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中台、国共党首会談――2016年総統選挙に有利になるのか?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

中国共産党の習近平総書記は4日、台湾の朱立倫・国民党主席と会談した。大陸としては2016年の台湾総統選挙で親中派の国民党に勝ってほしい。昨年の統一地方選挙で惨敗した国民党にとって、この会談は有利になるのか?

◆人民大会堂「福建の間」で6年ぶりの党首会談

5月4日午前、習近平国家主席は中国共産党総書記として台湾の国民党の朱立倫主席(党首)と人民大会堂で会談した。会談したのは「福建の間」だが、習近平総書記は福建の間から出てきて入口に立ち、朱立倫主席らが近づいてくるのを待った。一団が近づいてくると、朱立倫主席をはじめとした国民党代表団ひとりひとりと握手をしてから、福建の間に招き入れた。

このようなことは、かつてなかったことだ。

よほど台湾を重視したい事情が中国大陸側にあるとしか思えない。

中央テレビ局CCTVもトップニュースであつかい、共産党機関紙「人民日報」の電子版「人民網」も中国政府の通信社である新華社の電子版「新華網」も大々的に報じた。

習近平総書記は、「一つの中国」という政治的視点を基礎に置き、以下の五つの原則を述べた。

1.「92コンセンサス」を守り、台湾独立に反対する。

(遠藤注:92コンセンサスとは、1992年に中台間で交わされた合意で、中国大陸側にとっては「中国」とは「中華人民共和国」だが、台湾側にとっては「中国」とは「中華民国」であることを認めたもの。台湾の民進党は、92コンセンサスを認めていない。中国語では「九二共識」と称する。)

2.両岸関係の利益を融合させ、ウィン-ウィン関係を創り出す。

(遠藤注:中国大陸としては「一つの中国」なので、「中台」とは言わず「両岸」と称する。)

3.人的交流を促進させる。われわれは同じ中華民族であり、同じ中華文化を持つ。特に若者の交流を盛んにさせ、共通認識を強める。

(遠藤注:昨年、若者が中心となって「ひまわり運動」という抗議運動をしたことに対する危機感を中国大陸側は抱いている。)

4.国共両党は大局的観点に立つべき。肝心なのは「慮善以動、動惟厥時」である。

(遠藤注:「慮善以動、動惟厥時」とは、中国最古の政治史・政教を記した『尚書』から来た警世の句で、「何かをするときには必ずその結果を考慮して良い行いをし、時宜を逃してはならない」という意味。)

5.中華民族の偉大なる復興は両岸の同胞がともに力を合わせて一緒に行わなければならない。両岸同胞と世界にいる中華民族が心を一つにしさえすれば、必ず中華民族の偉大なる復興は成し遂げられる。

これに対して朱立倫主席は「92コンセンサスは、2005年に国民党の綱領の中に書き入れた。両岸は同じ中華民族として運命共同体である」とした上で、AIIB(アジアインフラ投資銀行)加盟への希望を伝えた。

◆2016年の台湾総統選

習近平総書記としては、2016年1月の台湾総統選挙において、何としても親中派の国民党に勝利してほしい。なぜなら台湾の最大野党である民進党は、台湾独立を志向しているからだ。

いま台湾の政党と民意は、非常に複雑な関係にある。

北京政府寄りの馬英九総統(このときは国民党主席を兼任)が中台間のサービス分野の市場開放を目指す「サービス貿易協定」を強引に可決させようとしたことに反対した学生たちが、昨年3月18日、立法院(日本の国会に当たる立法機関)を占拠した。このとき学生たちを応援する市民からひまわりが送られたことから、この運動を「ひまわり運動」と呼ぶ。数万人に及ぶ市民も立法院の外で抗議活動に参加し、民進党も抗議運動を応援した。

占拠が激しくなるにつれて、王金平・立法院長(国会議長)は「この問題は立法院内の問題」として馬英九政権の関与を排除し、自らの主導で与野党間の協議を行うとした。学生たちは王金平を信じて、立法院占拠を撤去したという経緯がある。

この王金平という人物の存在が、(良くも悪くも)台湾政界と民意を複雑にさせている。

王金平はもともと国民党から出馬した立法院議員ではあったが、台湾生まれの「本土派」であることから、馬英九は王金平をライバル視していた。本土派というのは、「台湾こそはわれらの本土」とみなす土着の台湾人あるいは台湾で生まれ育った人々のことを指す。

1949年に大陸における国共内戦に負けた国民党が台湾に逃亡してきたのだが、その国民党軍やその家族たちを「外省人」として、台湾にもともといた人たち(本省人)は嫌っていた。

王金平は本省人として強い本土意識を持っているのだが、李登輝元総統に近く、国民党内の本土派として国民党から出馬している。

そのため北京政府寄りであるが故に若者に嫌われている馬英九は王金平を党内の敵とみなしてきたのだ。それに対して王金平は若者にも一般庶民にも人気があり、民進党からさえ一目置かれている。

こういった背景があるため、2013年9月、民進党立法委員の会計事件に関して検察側の上訴断念を違法に働きかけた疑いがあるとして、王金平の党籍剥奪を国民党が決めた。だが、台北地方裁判所が王金平の地位保全を求める仮処分申請を認めたことにより、党籍は当面保留されていたという情況にあった。

ところが昨年末、台湾の統一地方選挙で国民党が惨敗すると、その責任を取って馬英九が国民党主席の座を辞任し、事態は一変した。

馬英九の代わりに選ばれた朱立倫主席は王金平の党籍を戻し、王金平は今、国民党員として立法院長を務めている。

◆誰が台湾の次期総統になるのか?

それなら、次期総統候補には誰が立つのかが問題となっている。

朱立倫は先般、自分は総統選には立候補しないと明言した。となれば、国民に最も人気がある王金平が立候補することになろうか。

民進党は4月14日、蔡英文(女性)主席を2016年1月の台湾総統選挙の党公認候補に正式決定した。北京政府寄りの馬英九政権を国民が嫌っているため、台湾独立を志向する民進党には有利だ。

しかし国民党は嫌われていても、王金平は国民に慕われている。

民進党は今では国民党より人気があるが、党首の蔡英文主席が王金平より圧倒的に人気があるかというと、微妙だ。

もちろん当選すれば、台湾史上初の女性総統誕生となるので、それなりに国民は興味を抱いている。

◆最新の台湾民意調査の結果

4月29日、「新台湾国策智庫(智庫:シンクタンク)」が興味深い民意調査を発表している(データ分析においては敬称を省略する)。

それによれば、王金平の支持率は38.8%で、朱立倫の支持率は35.7%であるという。

3月の世論調査では王金平33.4%、朱立倫39.9%だったのだが、朱立倫が「私は2016年選挙には出馬しないよ。それでいいだろ?」と記者を追い払ったことから、一気に人気が落ちている。

一方、民進党の蔡英文主席の支持率は、「朱立倫vs蔡英文」でアンケートを取ったところ、「34.8% vs 50.5%」だったとのこと。

それなら「王金平vs蔡英文」ではどうなっているかというと、「32.2% vs 49.3%」になったという。

1月の調査では、これほど大きな差はついていなかったが、蔡英文が立候補宣言をしたことにより、一気に王金平を上回ったようだ。

結果的に言うならば、民進党の女性党首、蔡英文が現時点ではトップに立っているということになる。

さらに国民党に対する満足度に関しては、「不満が71.5%」、「満足が21%」と、国民は強烈な不満を国民党に対して抱いていることが分かった。

では民進党に対してなら非常に満足しているのかというと、必ずしもそうではなく、「不満が51.7%」で「満足が37.6%」と、国民党よりはいいという程度だ。

それに対して蔡英文本人に対する満足度は61.4%で、不満は25.1%と少ない。

朱立倫に対しては満足度45.7%で、不満は31.2%。

その朱立倫主席は、習近平総書記と会談して、国民党に有利になると思っているのだろうか?

習近平総書記は朱立倫を厚遇して、来年の総統選挙に利すると踏んでいるのだろうか?

少なくともこのデータからは、かえって不利になるのではないかと予測されるが……。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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