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河野太郎・ワクチン担当相への期待と懸念~その発信力と情報コントロールへのこだわりについて~

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
(写真:ロイター/アフロ)

 コロナ禍終息のカギは、ワクチンの普及にある。昨年中に接種開始した欧米などに比べ、かなり出遅れたものの、日本でも2月下旬にも接種が始まる。

 政府が確保を公表したファイザー社のワクチンは、マイナス70度での保管が必要で、それを短期間で全国のできるだけ多くの人に接種しようとするのは、相当の難事業だろう。担当相に任命された河野太郎行革担当相は、その困難さを「プロジェクトXみたい」と表現した。持ち前の合理的な発想、スピード感をもって役所の縦割りをぶち破る突破力、そして積極的な発信力が最善の形で発揮して、この仕事をやりきるよう、期待したい。

強みの裏に弱みあり

 ただ、強みはしばしば弱みと表裏一体だ。

 このプロジェクトは、それぞれの事情を抱える様々な機関や自治体と細かい調整を重ねていかなければならない。ワクチンの副反応に対する警戒が強い人達も少なくなく、丁寧で分かりやすい説明を繰り返していく必要がある。合理性と突破力とは別に、懐の深さや忍耐強さを求められる事業でもあろう。

 その点、河野氏のこれまでの言動や実績からいささかの懸念材料はある。

はんこ業者の猛反発

 河野氏は行革担当相に任命されてすぐ、行政機関の「はんこ廃止」を宣言した。霞が関のすべての官庁に対し、行政手続きでの押印を不要にするよう求めた。押印を残す場合は5日以内に理由を提出せよ、という性急さ。さらに「書類とFAXをなくしたい」と意気込み、霞ヶ関を揺るがした。

 余勢を駆ってか、平井卓也デジタル改革担当相から贈られたという「押印廃止」のはんこをツイッターで紹介。仕事を失う危機感を抱いていたはんこ業者から「傷口に塩を塗り込むような発言」と猛反発を受け、「しっかりと意図が伝わらなかった」と謝罪した。

突破力や発信力の一方で

 紙文化の上に成り立っている行政や政治を一気に変えようと考えた時、河野氏の突破力は頼もしい。ただし、その発想は合理的だがデリカシーに欠け、独善的になりがちでもある。スピード感は他の追随を許さないが、それぞれの当事者が抱える事情への目配りや丁寧な段取りを軽視した強引なものになりかねない。発信力が際立つ一方で、すべての情報発信を自分が仕切ろうと強権的になりやすい…といった側面も否定できない。

報道は「デタラメ」「あてずっぽう」と

 そんな河野氏らしさが、ワクチン担当を巡っても早速”発揮”されている。就任早々、メディアにかみついた。

 ターゲットになったのはNHK。同局は昨年12月の段階で、ワクチン接種の開始時期について、厚生労働省が作成した資料に基づいて、次のように報じていた

 ▽来年2月下旬をめどに先行して1万人程度の医療従事者に

 ▽3月中旬をめどに残るおよそ300万人の医療従事者に

 ▽3月下旬をめどに高齢者に

 ▽そのほかは基礎疾患のある人などを優先しながら4月以降に

 そして今月20日、これに加えて「早ければ5月ごろから一般の人への接種を開始する案も出ています」と報じた。

 すると、河野氏はツイッターでこうコメントした。

「うあー、NHK、勝手にワクチン接種のスケジュールを作らないでくれ。デタラメだぞ」

 これにはなんと23万を超える「いいね」がつき、9万4000回ものリツイートがなされた。さらに、NHKを批判、揶揄するコメントが延々とついた。

 報道各社が「政府関係者」の話として、「一般の人への接種開始を5月ごろと想定している」と報じたのに対しても、河野氏はツイッターで「全く根拠のないあてずっぽう」と否定した。

 NHKの情報発信は、5月開始の「案が出ている」という慎重なもので、断定したわけではない。それを「デタラメ」と断じるほどはっきりした根拠があるなら、河野氏はそれをいち早く公表してもらいたい。

 しかし、河野氏はツイッターで供給スケジュールについては「未定」としたうえで、「金曜日(22日)には多少なりともお話しできるように努力しています」と述べた。

 ちなみに22日には、開始時期について具体的な情報発信はなかった。

陸上イージス配備断念では…

 この一件で思い出すのは、河野氏が防衛大臣として、イージス・アショア配備問題に関わった時のことだ。防衛省は秋田県と山口県に配備する計画を立てていたが、住民への説明の致命的な間違いが判明し、両県への配備を断念。結局配備計画そのものを撤回することになった。

各メディアの報道を「フェイクニュース」と

 それを最初に報じたのは、昨年5月7日付の読売新聞。「イージス、秋田の候補地への配備断念…255年運用開始ずれ込みか」との見出しだった。

 各メディアが、その後を追った。

 これに対し、河野氏は「フェイクニュース」という強い表現で否定した。

「今回のフェイクニュースの先陣を切ったのは読売新聞」

 このツイートは5万以上の「いいね」がつき、2万回のリツイートがなされた。さらに、メディアに対する非難や河野氏に対する称賛コメントが大量についた。

「フェイク」はどちらか

 ところが、河野防衛相は6月15日にイージス・アショアの配備計画「停止」を発表した。5月時点での報道は、「フェイク」などではなかった。しかし、訂正や削除はなされていない。

配備断念を報じる、6月26日付秋田魁新報

 「フェイク」と言うなら、それはむしろ河野氏のツイートの方だったのだが、同氏は自身のブログでも、メディアに「フェイクニュース」を流されたとしたうえで、こう書いた。

〈明日、正式に発表されるものを、一日早く、今日、報道することは、報道機関の社内的には褒められることかもしれないが、社会的な付加価値はない〉

 自分はいずれ発表するつもりだったのに、それを先走って報じても、何の社会的意味もない、と言いたいらしい。

 でも、そうなのだろうか。

「早く知りたい」に応えるのも報道の役割

 イージス・アショアの配備予定地とされていた地元の人達にとっては、「配備断念」は一刻も早く知りたい情報のはずだ。あるいは、医療従事者でも高齢者でもない一般人にとって、自分がいつからワクチン接種の対象になるのか、できるだけ早く知りたいだろう。

 そうした「早く知りたい」に応えようとするのは、報道機関の役割の1つだ。

 急ぐあまり事実確認がおろそかになってはいけない。また、警察・検察が誰を逮捕したかといった情報など、発表より早く報じても、「社会的な付加価値」は大してない場合も多いだろう。しかし、例外はある。報道する価値があるかどうかは、報道関係者の判断と読者・視聴者の反応によって決まることで、権力を持つ側の人間が決めることではない。

報道は「よくしつけられた飼い犬」であってはならない

 「いつ」報じるかも、報道の自由の一部だ。報道機関やジャーナリストは、「よくしつけられた飼い犬」であってはならない。政府がゴーサインを与えるまで、大事な事実を知っても書かないメディアは、結局のところ、政府から「よし」と言ってもらえない限り、永遠に事実を書けないだろう。

 河野氏にしてみれば、すべての段取りが整って、自身が納得のいく状態で発表し、それを伝えてこそ、正確な報道なのだろう。そのため、行政機関のトップとして、情報漏れが起きないような措置を講じる、というのは理解できる。しかし、自身の発信力を利用し、予定外の報道を「フェイク」扱いし、その信用性を毀損することで情報をコントロールしようとするのは強権的に過ぎるのではないか。

 情報を一本化してグリップしたいというのは、権力者としてありがちな発想だが、政府の中で交わされる様々な情報や政策決定のプロセスが国民の目に届くのも、民主主義国家の中では大事なことだ。

報道と行政の情報発信の違い

 出来事は、刻々と変化する。間違いがあれば速やかに正し、新たに分かったことは書き加えていく。それを続けていくのが報道機関の仕事だ。一方、行政機関は組織として決定し、しかるべき人の承認を受けた情報を発表する。その情報発信の仕方や役割は自ずと異なる。河野氏は、そこの壁を乗り越えて、メディアに自分が理想とする情報発信をさせようというこだわりが強いように思う。

 ところが、報道機関は必ずしも思う通りに動かない。そこで、「フェイクニュース」や「デタラメ」といった言葉で、メディア情報の信用性を毀損する。規模や頻度は全然異なるが、批判的なメディアに対し「フェイクニュース」を連発していたトランプ・前米大統領の手法を彷彿とさせる。

ワクチン専用アカを立ち上げ

 報道機関に対抗するかのように、河野氏は官邸のホームページにワクチン専用の特設ページを立ち上げ、新たなTwitterアカウントによる発信も始めた。新たに自前のメディアを持った、ということなのだろう。

 動機はどうあれ、政府ができるだけ正確で分かりやすい情報発信をしていこう、という姿勢は歓迎したい。政府の公式情報が、迅速かつ国民が入手しやすい形で発信されるのはとてもよいことだ。

 ただ、このアカウントが「メディアは信用ならないから、政府発の情報を見ていればよい」という発想に人々を誘導するための装置になりはしないか、気になるところだ。アカウントにつけられたコメントを見ていると、早くもその兆しが見え、新たな懸念材料だ。

情報コントロールを巡る閣内ギクシャク

 情報コントロールへのこだわりを見せる河野氏は、政府内の他の高官による情報発信にも神経を尖らせる。

 坂井学官房副長官が21日の記者会見で、「6月までに接種対象となる全ての国民に必要な数量の確保は見込んでいる」と説明したが、河野氏はこの発言を、翌日午前の記者会見で否定。「政府内の情報の齟齬があった。古い情報だった。修正する」と述べた。これに対し坂井氏は、22日午後の記者会見で「(確保の)方針に何ら変更はない」と反論。自身の発言は修正しないと述べた。

 河野氏からすれば、ワクチンの確保と供給は自身の所管であり、それに関する情報発信は自身に一本化して行いたいのだろう。そこで市中に出回っている情報をリセットし、担当者として改めて正確な情報発信に努めるつもりなのに、勝手に発信されて困る、ということではないか。

 その後、河野氏は坂井氏と話をしたようで「『6月に確保することを目指す』ということで齟齬はないと確認した」と述べた。最初の発言の前に、そうした話し合いをしてもよさそうなものだ。ところが、彼は記者会見という公の席で発言の修正を求め、ワクチンの確保と供給に関する情報発信は自身に一本化すべきであると強烈にアピールして、波風を立てる。いかにも河野氏らしい、とも言える。

 ただ、このような情報の主導権争いは、国民にとっては意味がない。政府内で互いの立場を考えた調整すらできず、もっと複雑でより多く関係者への配慮が必要なワクチン供給事業は大丈夫なのだろうか、という心配さえ出てくる。

「首相にふさわしい人」への期待と懸念

 河野氏が熱心かつ迅速に仕事に取り組む姿勢を評価する国民は多い。最新の世論調査では、「首相にふさわしい人」のトップに躍り出た。政界の「異端児」とも言われた彼への高評価を見て、小泉純一郎氏が旋風を巻き起こした時を思い起こした。当時、人々は小泉氏の破壊力に熱狂した。首相となった小泉氏は実績も大きかったが、その間に社会の大事なものは相当に壊された。そのことも思い出しながら、冷静に今後の河野氏の活躍を見ていきたい。

 ワクチン担当相は、河野氏にとって、首相を目指すうえで大きなチャンスであり試練でもあるだろう。彼がこの機会を生かし、大きな成功を収めることは、国民に早くワクチンが行き渡ることでもある。彼には自身の強みを最大限に発揮し、この偉業をぜひ達成して欲しい、と思う。と同時に、様々な人や機関を効果的につないでいくこの事業を通して、彼が自身の弱みを克服し、とりわけ情報コントロールに関する懸念を払拭してくれることを願ってやまない。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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