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北朝鮮がアメリカに平和協定要求――新華網は2015年10月18日にすでに報道

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

アメリカのメディアが「1月6日の核実験前に北朝鮮が米国に対し朝鮮戦争の休戦協定を平和協定にするよう交渉していた」と2月21日に発表し、アメリカ国務省のカービー報道官がそれを認めたが、中国政府の新華網は、昨年10月18日に既にその事実を報道している。

◆北朝鮮がアメリカに「平和協定」を要求したわけ

今年2月21日に、「1月6日の核実験前に北朝鮮が米国に対し朝鮮戦争の休戦協定を平和協定にするよう交渉していた」と、ウォール・ストリート・ジャーナルが報道し、アメリカ国務省のカービー報道官もそれを認めた。

それらによれば、カービー報道官は「北朝鮮が平和協定交渉を提案した」と接触を認め、「アメリカは北朝鮮の非核化が議題に含まれなければならないと返答した」ところ、「北朝鮮が拒否した」とのこと。

これらの動きに関しては、中国では2015年10月18日に中国政府の通信社のウェブサイトである「新華網」や、中国共産党の機関紙のウェブサイト「人民網」などが、一斉に報道している。

タイトルは「朝鮮はアメリカに平和協定締結を再三呼び掛けている」である。

この「平和協定」とは、「朝鮮戦争(1950年6月25日~1953年7月27日)において署名された休戦協定を、終戦を意味する平和協定(講和条約)に切り替えてくれ」という意味の平和協定である。

1953年7月27日に板門店で、連合国軍を代表してアメリカ陸軍が、朝鮮人民軍および中国人民志願軍の代表と「休戦協定」に署名した。

この休戦協定には「最終的な平和解決が成立するまで朝鮮における戦争行為とあらゆる武力行使の完全な停止を保証する」という文言がある。しかし、その「平和的解決」がこんにちになってもまだ成されてないので、平和協定に持っていってほしいというのが北朝鮮の言い分だ(この部分だけを見ると、北朝鮮の言い分がまるで「美しく、正義」のように見えるが、途中には紆余曲折があり、もちろんそんな単純なものではない。その過程はあまりに長くなるので省く)。

ただ、北朝鮮の「平和協定締結要求」は今さら始まったものではなく、前述した「新華網」や「人民網」のタイトルにある通り、北朝鮮は「再三にわたって」、平和協定締結の要求をしてきたのである。

なぜなら、休戦協定の約束に従って、中国は中国人民志願軍を、1958年までに完全に北朝鮮から撤退させているのに、アメリカは約束を守っていないからだというのが、北朝鮮の言い分である。

アメリカは休戦協定に署名した3カ月後の1953年10月1日に韓国と新たに「米韓相互防衛条約」を結んだだけでなく、休戦協定に違反して韓国に米軍を駐留させている、と北朝鮮は主張する。

だから、休戦協定などすでに無効で、改めて連合国を代表してサインした国として、アメリカは北朝鮮(および中国)と、「終戦」を意味する「平和協定」を結ぶべきである、というのが、北朝鮮の要求だ。

今般ウォール・ストリート・ジャーナルが発表した「北朝鮮がアメリカに平和協定締結を要求していた」という時期は、おそらく「新華網」と「人民網」などにあるように、2015年10月18日に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』が掲載した北朝鮮外務省の声明(10月17日)の流れを受けていると思われる。

それは明らかに北朝鮮が核実験をおこなう前の一段階に当たる。

◆なぜ「2015年10月17日」に平和協定をアメリカに呼びかけたのか?

多くの事象があったので、一つ一つ記憶していることは困難だが、2015年10月16日に何が起きていたかを思い出してみよう。

実は2015年10月16日、韓国のパク・クネ大統領はアメリカのホワイトハウスでオバマ大統領と米韓首脳会談を行った。会談後の共同記者会見で、両首脳は「北朝鮮の非核化」に言及し、「北朝鮮の核問題は最大限の緊急性と決意を以て外交的に解決すべき問題」と位置付けて、その解決に対する取り組みを強化すると発表した。

この共同記者会見に対して北朝鮮の外務省が激しく反応したのである。

だから10月17日に声明を出し、それを10月18日に中国大陸の政府系メディアが一斉に報道した、という経緯だ。

◆北朝鮮外務省の声明内容

結果、北朝鮮外務省は、おおむね以下のような声明を発表した。

――もし朝鮮半島の問題を解決しようというのなら、平和協定締結が最優先されるべきだ。さもなければ、いかなる問題も解決できない。朝鮮半島非核化の問題が失敗に終わっている最大の原因は、アメリカが(北)朝鮮を敵視する政策を採っているからだ。米韓の大規模軍事演習をしたり、韓国に米軍を駐留させるだけでなく、アメリカはさらに強力な核攻撃を可能にさせる軍事的挑発を韓国に持ち込もうとしている。これは(朝鮮戦争の休戦協定が約束した)平和的解決を遅らせるだけでなく、朝鮮半島に悪循環をもたらしている。

最も優先的に解決しなければならないのは「停戦(休戦)協定」を「平和協定」に持っていくことだ。

朝鮮半島に平和をもたらす方法は二つある。

その一は、(北)朝鮮が核を中心として自衛的国防力を高めていき、冷戦構造の形を取って、アメリカが(朝鮮戦争休戦後)間断なく強めている軍事的威嚇に対してバランスを保つこと。

もう一つは、アメリカが(北)朝鮮に対する敵視政策を放棄して、(北)朝鮮が定義している平和条約締結に署名し、互いに信頼する、真の永久的な平和を出現させることだ。

もし米朝間に真の信頼を構築することができ、戦争の根源を除くことができれば、核軍備競争を初めて終わらせることができ、堅固な平和がやってくる。

アメリカはいつまでも平和条約締結を回避すべきではない。正しい選択をすることを望む。

北朝鮮外務省の声明は、おおむね以上のようなものである。

これに対しては中国も賛同の意を表しているために、中国政府と中国共産党のメディアが大きく扱ったものと判断される。

中国では「アメリカは北朝鮮問題を口実に、朝鮮半島に乗り出し、中国を追いこもうとしている」という論調が多い。

中国大陸のネットには、「ひょっとしたら北朝鮮が暴走する陰には、アメリカがいるのではないか」という一般ユーザーのコメントさえ見られる。つまり「アメリカが陰で北朝鮮をコントロールし、中国を追い込み、アジアで優位な立場に立とうとしている」という意味だ。「北朝鮮問題がないと、アメリカは困るんじゃないのか」という書き込みもある。

北朝鮮をおとなしくさせることができない中国のジレンマは、複雑な形で噴出していると言っていいだろう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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