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なぜ今、TPMが起業家・経営者の注目を集めるのか

江黒崇史江黒公認会計士事務所代表
(写真:イメージマート)

■はじめに

皆様はTOKYO PRO Market(以下、TPM)という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

実務上は「プロマーケット」と呼ばれることが多いTPMですが、これは東京証券取引所(以下、東証)が運営する株式市場なのです。

株式上場は企業の社会的信用力や知名度の向上等多くのメリットがあり経営者であれば誰でも一度は考えることではないでしょうか。しかし株式上場への道は決して容易なことではありません。

そのような中、「プロ投資家」に限定した新しい市場がTPMであり、近年非常に起業家・経営者から注目を集めております。なぜ今このTPMが注目を集めているのか考察してみたいと思います。

1.TPMとは

TPMとは2012年に誕生した東京証券取引所が運営する株式市場です。

元々はロンドン証券取引所が運営するロンドンAIMを参考に東京証券取引所とロンドン証券取引所の共同出資により創設されたTOKYO AIM市場が母体として存在し、2012年に東京証券取引所がロンドン証券取引所より株式を譲り受けTPMになりました。

その特徴としてはプロ投資家市場という限定された特定投資家に開かれた市場であるが故の柔軟な上場制度にあります。なぜTPMは他市場と比べて柔軟な上場制度なのか。それは、特定投資家に対してはその知識・経験・財産の状況から、その取引等において金融商品取引業者に対する行為規制を適用しないという規制の柔軟化が図られているためです。

具体的にどのような点が他市場と異なるかというと、主に以下のような違いがあります。

※筆者作成

※J-Adviserとは上場適格性の調査確認や助言・指導を行う認証機関

では具体的にTPMと他市場上場について、TPMのメリット、デメリットを通して見ていきましょう。

2.TPMのメリット

① 上場コストやガバナンス体制、上場審査のハードルが他市場より低い

TPMでは上場要件としての売上高や利益の額、株主数や流通株式時価総額等の形式基準はなく、小規模会社でも上場を目指すことができます

また、他市場と異なり、監査法人の監査証明期間は直近一期分となります。

さらに、J-Sox制度や四半期開示制度も任意となる(中間会計期間の開示義務はあり)ことから会社の負担は他市場に比べると軽いものとなります。会社の機関設計としても、例えば監査役会ではなく監査役一名での上場も可能であり、会社の規模や実態に応じたガバナンス体制で上場が可能です。

上場審査についても他市場では主幹事証券会社と東京証券取引所が審査をするところ、TPMではJ-Adviserによる審査のみで、やはり会社側の負担は軽くなります。

このようにTPMは他市場に比べ、上場に向けた負担は他市場より少なく済みます。

② TPM上場により「東証上場企業」としての知名度、信用力の向上

TPM上場を果たすことでその会社は上場企業として他市場上場企業同様に4桁の銘柄コードを得られると共に、名刺や自社WEBサイト、会社案内等において東証上場マークを用いることができます。

この上場企業という社会的信用力、知名度向上の恩恵は上場前とは比較にならないものとなり、金融機関取引においても人材採用においても営業面においても不動産賃借においても多大なメリットが得られます。

③ 社内管理体制の強化

TPM上場においては売上高や利益の額などの形式基準はありません。しかし上場企業として上場後の開示体制が整備されているのか、開示義務を適切に履行できる管理体制があるのか、その適格性は審査されます

そのため社内管理体制が上場企業として整備が強化されます。

これまで決算作業に苦労していたCFOが「TPMを目指すことで社内の意識が高まり、決算作業が容易となった」という声も聞いたことがあります。

3.TPMのデメリット

① 上場準備コスト、維持コストの発生

TPMとはいえ上場であることから一定のコストは発生します

具体的にはJ-Adviser、監査法人、株主名簿管理人、印刷会社、新規上場料・年間上場料等などです。

また上場へのハードルが低いとはいえ必要に応じて人員増加やシステム強化などのコストが発生することもあるでしょう。

とはいえ、これらのコストは他市場に比べれば安価に済むことが多く、管理体制が強化されること考えれば必要なコストとも考えることができます。

② 適時開示義務の発生

TPMも株式市場であることから適時開示義務が課されます

決算については、第1四半期、第3四半期決算の開示は任意でありますが、中間決算と期末決算においては、決算短信の開示及び発行者情報の提出が求められます。

また、決算以外においても上場企業として決定事実や発生事実、業績予想や配当予想の修正等、上場企業としての情報開示負担は増加します。

一方で、自社の情報が開示されることにより信用度や知名度の向上につながるメリットともいえます。

③ 株式の流動性の低さ

TPMは市場参加者がプロ投資家に限定されています。

そのため株式市場に参加できる投資家が限られており、現状では日々の売買実績が低いものとなっています。正直、売買が生じない日が続くことも珍しいことではありません。

しかし流動性が低いことも、日々の株価に一喜一憂することなく経営に専念できるとともに、一般投資家が参加できないことから株主対応コストも他市場より少なくすむメリットと捉えることもできます。

4.なぜ今TPM上場が増加しているのか

では、なぜ今TPMへの上場企業数が増加しているのでしょうか。

まず、東証の市場再編の影響があります。

これまで東証マザーズ、ジャスダック等への上場を目指していた会社が、市場再編後の新市場区分による上場要件などを勘案し、まずは新市場への上場前の選択肢としてTPMを選択する例が増えています。

また、これまで上場準備を進めてきたことから管理体制も整備が進んでいた会社が、その基盤を活かすためにも、まずはTPM上場を目指すケースが増えています。

次に経営者の高齢化、後継者不在問題からTPM上場を達成し、上場企業としての適正な株価の形成や優秀な人材の登用など事業承継を意識したTPM上場検討事例も増えています。

これによって非上場企業段階では管理体制は未整備であり、自社の株価についても市場価格がなかったところ、TPM上場を果たすことで管理体制が整備され、株価も形成され会社情報も公開されることから事業承継が円滑に進むことが期待されます。

さらにTPMを支援するJ-Adviserの数も増えています。

以前であれば証券会社が中心であったJ-Adviserですが近年はコンサルティング会社やディスクロージャー支援会社、M&Aサービス提供会社等、多様な上場企業がJ-AdviserとしてTPM支援に賛同しておりTPMのプレゼンスが上昇しているのです。

また、TPM上場企業の特徴の一つに他市場と比べ地方企業からの上場が多いことが挙げられます。これまで上場を多少なりとも意識してきた会社が「上場はハードルが高い」「当社の規模では上場はできないのでは」「東証マザーズ上場を目指して準備してきたが、なかなか上場まで進まない」と悩んでいたところに、話題のTPMの魅力を知ることで上場を目指す例が増えております。

なおTPMはゴールではありません。TPMを経て他市場への上場を果たした事例も多く誕生しています。

このような事例から「まずはTPMへ上場を果たし、より企業として成長を果たしてからグロース市場やスタンダード市場を目指そう」「東証上場はハードルが高いと思ったがTPMのような柔軟な上場市場であれば検討しよう」という経営者も増加しており、結果としてTPM上場が増えているのです。

特に、これまで旧市場名でいう東証マザーズやジャスダックを目指しながら、長い期間上場準備が継続してしまい上場に対して突破口を見いだせない状態にある場合、その態勢を活かしてTPMを選択する道もあります。

そして、これまでの株式上場準備態勢を活かすことで、半年から一年弱でTPM上場を果たす例もあり、会社の成長にとってTPMは非常に有力な選択肢となります。

5.TPMの今後について

さぁいかがでしょうか。会社成長の一つの選択肢としてTPMは検討に値するのではないでしょうか。

筆者は多くのIPO支援業務に携わってきました。

しかし、残念ながら旧市場で言うところの東証マザーズや東証ジャスダックを目指しながら、上場のハードルの高さから上場を断念した例も多く見ております。また上場を目指しながらも閉塞感やあきらめを感じている会社も見てきました。

しかし、TPMであれば柔軟な上場制度であることから、多くの会社にとって上場の機会があります

実際、「東証マザーズを目指していたが、まずはTPM上場を果たすことで企業の信用力や知名度向上、会社の管理体制を強化したい」とTPM上場を企業価値向上に結び付けている例もあります。事実、TPMから他市場へのステップアップ事例も増えています。

そしてJ-Adviserを務める企業も増加しており、TPM上場を目指す会社を応援する会社も増えているのが今の流れです。

今後もTPM上場のメリットが周知され知名度が上がるにつれて、TPMを目指す企業が増えていくものと期待しています。

今後もTPMをきっかけに企業価値の底上げや株式市場の活性化につながることを期待し、筆をおきたいと思います。

江黒公認会計士事務所代表

2001年公認会計士二次試験合格。同年、監査法人トーマツ(現、有限責任監査法人トーマツ)入所し監査業務に従事。その後、ベンチャー企業で取締役CFOや会計コンサルティンググループ、中小監査法人パートナーを経て2014年7月に江黒公認会計士事務所を設立。同事務所において会計コンサルティング、IPOコンサルティング、M&Aアドバイザリー業務の遂行に努める。IPOコンサルティングではスタートアップの資金調達、資本政策立案、事業計画作成から上場申請書類、内部監査、内部統制業務等の支援を、M&AアドバイザリーではFA業務や財務DD、株価算定業務等を務め企業の成長を支援。

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