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ふるさと納税が突きつける課題、転入超過の東京が取るべき税収確保のために必要なこと

江口晋太朗編集者/リサーチャー/プロデューサー
(写真:アフロ)

コロナ禍で転出超過が続く東京だが、先日、3年ぶりに東京が転入超過との報道がなされた。人口が増える一方、足元の税収がそれを支えきれなくなってしまっては、行政サービスや地域の安心安全、様々なインフラ整備などもままならない。

東京都が抱える税収課題の一つが、ふるさと納税による税収流出だ。ここでは、昨今のふるさと納税の事情を踏まえながら、東京都が今後取るべき対策について考えてみたい。

総額8302億円にまで拡大した「ふるさと納税」

2023年となり、今年一年をどう過ごすか考える人も多いだろう。色々な計画があるなか、今年はふるさと納税をしっかりやりたい、と思う人も一定数いるのではないだろうか。近年、広がりを見せるふるさと納税を、一度は使ったことがある、という人も多くいるだろう。

2008年に政府が創設した「ふるさと納税」。当初は、東京都をはじめとする都市部への人口一極集中に対して地方自治体の税収減解決の1つとして誕生した。ふるさと納税は、個人が任意の自治体へに寄付に対して控除が受けられ、返礼品によって各地の地場産業への間接的な支援や地方自治体間の税収格差の是正を目的としている。

導入当初は手続きの煩雑さなどから利用は低迷だったものの、2011年の震災支援を契機に広がりをみせ、2012年頃から「ふるさとチョイス」を代表とするポータルサイトの開設によって情報の閲覧から申し込み・決済まで可能となったことで普及が拡大した。いまでは楽天やヤフーといった大手ネット企業もポータルサイト開設に参入し、利用者も急増、地方自治体も本腰をいれてPRに取り組むようになっている。

総務省 ふるさと納税に関する現況調査結果(令和4年度実施)より抜粋
総務省 ふるさと納税に関する現況調査結果(令和4年度実施)より抜粋

総務省が発表した令和4年度実施調査によると、2022年時点での「ふるさと納税」の総額は全国で約8302億円受入件数は約4447万件と右肩上がりで推移している。

関係人口を創出するためのふるさと納税活用を

自治体による取り組みが強化される一方、課題も浮き彫りになってきた。金券など地域の魅力や地産商品と直接的には関係のない返礼品や高額な返礼品の造成、返礼品を過度に強調して寄付を募ることの是非を問う声といった「返礼品競争」への批判が高まり、総務省は2017年から寄付に対する返礼品による還元率を3割以下にとどめる規制を実施している。

少子高齢化に直面する地方自治体の課題解決につなげるという制度の趣旨から考えても、地域の魅力発信や地域文化の接点によるある種の「関係人口」の創出につなげることが健全な制度設計として捉えるべきだろう。

商品型から体験型へシフト

近年、返礼品造成に新たな動きがでてきている。それは、地産品のような商品型から、その地域ならではの「体験」を売りにしたふるさと納税が人気を博しているという。

例えば、地元テレビやラジオの出演券や、カヌーや釣りといった地域ならではの自然資源を活用したアクティビティ体験、陶芸体験や紙すき体験といった地域文化体験、マラソンやトライアスロンなどの大会権利の返礼品といったものがそれである。また、地域の J リーグチームやBリーグなどのプロスポーツチームの応援につなげ、オリジナルユニフォームや選手のサイン入りグッズといった返礼品も登場してきている。

スポーツふるさと納税サイト「ふるスポ!」
スポーツふるさと納税サイト「ふるスポ!」

地元酒蔵ツアーや普段は見学できない蒸留所の見学ツアーなど、これまでは地産商品をただ受け取るだけだったのが、より地域のことを深く知りたい、体験したいというニーズの高まりによって、まさにその地域でしか味わえない商品造成へとつなげている。

これはまさに、冒頭でも触れた「関係人口」の創出として、ふるさと納税を活用する自治体が増えてきたといえる。こうした取り組みを通じて、地域文化、地域の伝統の継承など、地域に点在する地域資源を発掘することによって、ただ単にお得な商品が買えるだけではない、地域ならではのコンテンツによる関係性の創出へとつなげていってもらいたい。

参照:ふるさと納税で“体験型”返礼品が増加中!ウィズコロナ時代の地域応援(SUUMOジャーナル)

参照:ふるさと納税の返礼品…“体験型”が増加 ラジオ出演や「ご当地ヒーロー」の一員に! 寄付額は?

ふるさと納税で税収減が課題の東京都

ふるさと納税は、その制度趣旨からも地方自治体が注目されがちだが、都市部在住の人らが地方自治体にふるさと納税をし地方自治体の税収が向上すればするほど、都市部自治体の所得税や住民税の税収は減少してしまう。国からの地方交付税も東京都は不交付団体であるため地方交付税による税収補てんもできず、減収による東京都の財政課題に直結している。

東京都全体でみると、2021年度は540億円以上がふるさと納税によって他自治体に流出している。

参照:東京23区 ふるさと納税で540億円超流出 食い止めへ まちを良くする使い道も(東京新聞、22年2月13日掲載)

都内で、最もふるさと納税によって減収に見舞われたのは世田谷区で、21年度で70億円以上、制度が始まってからの14年間の累計で364億円もの税収流出が起きている。22年度もすでに確定してる流出額だけでも87億円に上るという。

世田谷区はふるさと納税全体の流出額が全国5位。地方交付税を受けていない分、実質、全国ワーストともいえる。世田谷区のみならず、港区では41億円、大田区34億円、江東区33億円、品川区30億円(どれも21年度)と、23区全体でかなりの額が他地域に流出していることが見てとれる。

ふるさと納税で観光促進と文化芸術の発信を

これまで積極的にふるさと納税を活用してこなかった東京都や都内の自治体だったが、ふるさと納税の利用者増による税収減を課題と捉え、近年では本腰をいれて取り組みはじめようとしている。

世田谷区ふるさと納税特設サイト
世田谷区ふるさと納税特設サイト

特に、世田谷区は返礼品を拡充し、2022年11月からフランス菓子店「オーボンヴュータン」の焼き菓子詰め合わせや温泉旅館「由縁別邸 代田」のクーポン、老舗工房「アダン」のオーダーメードジュエリーといった、知名度の高い施設や店舗の商品を採用するなど、世田谷区としてのポテンシャルの高さを活かした返礼品を造成している。他にも、寄付者には区内店舗を紹介する冊子も送り、世田谷区への来訪を促す観光施策に近いアプローチを取っている。

参照:世田谷区が返礼品拡充 区民税 87億円流出 ふるさと納税、方針転換(東京新聞、22年11月25日掲載)

上野や浅草といった日本有数の観光地を擁する台東区も、コロナ禍による観光客の激減により地場産業、地場の商店の回復や活性化を図るため、ふるさと納税による商品造成へと踏み出した。返礼品では、オーダーメイドの人形や浅草切子といった工芸品の制作体験、奥浅草にある料亭でのお座敷遊びといった地域ならではの文化的な商品造成に力を入れている。

参照:ふるさと納税で531億円が「流出」…PRに懸命な東京23区「何かしらの対応が必要だ」(東京新聞、21年12つき14日)

観光体験をふるさと納税に活かすことにより、東京を訪れる機会を創出すると同時に、地場の文化産業への貢献にもつなげる戦略は、まさに東京ならではの取り組みといえる。

東京の「関係人口」を生み出す、東京ならではの文化に着目を

東京という都市が他地域と差別化できる要素の一つに、文化芸術に関連した施設の多さがあげられる。東京都は、国立、都立、区立、民間を含めると日本でも有数の美術館や博物館が点在する地域である。そうした美術館や博物館と連携し、普段では見られないような場所のツアーや、有識者らによる解説ツアー、体験企画など、様々な角度から企画を生み出す事ができる。

都内には落語や講談の寄席も多く、そうした寄席文化を体験することも一つの柱となるだろう。また、都内近郊には映画の撮影所や出版社も多く、映画や文芸にまつわる場所も多い。他にも、名勝や文化財関連の場所や施設も多く、文化的な資源があちらこちらに点在している地域といえる。

ふるさと納税が関係人口創出を生み出す制度であれば、東京は日本全国を対象に、ますます東京を好きになってもらい、東京に足を運んでもらえるような仕掛けを作ることもできるはずだ。

かつて東京に住んでいた人、都外在住だが、観光や遊びで定期的に東京に足を運ぶ人など、東京に関わる「関係人口」は幅広い層がポテンシャルとして存在する。そうした人達に、東京の魅力を伝え、東京の価値を支えるという発想を持つべきだろう。

もちろん、ふるさと納税としてのみならず、地域資源を活かすことを価値として捉え、東京だからこそ、東京ならではの価値を生み出す環境を構築することで、ますます東京の魅力を向上させることが、ひいては税収獲得にもつながる。

一昔は、人口流入と比例して豊かな財源確保できたものが、今では都市部に集まった人達がふるさと納税を活用すればするほど都市部の税収は厳しくなり、増えすぎた人口を支えるだけの行政サービスや社会インフラを維持できなくなる可能性もある。人口流入と税収確保は表裏一体である。

今後ふるさと納税を活用する人が増え続けると、ふるさと納税の市場規模が1兆円を超す日もそう遠くないだろう。であればこそ、ふるさと納税という制度そのものを否定するのではなく、ふるさと納税という制度をいかに活用するかという視点に立ち、東京ならではの価値、特に歴史・文化資源を基軸とした東京の魅力を創出し、東京の関係人口を構築することへの戦略が求められるだろう。

編集者/リサーチャー/プロデューサー

編集者、リサーチャー、プロデューサー。TOKYObeta代表、自律協生社会を実現するための社会システム構築を目指して、リサーチやプロジェクトに関わる。 著書に『実践から学ぶ地方創生と地域金融』(学芸出版社)『孤立する都市、つながる街』(日本経済新聞社出版社)『日本のシビックエコノミー』(フィルムアート社)他。

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