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医療機関が引き継ぎ再開、ユニバーサル銭湯、医療や福祉分野とつながり始めた銭湯

江口晋太朗編集者/リサーチャー/プロデューサー
(写真:イメージマート)

少し前に、「風呂無し物件」住まう若者が増えているという記事が話題となっていた。レトロブーム、ミニマリストブーム、サウナブームといった流行とは裏腹に、若者世代の貧困化によって高額な家賃を少しでも抑えようという気持ちが、風呂無しの安物件に住むことの正当化として使われるという指摘もある。どういった理由であれ、人々の生活を支える公衆浴場としての銭湯は、あらゆる面で私たちの生活の基盤の一つとして存在していることにかわりはない。

物価高やエネルギー高騰にあえぐ銭湯

銭湯は、公衆浴場法という法律のもとに運営されている。普通公衆浴場という分類で、地域住民の日常生活の衛生上必要な施設として定義され、物価統制令の適用によって入浴料の上限規制がなされている。つまり、あらゆる人が衛生面を保つため、使いやすい料金のもと、誰もが気軽に入れる場所として運営されている。

参照:銭湯料金は行政が決めていた いまも「物価統制令」の対象に

高度経済成長期以降、銭湯件数は年々減少傾向にあるなか、昨今の物価高やエネルギー高騰は、入浴料収入に対して支出の割合が増すばかりで、日に日に経営が難しい社会環境となっている。東京都浴場組合が発行する数値によると、昭和40年代には都内で2,500軒以上あった銭湯も、2020年(令和2年)には都内で500軒を下回り、2022年(令和4年)現在は462軒となっている。

筆者作成:東京都内の公衆浴場数の推移(東京都浴場組合発行の平成18年以降の数値参照)
筆者作成:東京都内の公衆浴場数の推移(東京都浴場組合発行の平成18年以降の数値参照)

参照:銭湯の半数「廃業の可能性ある」燃料価格の高騰など影響

年々銭湯は減少のなか、一度廃業した銭湯が復活するのはとても難易度が高い。閉じたボイラーや風呂釜を改めて再起動するには多くの手間がかかる。再び開業するにあたって、建物の修繕やリフォーム、運営体制の構築等、経営面における課題も山積で、膨大な費用を要する。一度廃業や閉業した銭湯を建て直すのはそれだけ難しいことであり、減ることはあっても増えることはとてもハードルの高いものなのだ。

医療機関が引き継ぎ、銭湯が再開

そうした厳しい銭湯事情のなか、2月26日に大阪・北加賀屋の銭湯「寿楽温泉」がリニューアルオープンした。

寿楽温泉より
寿楽温泉より

寿楽温泉は、昭和38年に開業した銭湯で、寿楽温泉がある北加賀屋は、大正時代から続く造船の町で、工場や倉庫が建ち並ぶ地域として賑わいを見せていた。多くの労働者達が集い、多くの人達が銭湯へ足しげく通い地域に親しまれていた。現在、北加賀屋エリアは、名村造船所大阪工場跡地を中心に、点在する工場や倉庫、空き家物件をアトリエやオフィスへと活用し、アーティスト若いクリエーターが集まる場所になりつつある。

昭和、平成、令和と時代を経ていくなか、開業当時からご夫婦で運営してきた寿楽温泉も、ご夫婦らの年齢や体力面などから銭湯を続けることが難しくなり、58年の歴史とともに2021年8月末に惜しまれながら閉業することとなった。閉業後、解体に着手しようとしてたところ、南港病院の三木理事長が寿楽温泉の前を通りかかり、ご主人に挨拶したことによって、ご縁ができた。南港病院は、地域の病院として昭和46年から開院している。また、訪問看護やグループホームなども展開しており、北加賀屋エリアを医療や介護の面から支える医療機関である。

三木理事長は、同じ地域に根付いて活動している寿楽温泉が閉業したことで地域コミュニティを支える場所がなくなることを寂しく感じ、それであれば、南港病院が銭湯をどうにか運営できないか、と打診し、そこから寿楽温泉を南港病院が引き継いで運営することとなった。しかし病院関係者は銭湯の運営経験があるわけではない。私が理事を務める一般社団法人せんとうとまちでは、銭湯を引き継ぐにあたっての運営やどのようにして銭湯と地域コミュニティの関係づくりについてご相談をいただいたこともある。

当時のままの古き良き銭湯の風情を活かし、ボイラー設備も改修し、特徴的な番台をリメイクしたカウンターによるフロント方式がある。二階には広い和室があり、休憩所として銭湯前後にくつろげるスペースも確保し、様々な世代が居心地の良い場所となることを目指しているという。

自立支援としての銭湯活用

今回、南港病院が銭湯を引き継ぎ運営したことで、医療機関が銭湯運営に関わる貴重な事例となった。こうした事例がでてくるにあたり、運営形態や経営面における事業のあり方や銭湯が提供する価値の観点からも、今後、銭湯が公衆浴場というあり方を超え、地域コミュニティの拠点として、そして医療や福祉領域と銭湯とが密接に関わることが今後注目されるはずだと筆者は考えている。それは、健康増進のみならず、多様性(ダイバーシティ)や社会包摂(ソーシャルインクルージョン)といったテーマとの関連性だ。すでに、いくつかの銭湯では、これらの領域と結びついた活動や銭湯運営を行っている。

例えば、荒川区では地域の介護事業者と連携し「銭湯見守り支援員」制度を実施している。銭湯見守り支援員とは、一人で入浴することが不安な高齢者が安心して入浴できるよう、銭湯に見守り支援員を派遣する制度だ。入浴前には、介護予防等に関する講話や情報提供をし、介護施設ではなく住み慣れた地域で、通い慣れた銭湯で自立した生活が継続できるように支援するというもの。現在、荒川区内8箇所の銭湯で、指定された曜日と時間に銭湯見守り支援員を配置している。居住している地域の各地域包括支援センターや、高齢者福祉課に申請することで同制度が利用でき、特定の銭湯に安心して入浴することができるという。

参照:見守り支援員銭湯派遣事業について/荒川区公式サイト

銭湯のような広いお風呂にゆったり入ることで心身を癒やしてくれる。自立支援活動と銭湯が結びつくことは、ひいては、地域での見守りにもつなげられるだろう。行政支援の一環として、銭湯という地域資源を活かした施策といえる。

車椅子の方も利用できる「ユニバーサル銭湯」

墨田区にある1947年創業の「御谷湯(みこくゆ)」は、2015年のリニューアル後、徹底したバリアフリー型のお風呂で車椅子の人でも安心して利用できる「ユニバーサル銭湯」を提供している。

御谷湯ウェブサイトより
御谷湯ウェブサイトより

車椅子の人達の多くは、トイレなどの物理的な問題や、商業施設や娯楽施設において、まだまだバリアフリーが徹底されていないことから、日常的に行ける場所が限定されてしまうことはよく聞かれる。御谷湯リニューアル時に、車椅子や身体の不自由な人でもお風呂を楽しめるよう、5階建ての福祉型施設として改装を行ったという。運営する片岡シン氏は、リニューアル時に取材されたインタビュー記事でこう答えている。

「御谷湯は、これまでも"人にやさしい銭湯"でありたいということを考えていました。ですから、リニューアルするうえで福祉的な視点でのデザインを導入したかった。2階にはNPO法人が運営する、障がい者就労支援施設がテナントで入っていて、御谷湯の掃除を手伝ってもらっています。浴場を使ってウォーキング教室や体操教室を開催していますが、そういったデイサービスの門戸をより広げていきたいですね。常連さんにとっては日常の場所。初めて来てくださったお客さんにとっては非日常の場所。その異なる感覚が混在して、交流が生まれるというのが面白い。そういったことが御谷湯の日常の風景になるといいなと思います」

引用:墨田区で愛され続ける天然温泉「御谷湯」"人にやさしい"福祉型銭湯として再出発(ecocolo)

銭湯事業者自らが事業アプローチとして福祉的なテーマに挑むという銭湯も、今後でてくるだろう。その際には、これまでの銭湯経営だけではなく、医療分野や福祉分野における人材や、これらの分野で活躍する企業・団体と銭湯が積極的に連携することによって、新たな銭湯運営の幅を広げてくれるに違いない。

地域資源としての銭湯を見直す機会を

銭湯は、かつては公衆浴場として衛生面を軸とした施設としての機能を有していたが、家風呂があらゆる家庭に普及している現在、単純な公衆浴場としての機能だけではない、新たな役割が拡張し始めている。昨今では、若い銭湯経営者が入浴以外でのイベント企画や、隣接する施設でカフェやバーの運営を手がけることも多くなった。もちろんそれは、経営面における収益源の多様化もさることながら、銭湯という場所が、ただ広いお風呂に入るだけではない、多様な人達が集う場としての銭湯の新たな価値創出へと拡張しようという試みでもある。

老若男女、多様な世代が集う場所であることもさることながら、外国人が銭湯に通う様子も増えてきた。銭湯に通う外国人は、単純な観光のみならず、在日で近所で暮らす外国人が通うということも増えてきていることも注目すべきものだ。

昨今、地域医療分野において「社会的処方」は一つのキーワードでもある。医療だけではない健康に結びつけるアプローチとして、地域資源と患者を結びつけるリンクワーカーとしての医療従事者の役割が注目されている。ここでいう、まさに地域資源の一つとして、銭湯という場所を見出すこともできるだろう。

公衆浴場という、誰にでも開かれている銭湯は、誰もが受け入れられ、誰もがリラックスし、くつろげる場所でなくてはならない。衛生面のみならず、精神的、身体的な不自由のバリアをなくし、誰もが、まさしく社会的に健康であるための場所として、銭湯を再構築できるのではないだろうか。

編集者/リサーチャー/プロデューサー

編集者、リサーチャー、プロデューサー。TOKYObeta代表、自律協生社会を実現するための社会システム構築を目指して、リサーチやプロジェクトに関わる。 著書に『実践から学ぶ地方創生と地域金融』(学芸出版社)『孤立する都市、つながる街』(日本経済新聞社出版社)『日本のシビックエコノミー』(フィルムアート社)他。

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