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江沢民が習近平の左に並んだわけ――軍事パレードにおける天安門楼上

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

9月3日の軍事パレードで習近平の左隣(向かって右)に江沢民が、そのまた左に胡錦濤が並んだが、その意味に関して「腐敗問題で習近平に従ったことの証しか」と解説した日本メディアがあった。あまりの勘違いに驚いた。

◆天安門楼上の並び方に対する報道

(どうしても時間が取れなかったため)今さらで申し訳ないが、9月3日に行われた抗日戦争勝利式典における軍事パレードで、中国の国家指導層たちが天安門の楼上に並んだことが話題になった。中でも注目されたのは江沢民元国家主席と胡錦濤前国家主席の姿と位置だ。

その他、現役の中共中央政治局常務委員だけでなく、江沢民時代や胡錦濤時代の常務委員などの長老も並んでいたことから、まずは「これは腐敗撲滅に対する反対派もいる中での団結を意味する」という解説が多かった。

つぎに目立ったのは、「江沢民元主席や胡錦濤前主席が習近平主席のそばに並んでいるのは、きっと習近平主席が反腐敗運動で、江沢民派の周永康や胡錦濤派の令計画を逮捕していることに対して、それを承服したと表現するためだろう」といった趣旨の解説だ。

いずれにしても、「反腐敗運動」と関連付けている。

その裏には、「反腐敗運動は権力闘争だから」といった視点が見え隠れする。

こういった解説は、中国の「中共中央の並び方の基本ルール」を知らないだけでなく、さまざまな意味で見当違いだ。

まず、建国以来初めての抗日戦争勝利記念日における軍事パレードに、外国の賓客を招聘して天安門楼上に並んでもらいながら、自国の指導層や長老たちを並ばせないなどということは絶対にありえない。

外国の賓客を呼ばなかったとしても、過去の指導層たちに同時に並んでもらうのが、中国共産党体制の習わしだ。

ましていわんや、全国的な抗日戦争勝利祝典を始めたのは江沢民だ。

歴史歪曲の創始者である。彼を呼ばなくて誰を呼ぶ。

それも並ぶ順序には、中共中央内で、きちんとした規則がある。

◆中共中央で決まっている並ぶ基本ルール――「左上位」

そもそも、「習近平、江沢民、胡錦濤」らを「主席」という肩書で読んだ時点で、この基本ルールを知らないということが分かる。

並ぶ順序は「国家主席」という、全人代で決まる中国政府「国務院」の肩書ではなく、「中国共産党中央委員会(中共中央)総書記」という身分によって決まっている。

国内だけで祝典を行い天安門楼上に並ぶときは、「中央が現任の中共中央総書記」が列の中心に立ち、総書記の左隣(向かって右側)に、中共中央で次に偉い人が立つ。次に偉いのは「これまでの総書記」で、生きているなら、古い方が現任総書記の左隣に立つ。

中国ではこういうときに「左上位」という基本ルールがある。

これは「左大臣」から来ており、右大臣(左大臣の輔佐)よりも位が上だ。

そのルールに従い、2015年9月3日の時点では江沢民が現任総書記・習近平の左側(習近平の左腕の側)に立つことになる。その次に偉いのは江沢民の次に中共中央総書記になった胡錦濤なので、胡錦濤が江沢民の横に立たなければならない。

もし外賓がいない場合なら、習近平総書記の左手側(向かって右側)に江沢民が立ち、習近平の右手側(向かって左側)に胡錦濤が立つという順番になっている。

その他の者は、9月3日の場合は、国内は左側、外賓は右側にしたので、胡錦濤の左側にすでに退任した長老(チャイナ・ナイン=胡錦濤時代の中共中央政治局常務委員や、その前の中共中央政治局常務委員)らが、当時の党内序列と時期の古い順に並んだだけのことである。

チャイナ・セブン(習近平政権時の中共中央政治局常務委員)だけが並ぶときは、左→右→左→右……といった具合に、総書記を中心にして並ぶ。党内序列を( )の中に書くなら、たとえば、

張高麗(7)-劉雲山(5)-張徳江(3)-習近平(1)-李克強(2)-兪正声(4)-王岐山(6)

のように、習近平総書記を中心として、左隣に党内序列ナンバー2が来て、右側にナンバー3が並び、それ以降、同様に左→右→左→右……と順序よく分けて並ぶのである。

それなのに、たとえば第17回党大会(2007年)のときは、胡錦濤政権の二期目の党大会だったのに、「胡錦濤―呉邦国―温家宝…」の党内序列なのだから

・・・・・・温家宝―胡錦濤―呉邦国・・・・・・・

と並ばなければならないところ、現役のチャイナ・ナインが並ぶ党大会の場面だというのに、5年前に引退している前総書記の江沢民がしゃしゃり出て列に割って入ったものだから、

・・・・・・呉邦国―胡錦濤―江沢民―温家宝・・・・・・

という非常にいびつな形になり、胡錦濤を悩ませた。

この苦痛を次期総書記に味合わせてはならないとして、「引退した長老は次期政権に干渉してはならない」というルールを胡錦濤は決定し、政治的遺産を習近平に残してあげた。したがって新聞に載せるチャイナ・セブンの写真には、胡錦濤も江沢民も出て来ないという「進歩」がある。

◆反腐敗運動は権力闘争ではない

胡錦濤政権においては激しい権力闘争があった。それを筆者は『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』で詳細に論じた。権力闘争が起きていたのは胡錦濤が江沢民の大敵で、江沢民は何としても自分の派閥をチャイナ・ナインに入れて胡錦濤‐温家宝体制を崩したかったからだ。

しかし習近平政権は状況が全く異なる。

習近平は江沢民派なのである!

なんとしても権力の座に就き続けていたかった江沢民は、胡錦濤‐温家宝体制を切り崩そうと、上海市書記の陳良宇を育て上げていた。ところがそれを知った胡錦濤は2006年に陳良宇を腐敗問題で逮捕。2007年の第17回党大会に備えた。

持ち駒を失った江沢民は、急遽、陳良宇の代わりに習近平を据え、胡錦濤が推薦する共青団派の李克強を抑えようとした。

こうして2007年の大17回党大会では、習近平の党内序列を李克強の一つ上に持って行くことに成功。この時点で次期総書記(国家主席)と国務院総理(首相)の候補者序列が決定したのである。

つまり習近平は、江沢民の後ろ盾により、総書記と国家主席に就くことができたのだ。

その江沢民と権力闘争をしてどうする。

腐敗撲滅運動で江沢民の部下が多いのは、腐敗の根源を創ったのが江沢民だからである。

第18回党大会で胡錦濤も習近平も「腐敗を撲滅しなければ、党が滅び、国が滅ぶ!」と声を張り上げた。

まさにその通りだ。中国共産党体制そのものが、もう持たないのである。権力闘争などしている場合ではない。そんなゆとりはもうないのだ。習近平はむしろ、自分の代で共産党一党支配体制が終わってしまうのを怖がっている。ラスト・エンペラーになりたくない。それだけで必死なのである。

逮捕された者の中に、たしかに胡錦濤の事務局を扱う令計画がいた。しかし、令計画が逮捕されたのは彼が共青団派だからではなく、彼が山西省の商人グループ「西山会」として暗躍していたからだ。そこには政治派閥はなく、山西省出身者という出身派閥があっただけである。

いずれにしても胡錦濤は江沢民のように中央軍事委員会主席に居座って次期政権を困らせるようなことはしていない。すべての権限を習近平に渡している。だから胡錦濤と習近平の間には権力闘争はなく、むしろ習近平の座を狙っていた薄熙来を胡錦濤政権の間に始末してくれたので、習近平は胡錦濤に感謝している。

筆者が『チャイナ・ナイン』で、あまりに党内権力闘争をつぶさに論じたので、その印象を残したまま習近平政権のチャイナ・セブンを分析する傾向にあるが、視点を変えなければならない。引きずらないでほしいと望むが、「自業自得か」と複雑な気持ちだ。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』にその辺を書いたが、悪口を書いてないと面白くないという読者の心理があるのか、なかなか真実を客観的に見てくれない。

筆者は、中国がまちがっていることに関しては一歩も譲らず遠慮しないが、事実を歪めてまで批判することはしない。それは中国を正確に分析し、日本に役立てるという目的にもそぐわないからだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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