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香港デモを「動乱」とした中国政府の計算――大陸の反日デモと真逆の構成

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

香港デモを「動乱」とした中国政府の計算――大陸の反日デモと真逆の構成

去る10月11日、中国の共産党機関紙「人民日報」は香港のデモを「動乱」という言葉で位置づけた。天安門事件の例からも見られるように、「動乱」と位置付けたが最後、何らかの強硬策を講じることを意味している。

1989年6月4日の天安門事件において、もし人民日報が若者たちの平和的な民主化要求を「動乱」と定義づけていなければ、天安門事件はあそこまで大きくなってはいなかった。

89年4月の人民日報は「必ず旗幟を鮮明にして動乱に反対しなければならない」という論評を載せた。これが学生を刺激し、政府への抗議運動として爆発し、一気に全国に広がり大規模デモへ拡大していった経緯がある。その結果、当局は武力鎮圧という手段を選び、歴史に汚点を残している。

中国政府はこの教訓を痛いほど知っているはずだ。そのため天安門事件後、中国政府は「動乱」を「歴史の風波」と言い換えているほどである。

それだというのに、今般「動乱」という言葉で香港のデモを位置づけたのには、中国政府のキチンと計算された思惑があるからだ。

それを読み解いてみよう。

◆インテリ層が主導するデモの場合

天安門事件を主導したのは北京大学や中国政法大学など、複数の大学の学生たちだった。全国的に見ても、大学生という、インテリ層を中心としてデモは広がっていった。

今年9月末から香港で起きているデモも、大学生だけではないものの、高校生も含めたインテリ層が多い。この層の若者たちには、いま民主的な選挙が許されなければ、やがて一国二制度の期限が来る2047年には、香港は完全に共産主義の国家になってしまい、言論の自由がなくなっていくことを恐れている(1997年に香港が中国に返還されたときに、香港行政特別区基本法は「一国二制度」の実施期限を50年としている)。

しかし天安門事件の場合と今般の香港デモとの決定的な違いがある。

それは「底辺層がどう動いているか」という違いだ。

天安門事件の場合は、底辺層だけでなく、多くの大人の庶民もデモ参加者に共鳴した。庶民が壁となって、天安門広場に向かう人民解放軍を遮った事例もある。このとき中国人民はまだ正義の可能性を信じ、尊厳を重視していた。

香港のデモの場合は、庶民の共鳴度が低く、特に底辺層の若者との間に微妙なギャップがある。

庶民の共鳴度が低いのは、前にも本コラムでご紹介したが、香港経済があまりに中国大陸経済に依存しすぎているためである。中国大陸なしでは経済活動が成立しないところまで持って行かれてしまっている。

香港デモを「動乱」と位置付けた同じ日の人民日報は、10月7日の時点でデモによる香港の経済損失は3500億香港ドルで、これ以上デモが続けば、もう香港経済はこれで終わりだと断罪している。

中国が「動乱」と位置付けて香港政府に警察力を執行させると決意したのは、中国の若者の多くが「香港はバカだなぁ」と思っていることを掌握したからであろう。ネットには「香港はもう返還の時のような香港じゃないんだよ。中国大陸はもう、香港経済を頼りにしなきゃならないような中国ではなくなっている。香港の重要性は低くなってるのに、まだ分かってないんだねぇ」といったコメントが散見される。ここでも「金」を価値観とした批判が目立つのである。

言論統制を行ってきた中国政府ではあるが、それでも若者自身がこう言ってくれるのなら、もう怖いものはない。

特に中国共産党にとっては、「底辺層(貧困層)」がどう思い、どう行動しようとしているのかは、やはり大きな分岐点なのである。

◆香港と大陸では異なる底辺層の動き

中国大陸において間欠的に起きる反日デモ参加者の主体は底辺層である。低学歴者か田舎から都会に出てきた無職の農民工などが多い。彼らは中国政府に激しい不満を持っており、「反日愛国」の名の下に、「反日」にかこつけて反政府デモをしているに過ぎない。1994年から中国は愛国主義教育を実施し、その中で反日的内容を強化してきたので、「反日はお前たちが教えたことだ。文句があるか!」と中国政府に立ち向かう。

だから中国大陸上における警官はデモ隊と向かい合っているだけで動こうとしないのである。

大陸部のインテリ層は、今では共産党側に付いている方が出世に有利なので、民主化よりは共産党に寄り添いながら金儲けの方を重視している者が多い。

それに比べて香港の底辺層はデモになど参加している時間はなく、ひたすら働いているため、デモを起こして商業中心地帯を占領(占中)されるのは困るという者が多いという。だからデモ活動を行っているインテリ層を「お前らは、デモをやっても生活に困らない、けっこうな奴らだ」と怒っているのだと、大陸からの情報にはある。

「しかし」と、香港から来たメールは語る。

「占中デモに反対する底辺層は、香港政府から金をもらって、庶民のふりをして反デモ行動をやっているだけだ。おまけにテレビに映った反デモの“庶民”の中に、軍服を脱いだ軍人がいるのを見つけた。私はアイツの顔を知っている。あれは軍人だ」と書いてある。

その真偽のほどは筆者には確認できないが、しかし金で雇われた「デモに反対する“庶民”」が」いることだけは確かだろう。そして香港の底辺層がデモに参加していないのは、一定程度、事実だと思われる。

これは大陸との大きな違いだ。それ故に、大陸の底辺層が毎年20万件ほども起こしている暴動と、香港デモの鎮圧は連動しないと、中国中央は判断したものと思う。だから「動乱」と断言して、香港の警察を動かしたのだ。

おまけにまもなく始まる「四中全会」(第四次中共中央委員会全体会議)のためにも、何としてもその前にデモを収束させたい。中国中央からの絶対命令と香港の若者たちとの間で、梁振英長官の目がうろたえている。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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