閉ざされた再審請求審を裁判員裁判にしてオープンに!~名張毒ぶどう酒事件の再審請求棄却決定から考える

決定を受けて裁判所を出る弁護団

 56年前、三重県名張市で地域の懇親会に出されたぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡した「名張毒ぶどう酒事件」で、名古屋高裁(山口裕之裁判長、出口博章裁判官、大村陽一裁判官)が8日、第10次再審請求を棄却する決定を出した。三者協議もやらない裁判所の姿勢から、この結論は予想していたが、様々な証拠に照らして確定判決を検討することにも拒否的で、毒物鑑定の検証実験などを「無意味」と突き放すなど、「これ以上裁判所の手を煩わせるな」と言わんばかりの拒絶感に満ちた態度が決定要旨からあふれているのには、唖然とさせられた。

三者協議さえ開かず

弁護人が描いた晩年の奥西さんの似顔絵。よく似ている
弁護人が描いた晩年の奥西さんの似顔絵。よく似ている

 本事件で起訴された奥西勝さんは、一審の津地裁は無罪だったが、二審の名古屋高裁で逆転有罪で死刑を言い渡された(このため、再審請求は地裁ではなく、高裁に提出することになる)。奥西さんは、判決確定後も無実を訴え続け、裁判のやりなおしを求めてきた。第7次再審請求で、ようやく名古屋高裁刑事第1部(小出じゅん一裁判長、「じゅん」はカネヘンに「享」)が再審開始を決定したが、検察の即時抗告による異議審で取り消された。第9次請求の最中に、奥西さんは死亡。第10次請求は、実妹の岡美代子さんが請求人となった初めての再審請求である。

奥西勝さんの遺影と共に記者会見する岡美代子さん
奥西勝さんの遺影と共に記者会見する岡美代子さん

 弁護側は使われた毒物が確定判決で示されたニッカリンTとは別の農薬であるとする主張を補強するため、事件当時の鑑定方法を再現する実験を行う一方、ぶどう酒の瓶の封緘紙ののりの成分を分析。製造過程で使用されたのとは異なる、一般家庭などで使われているのりが付着していたとして、奥西さん以外の誰かが、事前に開栓して毒物を入れた後に、再び封緘紙を貼り直した可能性があると主張した。 

 弁護側は鑑定を行った科学者の話を直接聞く機会を設けるよう、再三要請したが、裁判所は受け付けなかった。裁判所、弁護人、検察官による三者協議は、途中で請求を取り下げ第9次請求審に切り替えたために短期間で終わった第8次請求審でも行われたが、今回は一度も行われていない。

 決定では、毒物に関する再現実験は、当時の器具は入手不能などとして「再現を試みたところで、何の意味も持たない」「かかる再現実験をいくら重ねても無意味である」と切り捨てた。のりの成分についての再現実験でも、「意味をなさない」「意味をもたない」という言葉が繰り返された。

 専門的な知識や経験が必要な分野について、鑑定人の詳細な説明を求めることもなく、他の専門家の見解も聞かずとも、裁判官の非科学的な頭で科学鑑定の是非を判断できるんだと言わんばかりの対応は、傲慢の極みを言えよう。

証拠の吟味も行わず

 今回の決定は、確定判決を支えた証拠だけをつまみ食いしたうえ、当時の状況をまったく無視した評価をしている。

奥西さんの死後も支援活動は続くが…
奥西さんの死後も支援活動は続くが…

 確定判決は、ぶどう酒に毒を入れる機会があったのは、懇親会会場の公民館で奥西さんが10分間1人でいた時間帯だけである、と認定した。ただ、このぶどう酒はその前に、懇親会を主催する生活改善クラブの会長Nさん宅に一定時間置かれていた。ぶどう酒の購入は、事件当日の朝にNさんが決めたこともあり、当初はNさんにも強い疑いが向けられていた。ところが、ぶどう酒到着時刻に関する関係者の供述は、途中ですべて、一斉に不自然な変化を遂げ、N宅に置かれていた時間がぐんと短くなり、ここで毒を入れる機会はないことになった。

 これによって、犯行の機会があった者は奥西さんのみだと主張する検察側に対し、一審の無罪判決は、証言の変遷は「検察官のなみなみならぬ努力の所産」と皮肉っている。

 しかし、今回の決定はそうした経緯は一切無視し、確定判決に合う証言のみをつまみ食いした。そのうえ、当時の状況は一切無視している。

 たとえば、ぶどう酒到着時刻に関する証言をしているT女の供述について、決定は「明確で一貫しており、うそをつく理由もない」と断言した。しかし、捜査の初期のT女供述は証拠として提出されていないので、果たして一貫しているのか不明だ。しかも、T女はNさんの実の妹である。

 第7次の再審開始決定では、T女ら関係者の供述の取扱いについて、次のような注意を述べている。

〈重要な供述者全員、特にNをはじめその家族(K女、T女)が、いずれも事件との強い利害関係を有する複雑な立場であって、供述の対象事項が、自らや親族らの嫌疑に直接、間接に関係し、虚偽供述を行いやすい強い動機が認められる

〈特にN女は嫁ぎ先から実家に帰っておりぶどう酒を一時的に保管していた家族として強い利害関係を有する者であり、兄Nとは供述当時の時点で同居していたこと(中略)などの背景事情があった〉

〈このような当時の背景事情を念頭に置いた上で、各供述の信用性の判断に当たり、供述の変遷、その理由、供述内容の自然さ、他の証拠との整合性などの観点から、慎重な検討を要する

2005年に再審開始決定が出たのだが……
2005年に再審開始決定が出たのだが……

 こうした「慎重な検討」もなく、証拠を十分に吟味しないまま、T女供述が「明確で一貫しており、うそをつく理由もない」などと断定した今回の決定は、控えめに言っても、あまりに軽率だ。こんな軽率な判断は、裁判記録全体を読み直し、これまでの再審請求審で明らかになった事実(弁護人が書面で丁寧に解説している)を新証拠とともに総合して検討していればできないだろう。今回の裁判所が、まともに再審の訴えに向き合っていなかったことが、ここに現れている、と思う。

歴史に学ばない裁判官

 自白の取扱いもひどいものだ。

 決定は、捜査段階の自白について次のように認定している。

〈身柄拘束前の任意調べで犯人と供述した。本件のような重大な事犯について特段の強制もなく自白した以上、任意性に問題がないことはもとより、信用性も高いと考えられる〉

 本件被害者の中には、奥西さんの妻も含まれている。まもなく小学校に上がる娘を含め、2人の子供がいた。そういう状況下で、奥西さんは連日警察に呼び出されて深夜まで厳しい追及を受け、「新聞記者がうるさいから家に帰ってはいかん」と近くの宿屋に泊まるよう求められた。なんとか頼んで自宅に帰らせてもらっても、刑事がついてきて家の中まで強引に上がり込み、トイレもドアを開けたまま用を足させるなど、徹底的な監視をした。果たしてこれが、「任意」の取り調べと言えるだろうか。

 逮捕前の「任意捜査」の段階で、虚偽の自白に追い込まれた事例は、過去にいくつもある。足利事件で菅家利和さんは、午前7時に自宅にやってきた刑事に警察署に連れていかれ、自白の強要を受け、午後10時頃には虚偽自白に追い込まれた。それでも、警察に連れて行ったのは「任意同行」であり、自白強要は「任意の取り調べ」で、「任意捜査」による「任意」の自白として扱われた。

松橋事件では、連日の「任意」での取り調べの末にとられた「自白」の信用性を裁判所も否定した
松橋事件では、連日の「任意」での取り調べの末にとられた「自白」の信用性を裁判所も否定した

 先日、熊本地裁に続いて福岡高裁が「自白」の信用性を否定して再審開始を認めた松橋事件でも、事件発生後13日間に9日もの取り調べを受け、「ポリグラフ検査で陽性反応が出た」などと告げられ、取り調べがない日も自宅待機を命じられるなど、完全に捜査当局の支配下に置かれた状況が続く中で、「自白」に追い込まれた。

 冤罪の歴史から、名古屋高裁の裁判官はまったく教訓を学んでいない。こういう裁判官が、刑事司法の現場にいて、今日も人を裁いているのである。

「自白」に引きずられる裁判官

名古屋地・高裁
名古屋地・高裁

 ただ、こうした姿勢は、今回の裁判体に限ったものではない。第7次請求審での再審開始決定をひっくり返し、再審請求を棄却した2006年の名古屋高裁刑事2部(門野博裁判長)による異議審決定でも、自白が「任意捜査の段階」で行われたことを重視し、「そう易々とうその自白をするとは考えにくい」として、長々と自白を引用している。

 裁判所が、このように自白に引きずられて有罪認定するからこそ、刑事訴訟法の改正によって捜査段階での可視化が導入されるに至ったのだ。ただ、それだけでは過去の事件は救われない。しかも、多くの裁判官は、再審に対しては極めて消極的だ。今回の裁判所に至っては、様々な証拠から確定判決を見直すことさえ拒否するような態度で事件に臨んでいる。

再審請求制度改革私案

 こういう裁判官たちが、密室で判断を下しているのが、今の再審請求審だ。公開の法廷で証人尋問を行うなど、一部の過程をオープンにすることは、今の法律でもできる。過去には、日産サニー事件の再審請求審で福島地裁いわき支部は証人尋問を公開の法廷で行った前例もある。けれども、多くの裁判所は、国民の目が届かない密室を好む。名張事件でも、ずっと密室審理が行われてきた。

 このような状況では、よほど奇特な裁判官に当たらない限り、救われるべき者も救われない。そろそろ、本気で再審請求制度の見直しが必要ではないか。

 私の提案はこうだ。

1)名張事件のように、現在であれば裁判員裁判で行われるような重大事件に関しては、職業裁判官のみではなく市民を入れた裁判員方式で審理する。

2)公開の法廷で請求人・弁護人、検察側の主張を述べ合う。

3)証人尋問などは公開の法廷で行う。

 再審請求審の取材は、多くの場合、検察が非協力的なので、報道陣は弁護人からしか情報を得られない状況だく。提供される情報には弁護人というバイアスがかかっているという前提で報道しなければならない。しかし、公開の法廷で双方のやりとりや証人尋問が行われれば、客観的な立場で取材し、だからこそ確信を持って報道できる。国民も、傍聴席に座って、あるいは報道を通して、再審請求審がどのように行われているかを確認することができる。

 憲法で裁判の公開が決められているのは、裁判の公正さを担保し、それによって国民の司法への信頼を確保するためだ。

 再審請求審も、国民の目に、審理の過程がある程度見える状況が確保されてこそ、裁判官も緊張感をもって、公正な態度で審理に取り組むだろうし、その姿勢が見えることで国民の司法への信頼も醸成されるだろう。 

名張毒ぶどう酒事件の被害者のために建てられた慰霊塔
名張毒ぶどう酒事件の被害者のために建てられた慰霊塔