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「環境に配慮した商品ですか」と店員に尋ねることを、それでも僕が支持する理由

江守正多東京大学 未来ビジョン研究センター 教授
(写真:ロイター/アフロ)

モデルで大学生のトラウデン直美さんの環境問題に関する発言がネット上で批判され、「炎上」した

発言は12月17日に首相官邸で行われた「カーボンニュートラル・全国フォーラム」でなされたもので、NHKのニュースで以下のように紹介された。

買い物をする際に、店員に「環境に配慮した商品ですか」と尋ねることで、店側の意識も変わっていく

映像の背景にはスーパーのレジを思わせる写真が使われていた。

批判が盛り上がった要因はいくつかあったと思われる。

そういうわけで、筆者は取材を受けた当日あまり時間が無い中で普段思っていたことをコメントしたため、雑なコメントになってしまったことを、まずはお詫びします。

ここでは、この問題を改めてよく見たうえで、筆者がコメントで言おうとしたことと、その後にあらためて考えたことを述べたい。

気候変動問題に私たち一人ひとりは何ができるか

「気候変動問題は深刻で何とかしたいのだが、社会には無関心な人が多くて自分が何かしても意味が無い」という無力感に苛まれている人たちと、筆者は話す機会がよくある。

これまで、環境問題に関心を持った人は、小まめに電気を消したり、冷暖房の設定温度に気を付けたりして、自分の生活から出るCO2を減らすことを勧められることが多かった。しかし、これだけでは一人あたりの削減量もしれているし、社会の中でこのように心がけて生活する人の割合も限られているので、無力感があるのは当然だ。しかも、別の誰かがCO2をガンガン出す生活をすれば、自分の「努力」は簡単に打ち消されてしまう。

そこで必要になってくるのが、社会の「システム」に働きかけるというアプローチだ。スウェーデンの環境活動家グレタさんは、なぜ飛行機に乗らずにヨットで大西洋を横断したのか考えてみるとよい。彼女は皆がそうすべきだと言っているのでもなければ、自分一人分のCO2を減らしたかったわけでもない。彼女は、誰もが飛行機に乗ってCO2をたくさん出しながら移動する現在の社会システムは持続不可能であることを人々に気付かせる「メッセージ」を発するためにこれを行ったのだ。(このことは中田敦彦さんが「YouTube大学」で紹介してくれているのでぜひご覧いただきたい)

あなたの行動が、あなた自身のCO2を減らすだけでなく、システムを変えるメッセージになるように行動せよ。

これが、筆者がグレタさんから学んだ格率である。これを誰もができる日常の場面に適用したものの一つが、「店員に尋ねる」なのだと思う。ちなみに筆者自身も、たとえば生命保険の外交員が契約の確認に来て話をするときに「ところで、御社は石炭火力発電に投資していますか」と尋ねたり、選挙の時に候補者が駅前でビラを配っているときに「あなたの気候変動政策を教えてください」と聞いたりしている。

メッセージを発することの意味

メッセージを発したいのだから、「環境に配慮した商品かどうか自分で検索しろよ」では意味が無いのだ。「『お客様の声』に書く」や「店長や本店に尋ねる」ならば意味がある。さらに本格的に「本店の前に陣取って声を上げる」や「株式を購入して株主総会で発言する」という手もあるが、もっと誰もが最初の一歩としてメッセージを発することができる日常的な機会の一つが「店員に尋ねる」なのである。(この際、もちろんレジ打ちで忙しそうな店員の手を止めて尋ねるべきではないし、トラウデンさんもそんな場面で訪ねろとは言っていないだろう)

このようなメッセージを発することで本当に効果があるかは、わからない。一人だけがやっても、直接の効果を期待するのは難しいだろう。しかし、社会の中で少しずつ多くの人がこうしたメッセージを発することによって、やがてそれがシステムを動かす原動力の一部になることは十分に考えられる。環境問題を何とかしたいという強い関心を持つ人たちがこのようなストーリーを共有することが、声を上げ続けるための支えになるのであり、少なくとも自分一人のCO2を減らすことしかできずに無力感に苛まれるよりもずっと有効なアプローチだと筆者は思うのである。

しかし、システムを変える必要性を認識していない人たちから見ると、このような行為は理解できない。そこでよく見られる反応が「じゃああなたは車にも乗らないし電気も使わないんでしょうね」というような冷笑的なマウント取りのコメントである。気候変動問題に取り組んだり声を上げる人についての記事に対して、必ずと言っていいほどこういうコメントが付き、筆者はそれを見るたびにうんざりする。今回のトラウデンさんの発言に対してもこの種のコメントをいくつか見て、それに対して反応したのが、筆者のハフポストのコメントだったというわけである。

声を上げたい人たちは、こういうコメントを見ると「どうしたらこういう無関心な人たちに理解してもらえるんだろう」と悩んでしまう。そこで筆者はいつも「そういう人たちは気にしないでいいから。システムが変わればその人たちは勝手についてくる」と言っている。この考え方は「声を上げたい人たち」へのエンパワーメントの一環であり、普段は「無関心な人たち」にはあまり聞こえないところで言っている。しかし、今回のハフポストの記事では「無関心な人たち」にも大々的に聞こえるように言ったので、分断を助長するニュアンスが生まれてしまった。そのことは率直に反省します。その上で、以下でさらに深掘りして考えたい。

「無関心な人」は「置いていかれる」のか

今回のトラウデンさんへのコメントを見て、筆者やハフポストのエディターは「環境問題に発言する人への反発」を高い感度で読み取ったが、別の人たちは「非正規労働者への負荷」に高い感度で反応した。(まあ、中には環境問題への反発が先行して、攻撃材料として労働問題に乗っかった人もいたのではないかと想像するが)

今回あらためて考えて、自分は労働問題への感度が低いんだなあ、と筆者は思ったのである。同様に、性差別、人種差別、格差、貧困、基地問題などなど、考えなくてはいけない社会問題は数多ある中で、感度よく反応できたり、自分で調べて考えて発言したり行動したりできているものは筆者の場合は環境問題くらいである。他の多くの問題は、頭ではわかっていても、取り組めていない。言ってみれば、自分は環境問題以外については「無関心層」なのだ。

しかし、筆者はこれらの問題に取り組む人たちを支持するし、ぞれぞれの問題を改善するためにシステムに働きかけてほしい。途中で見聞きした議論に違和感があれば意見を言うが、すべての議論に参加する余裕は無いので、自分は置いていっていいからシステムを改善してほしい。自分は後からついていくので。このように考えれば、問題毎に本質的な関心を持った人たちがシステムの変化をリードしていくのは自然なことなのではないか。

しかも、既に渡辺寛人さん志葉玲さんがそれぞれの観点から指摘されているように、環境問題は労働問題や格差問題と相反するものではない。格差問題についての視点を一つ追加すると、気候変動の悪影響をより深刻に受けるのは、社会的な立場の弱い人たちである。農業が異常気象の被害を受けて食料価格が上昇したときに困るのは庶民だし、水害が直撃すれば生活再建に苦しむのも庶民である。環境問題に取り組むのは恵まれた人の道楽なのではなく、「庶民」こそが当事者である側面が大きいことを理解してほしい。

このように考えると、環境問題、労働問題、格差問題等のそれぞれのテーマに強い関心のある人たちが、自分のテーマの方が重要であると言い争うのではなく、それらの問題をつなげて考えて、互いを応援したり、協力してシステムを変える働きかけをすることの重要性が浮かび上がってくるように思う。

「対話」の場をどう構築するか

そうは言っても、議論に置いていかれた人たちに十分な配慮が無くシステムの変化が進むことにはもちろん注意せねばならない。実際に、フランスでは(気候変動対策の一環である)燃料税の値上げによりタクシー運転手などの「庶民」が困窮し、これをきっかけにイエローベスト運動とよばれる政府への抗議活動が起きた。

この結果、市民の政治参加への要求が高まり、マクロン大統領は無作為抽出された150人の市民による気候市民会議を開催した。男女比、年齢構成、学歴などは、フランス社会全体の縮図となるように調整された。参加した市民は専門家の情報提供を受けつつ対話的な議論を行い、政府への提言を取りまとめた。同様の市民会議は英国の議会によっても開催されている。

筆者は、この気候市民会議に関心を持っており、筆者の参加する研究グループでは、11月から12月に札幌市において小規模ながらこの試行を行った。日本政府としてもこのようなプロセスで国民を巻き込んだ議論を本格的に行うべきだと考えており、筆者は政府の審議会でもそのように発言している。その意味では、トラウデンさんが出席した首相官邸の「カーボンニュートラル・全国フォーラム」は、政府と国民との対話の機会としては極めて限定的で不十分なものと言わざるをえない。

ハフポストのコメントで、「関心が無い人すべてを説得している時間は残されていない」と言ったが、これは本当にそう思っている。しかし、これは対話の拒否を意味しているのではない。むしろ、その限られた時間の中で、いかに多様な人たちの有意義な対話の場を構築できるかが、これからも筆者の関心事である。

東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。同研究所 気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域 副領域長等を経て、2022年より現職。東京大学大学院 総合文化研究科で学生指導も行う。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」、監修に「最近、地球が暑くてクマってます。」等。記事やコメントは個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

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