮の味方をする気か」と言い返されるのを中国は知っている。

冒頭にご紹介した王毅外相の発言を注意深くご覧いただくと、そこには「アメリカ」という言葉はなく、「関係各方面(各方面の関係者)」という言葉を慎重に選んでいることに、お気づきになるだろう。

しかし、万一にも本当に朝鮮半島が戦火に見舞われることがあったら、中国は中朝同盟に沿って北朝鮮側に付かなければならないことになる。

それだけは「ごめんだ!」と中国は思っている。アメリカとは戦いたくない。

それならいっそのこと「自ら北朝鮮に攻め込み中朝戦争を起こした方がましだ」とさえ思っているくらいだ。

その中国のジレンマが、王毅外相の「中国は絶対に座視しない」という言葉として現れたと解釈すべきだろう。王毅外相が記者会見場で「アメリカ」という言葉を使わなかった細心の配慮は逆に、そのジレンマがいかに激しいものであるかを物語っていると、筆者には見える。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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