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AIIB、紅い皇帝の裏事情

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

中国がアジアインフラ投資銀行AIIBを主導する主たる動機は、アジアにはインフラ建設の高いニーズがあるからだが、紅い皇帝は実はインフラ関連国有企業の生産能力過剰による「在庫処理」をしないと危ない裏事情を抱えている。

◆インフラ建設関連国有企業の生産能力過剰問題

中国がAIIBを主導する大義名分は、アジアにおけるインフラ建設のスケールの大きさと要求されているスピードだ。スケールとしては2010年~2020年の11年間で8兆ドル(約970兆円)のニーズがあり、それらは開発途上国であるため迅速な投資を必要としている。しかしこれまでの日米主導のアジア開発銀行は、それだけの資金量がなく、また融資審査の際のハードルが高く(だからこそ信用性が高いのだが)、アジアの巨大なニーズのスケールとスピードを満たすことができない。

ビッグなビジネスチャンスを他の国に先を越されたくないという心理作戦を駆使し、「紅い皇帝」習近平は、したたかに独り勝ちを決めているように見える。

ところが、「紅い皇帝」にも、実はお家の事情があった。

それがインフラ関連国有企業の生産能力過剰問題である。

リーマン・ショック以降、中国ではインフラ、設備投資を次々と押し進めるなど、大規模な景気刺激策を行ったため、関連の大型国有企業は大儲けし、また天井知らずの投資が続いた。

90年代から始まっていた高速鉄道建設だけでなく、高速道路やマンション建設にも拍車をかけ、鉄鋼、セメントの生産能力を高めていった。その結果、激しい投資競争を招いている一方で、実は今では中国国内市場が供給過多に陥ってしまっているのである。

たとえば鋼鉄関係の「生産能力利用率」は72%、セメントは73.7%、電解アルミニウムは71.9%など、いずれも需要が国際的な通常の需要供給率ラインより低くなっている。このまま放置すると、市場のメカニズムにより淘汰され、生産能力過剰の国有企業は倒産の憂き目に遭うであろうことが国家の大きなリスクとして横たわっていた。

これらの業界を担う国有企業には、中国交通建設、中国建設、中国電建(中国電力建設集団)、中国中鉄、中国鉄建などがあるが、これらが関連市場の利益のほとんどを独占しているので、もし倒産すれば、中国経済に与える打撃は計り知れない。

それは改革開放後の80年代に、当時の「国営企業」が相次いで倒産した時のような、巨大なドミノ倒し的連鎖反応をもたらす危険性を孕んでいる。

すぐにも手を打たなければ、社会構造を崩壊させるほど危ない、喫緊の課題を抱えているのだ。

そこで、2013年10月6日、国務院(中国人民政府)は「生産能力過剰問題を解決するための指導的意見」(国発「2013」41号文書)を発布した。

その文書には、このままいけば倒産して「大量の失業者を出す危険性」や「倒産による巨額の不良債権発生の危険性」などがあるといったことが正直に書いてあり、社会の不安定(崩壊)を招くリスクに関しても注意を喚起している。

景気刺激が行き過ぎて、さらに投資して儲けようとする地方政府やその傘下にある国有企業、銀行、土地開発業者など利権集団として固まっており、反腐敗運動などを激しく進めて威嚇しているが、なかなか中央政府の思い通りにならないところもある。そこでこの国務院文書は、「盲目的な投資を慎め」と、全国の「各省・各自治区・各直轄市人民政府およびその直属機構」に向けて警告しているのである。

◆国務院文書と同時にAIIB設立を宣言

「紅い皇帝」習近平は、国務院に国発「2013」41号指令を発布させると同時に、自分自身は同じ月の10月2日に、東南アジア歴訪中にAIIB設立構想を発表した。このタイミングから見ても、AIIB設立の切羽詰まった動機が、中国のインフラ関連国有企業の生産能力過剰にあることが如実に見て取れる。

今年、4月3日には、李克強・国務院総理が「中国設備の海外進出と生産力の国際協力の推進に関する座談会」を主催し談話を発表した。

李克強は談話の中で、「中国の設備の海外進出を加速させ、生産力の国際協力を推進せよ」と呼びかけている。

早い話が、中国の生産能力過剰となっている国有企業の「在庫処理を早くしてしまいましょう」ということなのである。

その意味の「在庫処理」は近隣アジア開発途上国の高速鉄道建設、高速道路建設、都市化建設などの領域を主たるものとしているが、それにとどまらず原子力発電に関する売り出しも含まれている(これもまた大変なプッシュ・ファクターを秘めているが、今回はインフラ圧力だけに、一応、話を絞ろう)。

李克強の談話の中で最も注目されるのは「金融サービスも歩調を合わせるべきだ」という言葉である。

これらの動きから、AIIB設立の裏には、中国の「待ったなし」の課題があったことが、ご理解いただけるだろう。

◆2.7億の流動人口解決のための都市化計画

中国は2014年3月、「新型国家城鎮化計画」(2014年~2020年)を発表した。「城」は「都市」という意味で「鎮」は日本で言うなら「町」程度のまとまった行政区分である。「城鎮化計画」とは、日本語的に分かりやすく言えば「都市化計画」と訳した方がいいだろう。

中国には2.7億人に上る流動人口がおり、その定住先を決めて戸籍を与え、社会サービスを受けられるようにしなければならないという課題がある。そのために習近平政権は2020年までに3600万棟の低価格高層アパートを建てると宣言している。そこにもAIIBとはスケールが違うが、一定の「はけ口効果」はある。

そのため地方政府によっては市場に楽観的な期待を寄せて、インフラ関係に対してさらに投資していこうとする傾向(欲求)がある。しかし、それはさらなるインフラ関係国有企業の悪性市場競争を生むので、投資をひかえ、「投資するなら国際金融と歩調を合わせて」と、投資のプッシュ・ファクターをAIIBに向けようとさえしているのである。

「紅い皇帝」習近平は、2015年内にAIIBは動き始めると宣言しているが、参加申請期限を設けて心理的に煽り、ここまで勢いをつけて急ぐ理由は、このような「火がそこまで来ている」ほどの、お家の裏事業があるからなのである。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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