日韓外相会談により中国の慰安婦問題は困難に――今後の日中関係にも影響

画期的成果をもたらした日韓外相会談(2015年12月28日)(写真:Lee Jae-Won/アフロ)

 日韓外相会談で慰安婦問題に関して合意し、日韓両国は今後、国連など国際社会で互いに非難しないとした。本問題で中国は韓国と連携しながら2年後のユネスコ世界記憶遺産申請を準備していたが、その試みは非常に困難になる。

◆韓国を抱き込んだ中国の狙い叶わなくなる

 習近平政権になってからというもの、韓国の朴槿恵(パククネ)大統領との蜜月関係が続いていた。その狙いはAIIB(アジアインフラ投資銀行)への勧誘や米韓離間など多くの目的があるが、中でも対日歴史問題に関して中韓が共闘することだった。これは日韓関係改善の大きな阻害要因となっていたが、今般の日韓外相会談により、中国のもくろみは実際上、失敗に終わったと言っていい。結果、中国は今までのように居丈高に日本に歴史カードを突き付けてくることが不可能になるだろう。

 日韓外相会談では、おおむね以下のことが合意された。

1. 当時の軍の関与のもとに、多数の女性の名誉と尊厳を傷つけたことに対して、日本政府は責任を痛感している。

2. 安倍首相はそのことに関して、心からの反省とお詫びを表明している。

3.韓国側が設立する財団に、日本政府の予算から資金(10億円)を拠出し、心の傷を癒す措置を講じる事業を支援していく。

4.在韓日本大使館前に置かれた元慰安婦の少女像に関しては、韓国政府はそれを移動すべく関連団体と協議し、適切な解決に向けて努力する。

5.今般の合意は「最終的かつ不可逆的」で、日韓両国は今後、国連など国際社会において、互いを非難することをしない。

 これらの合意は実に画期的な成果で、日韓関係に関してのみならず、日中関係に関しても大きな分岐点となると言っても過言ではない。

 韓国が一歩踏み込んだ政治決断をした背景には、冷え切った日韓関係がもたらす韓国経済界の不満という国内世論や、同盟国アメリカに対して「韓国は決して中国寄りではない」ところを見せたい思惑もあっただろうが、来年の大統領選にまでこの問題を引きずりたくなかったという狙いもあったものと思われる。

◆2000年前後、中国は慰安婦問題に無関心だった

 そもそも、中国は2000年前後、慰安婦問題に関して無関心だった。

 実は筆者は2000年に日中韓の若者の意識調査を実施すべく、中国や韓国の教員たちと事前の打ち合わせを行なったことがある。そのとき韓国からは歴史認識に関して、何としても慰安婦問題を入れてくれという強い要望があった。ところが中国側の教員からは「慰安婦問題ってなあに?」という質問があり、驚いた。説明をすると、「そんなこと中学生には聞けないし、説明してからでないと調査に入れないので、その項目はアンケートから削除してほしい」という要望を受けた。

 だが韓国側が断固、削除を拒んだ。

 そこで実に好ましくない形だったが、アンケートを配布する前に、中国の教員が生徒に慰安婦問題に関して「初めて」説明し、それから意識調査をするという羽目になったことがある。

 ことほど左様に、2000年前後、中国ではまだ「慰安婦問題」などという概念さえ普及していなかったのである。

 それが逆輸入されるようになったのは、一つには韓国からで、もう一つにはアメリカからだ。

 カリフォルニア州サンフランシスコの近くにあるクパナティーノには「世界抗日戦争史実維護聯合会(Global Alliance for Preserving the History of WW II in Asia)」(略称:史維会)という組織があり、1992年あたりから活動を活発化させている。発端は80年代になって、初めて「南京大虐殺」(南京事件)を知ったということだった。

 クリントン政権(1993年1月~2001年1月)のときに、91年末のソ連崩壊を受けて始まった情報公開に基づき制定された「1998年ナチス戦争犯罪開示法」をテコに、史維会はロビー活動を通じて「2000年日本帝国政府開示法」制定に漕ぎ着け、800万件に及ぶ「日本の戦争犯罪」に関する資料を掘り起こしたと言われている。

 しかしその中には慰安婦問題に関する十分な資料が含まれていなかった。そこで南京事件の告発に専念していたが、やがて在米コーリアンが増えるにしたがってコーリアン・ロビーと提携するようになり、2005年辺りから慰安婦問題にも取り組むようになる。

 史維会はその後、世界各地に増え(41か所)、2007年になるとカリフォルニアとカナダの史維会が4人の元慰安婦を招待し、各地方議会で証言させた。マイク・ホンダなどに政治資金を貢いで、アメリカ下院やカナダ議会を動かすようになる。

◆吉林省資料館で旧日本軍資料を発掘

 一方、2014年1月9日、中国政府の通信社のウェブサイト「新華網」は、吉林省資料館が発見した旧日本軍の遺留資料から、戦時中の慰安婦の強制連行が日本政府によるものだったことを示す有力な資料32点が見つかったと伝えた。

 その結果、中国外交部(外務省)の報道官は、同年6月10日の定例記者会見で、「南京事件」と「慰安婦問題」の歴史資料をユネスコの世界記憶遺産に登録すべく申請したことを明らかにした。中国の慰安婦問題は、ここからようやくスタートしたと言ってもいい。

◆これからの日中関係にも波及

 中国は10月9日に、「南京事件」資料に関してユネスコの世界記憶遺産登録に成功したが、同時に申請していた慰安婦問題に関しては登録を実現することができなかった。そこで中国は次回の審査である2017年までには、韓国と連携して慰安婦問題に関しても記憶遺産登録を目指していた。

 そのため中国は10月28日、韓国ソウルの城北区で韓国人と中国人の慰安婦を象徴する少女像2体を設置し、中韓共同で除幕式をおこなった。

 しかし今般の日韓外相間(事実上日韓両国間)における合意は、中韓連携による対日歴史カードの共闘を不可能にしてしまったとみなすことができる。

 11月1日にソウルで開催された日中韓首脳会談における日中首脳会談で、中国の李克強首相は「中日関係がなぜ回り道をしたか、その原因を日本側はよくわかっているだろう。歴史を鑑(かがみ)として未来に向かい、敏感な問題を善処する必要がある」と、上から目線で安倍首相を「諭(さと)した」が、これからは、このような態度に出ることは困難になるにちがいない。

 安倍首相としても、日韓国交正常化50周年の今年以内に、なんとしても日韓関係の改善を狙ったものと思われるが、これは同時に日中関係に大きく波及していくだろう。

 しばらくはまだ、韓国内の世論や、アメリカのコーリアン・ロビーあるいは史維会などの反応も注意深く見ていかなければならないが、少なくとも来年からの「歴史問題」に関わる日中関係に関しては、中国はこれまでのような強気に出ることは困難になったことは確かだと思う。それも含めて、今後の動向に注目したい。