【塀の中の摂食障害】女子刑務所の患者増加~彼女たちはなぜ万引きを繰り返すのか

札幌刑務所と刑務支所の入り口。右側が女子専用の刑務支所

 極端な小食でやせ細ったり、むちゃ食いしては嘔吐を繰り返すなどの摂食障害。女子刑務所には、この摂食障害を患う受刑者が増えている。多くは窃盗犯で、服役を繰り返す者も多い。なぜなのだろうか。その現状と背景、対応などを4回にわたってレポートする。

万引きがやめられない

 札幌刑務支所は、最も北に位置する女子刑務所だ。ここに服役するA子(35)は、南関東の出身。万引きを繰り返し、何度か捕まった末に、とうとう実刑判決を受け、初めての服役中だ。

筆者のインタビューに答えるA子
筆者のインタビューに答えるA子

 A子は、15年ほど摂食障害に悩まされてきた。

 きっかけは、20歳の時、両親が離婚したのを契機に、祖母の家で暮らすようになったことだ。その時の寂しさは、何かを食べている時だけは忘れられた。

 ついついたくさん食べ、食べ過ぎた後は嘔吐するようになった。症状は進み、普通に食事をした後、さらに2食分くらいの食べ物を詰め込むようになった。食費の出費が収入をはるかに上回るようになった。

 「これくらい大丈夫だろう」という気持ちで、食品を万引きしたところ、うまくいった。当初はドキドキしたが、回を重ねるうちに、緊張感もマヒしていった。

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 いつもたくさん買っている店なんだから、少しくらい盗んでもいいだろう、などと自分を正当化。そのうち、ほぼ毎日、どこかの店で食品を万引きするようになった。手口はどんどん大胆になり、カゴごとレジを通らずに外に出ていたこともあった。

 あまりに大胆過ぎたせいか、なかなか捕まらなかった。それでも、終いには警察に突き出された。

 「なんてバカなことをしているんだ」と、その時は思った。でも、釈放されると、その気持ちはすぐに薄れた。そんなことを繰り返し、裁判にかけられた時も、判決に執行猶予がつくと、すぐに万引きしては過食、嘔吐を繰り返す日常に戻った。

 母の再婚相手の紹介で、病院に行ったこともある。食欲を抑える薬を処方されたが、医者が本当に自分のことを分かってくれているのかと、信頼感を持てず、すぐに行くのをやめた。

 そうこうするうちに、また捕まり、とうとう実刑判決。初めて刑務所に入った。

ここを出るのが怖い

 刑務所では、自由に食品が手に入らず、他の受刑者との共同生活で人の目もあることから、今は普通の食生活ができている。

「社会に出たら、きちんと仕事をして、貯金もしたい。そのためにも、体力を落とさないで戻りたいですから」

 問題は、今の食生活を出所後も続けていけるか、だ。

「怖いです、正直。ここにいれば、3食出していただいて、きちんと食べているけれど、外に出たらいろんなモノがあふれている。また誘惑にかられてしまうんじゃないかという怖さがある」

 深夜でも食べ物が手に入る時代。コンビニの普及もあり、誘惑は至る所にある。

A子は、刑務所では規則正しい食生活を送れている。ただ、外に出たらどうなるか心配
A子は、刑務所では規則正しい食生活を送れている。ただ、外に出たらどうなるか心配

年々増える摂食障害の女子受刑者

 女子刑務所には、A子のように摂食障害を抱える受刑者が増えている。

 そのことが問題視され、法務省では2013年から毎年、「拒食、嘔吐等を繰り返す等により、他の受刑者と異なる処遇を行う女子受刑者」(摂食障害受刑者)の数を調査している。同年には124人で、全国11カ所の女子刑務所と3つの医療刑務所に収容されている女子受刑者4159人の3.0%だった。それが、その後も年々増え、今年7月1日現在には199人。女子受刑者の20人に1人以上が摂食障害という状況だ。

 しかも……。

「実際にはもっと多い可能性があります」

 そう指摘するのは、摂食障害学会副理事長で内科医の鈴木眞理・政策研究大学院大学教授だ。

「社会では過食嘔吐をしていたけれど、体重はそこそこ普通にあり、医療機関にもつながっておらず、本人が隠している場合、見逃されてしまうことが考えられますから」

 罪名は窃盗がダントツに多く、今年の調査でも139人と約7割を占める。中でも132人が食品などの万引きだ。年齢は20代から60歳以上までと幅広い。

札幌刑務支所にて
札幌刑務支所にて

  

摂食障害の症状としての万引き

 摂食障害に伴う様々な問題行動の1つとして、万引きがあることは、専門医にも指摘されている。A子のように、何度も捕まり、罰金や執行猶予判決を経て、それでも止まらずに捕まったケースは、いわば氷山の一角。摂食障害に詳しい高木洲一郎医師らのグループが、自身のクリニックなどを受診した摂食障害患者を対象に行った聞き取り調査では、患者の44%が万引きを告白している。

 それによれば、万引きをする時に所持金があった者が8割。買おうと思えば買えたのに、万引きを繰り返す。動機としては「どうせ食べて吐いてしまうのだから、自分のお金を使うのはもったいない」「お金がいくらあっても(過食のために)足りないし、少しでも節約したいから」と、いかにも自己中心的な理由が並ぶ。

 けれど彼女たちの多くは、子どもの頃はどちらかと言えば「いい子」で、道徳心も人並み以上に強い方だという。

 なぜ、摂食障害になると、当たり前の倫理観をうち捨てて、万引きに走ってしまうのか。先の鈴木はこう語る。

「摂食障害の患者は、食べても吐いてしまうので、脳が飢餓状態にあります。それに、食べ物やお金を貯め込んでおかないと不安で仕方がない。摂食障害により、食べ物に執着する一方、認知機能が落ち、善悪の判別力や抑制機能が低下するため、目の前に食べ物があると衝動的に手が出てしまう。摂食障害患者の万引きの多くは症状の1つ、と言えます」

 2013年12月に閣議決定された犯罪対策閣僚会議の「『世界一安全な日本』創造戦略」でも、「摂食障害等の女性特有の問題を抱えている者」に対する支援の必要性に触れており、摂食障害と犯罪との関わりは、もはや政府も認めるところとなっている。

「お姉ちゃんだからしっかり」

 出来心で一度か二度というのではなく、A子のように、捕まって一時的に反省しても、繰り返し事件を起こすのが摂食障害患者による万引きの特徴だ。

 そのため再犯者が多い。上記法務省調査でも、刑務所に入るのは2度以上の者は115人と、摂食障害受刑者の6割近くを占める。

昼食は、作業を行う工場内の食堂で、受刑者が一緒に食べる。
昼食は、作業を行う工場内の食堂で、受刑者が一緒に食べる。

 同じ札幌刑務支所に収監中のB子(39)もその1人だ。

 ほっそりしているが、病的にやせているわけではない。長めの髪を後ろで器用にまとめ、化粧気がない肌は、透けるように白い。時折見せるあどけない笑顔もあって、実年齢より遙かに若く見える。言葉遣いは丁寧で適確。しかも楚々とした雰囲気の彼女が、4度目の受刑と聞いて驚いた。

 中部地方に生まれ育ったB子は、3人姉妹の長女。一番下の妹が重い障害を持って生まれ、入退院を繰り返していたこともあって、幼い頃から「お姉ちゃんなんだからしっかりして」と言われて育った。B子自身も、「私はお姉ちゃんなんだから、しっかりしなきゃ」と自覚していた。

 両親がキリスト教系新興宗教の信者で、しつけは教えに則って厳格。ムチで叩かれるなどの体罰を受けたこともあった。それでもB子は親の期待に応えようと努めた。甘えやわがまま慎み、週に3日は教団の集会に参加し、母の布教活動にも必ず付き従った。

食べ物は嫌なことを忘れさせてくれる

筆者のインタビューに答えるB子
筆者のインタビューに答えるB子

 高校卒業後は進学せず、宗教活動中心にしながらパートで働く生活になった。そんな彼女に摂食障害の症状が現れたのは24歳の時。

 教団内の人間関係に悩んだ。生真面目なB子は、他の人の教義にそぐわない言動が受け容れられず、ストレスが溜まった。母は忙しそうで相談できない。しかも母は、祖母の死後に変調を来して入院。見舞いに行ったが、その時に服用していた薬の影響もあってか、娘の顔を認識できず、「あなた、誰?」と聞いてきた。

 一時的な現象ではあったが、B子は大きなショックを受けた。「私は母に愛されていないのではないか」と疑念が湧いた。

 そんな時、大食いすると嫌なことをすべて忘れられた。食べ物は、気持ちを紛らわせてくれる、と思った。酒やギャンブルが禁じられた教義に反しない、ストレスのはけ口でもあった。

 先の摂食障害の臨床経験豊富な鈴木教授によれば、「摂食障害は、現実から逃避する手段」。やせることや食べ物だけに意識を集中させていれば、つらい現実を考えずに済む。摂食障害患者は、生真面目な一方、融通が利かず、ストレスをうまく解消することが下手な人が多い。拒食や過食が、ストレスから逃れる唯一の方法になり、深みにはまる。B子はまさにその典型だった。 

 食べることだけが、心の支えになった。食べても食べても、なかなか満足できない。体重はどんどん増えた。自分でも、この状態はおかしいと思い、精神科を訪ねた。だが医師は、「大丈夫だよ。太った精神病患者なんていないから」と笑い飛ばした。

 B子は、バカにされた、と思った。

「もう医師を頼ることはできない、自分でなんとかしなければ」

 そう思って運動をしてみたが、とても食べた分のカロリーを消費することはできない。ベスト体重が45キロのB子が、64キロにまでなった。

 その頃、テレビか雑誌で、「吐いてしまえばカロリーはプラスマイナスゼロ」という発言を見聞きした。なるほどと思い、試してみた。指を喉に突っ込んだが、最初は涙と鼻水が出て来るだけで、うまくいかなかった。それでも回数を重ねているうちに、スムーズに吐けるように。半年もしないうちに、指を使わなくても、腹筋に力を入れるだけで吐けるようになった。

吐くことに快感を覚える

昼間は縫製工場で刑務作業を行う
昼間は縫製工場で刑務作業を行う

 菓子パンと炭酸水の組み合わせが、B子にとっては吐きやすい「王道」だった。しばらくして、食べること以上に、吐く行為が快感になっていった。吐いている間、脳が酸欠気味になるのか、ふわふわとした気持ちよさがあった、という。それを求めて、へとへとになるまで食べては吐く日々。

「吐かずには生きていけず、でも、吐くと今度は後ろめたさが募りました」

 そんな自分を忘れるために、また食べては吐く。薬物依存ならぬ、過食嘔吐依存の状態だった。

 この異常な食行動は、そのうち母に知られるところとなった。母は娘を監視し始めた。トイレに行くと、ドアに耳をつけて中の様子を聞く。帰宅すると荷物をチェック。部屋に室内に食べ物を隠していないか、外出している間に捜索する。みつかると、机の上に並べて「これは何なの?」と詰問した。

 B子のストレスはますますたまり、母に隠れてこっそり食べて吐く時だけが心安らげる時間だった、という。

”悪魔のささやき”が聞こえる

 母との確執が激しくなる中、食べ物の万引きが始まった。聖書の教えでも、盗みは強く戒められている。信仰の世界に生きていたB子だが、衝動にかられ、ほとんど無意識のうちに、商品に手を出していた。

 何度も捕まり、警察に突き出された。最初のうちは起訴猶予で釈放されたが、後に裁判を繰り返し受けるようになる。判決も、服役期間が最初は8か月、次は1年、その次は1年10月と長く厳しくなっていった。教団からは排斥された。

 刑務所ではいじめにも遭った。出所のたびに、「こういう経験はもうしたくない。今度こそがんばろう」と思う。それに刑務所内では、食事の量が決められているのと人の目があるために、吐かずにいる生活ができていた。もう私は大丈夫……そう思っても、自由に食べ物が手に入る環境に戻ると、症状はぶり返した。「吐いちゃいけない」と思うと、余計に吐きたい衝動にかられる。どこからか「吐け!」という”悪魔のささやき”が聞こえた。その”声”は、万引きへと彼女を突き動かすスイッチにもなった。

 前刑を終えた後、東京に住まいを移した。仕事を始めた後、ある男性と知り合い、交際が始まった。実家を離れたせいか、あるいは恋にときめいていたせいか、症状はかなり治まっていた。プロポーズされ、ためらいながらもそれを受けた。摂食障害や前科は隠していた。

結婚式の直前に……

 幸せの絶頂期。それが暗転したのは、結婚式を3週間後に控えて実家に帰った後だった。実家で母親と喧嘩になった。それが引き金になったのかもしれない。東京に戻り、職場の上司を訪ねる際の手土産を買おうとデパートに入った時、あの「吐け!」という声が聞こえた。その後の記憶はない。気がつくと、和菓子を万引きしたとして、警備員に捕まっていた。

 これまでの事件も、万引きする時のことはほとんど覚えていなかった。店内のビデオを見ると、自分が商品を盗っているのは確かなのだが、どうしても状況が思い出せない。後に、2つの医療機関から「解離性障害」と診断された。摂食障害は、このように他の障害や病気と重なる場合もある。

 B子は、前科もあることから、常習累犯窃盗罪で起訴された。結婚は破談になると覚悟した。けれども、すべてを知った婚約者は、「病気なら治せばいい」と言ってくれた。彼の両親も、「娘として待っている」という言葉を伝えてくれた。

*婚約者とこの東京拘置所で面会。今度こそ……と誓った
*婚約者とこの東京拘置所で面会。今度こそ……と誓った

治療とカウンセリング

 今度こそ、本当に治そうと強く心に誓った。保釈後、依存症の専門病院に入院。そこでは、同じ摂食障害の仲間がいて、自分の気持ちも正直に話すことができた。カウンセラーの資格も持つ弁護人が、気持ちをじっくり聞いてアドバイスをしてくれたこともあり、自分の問題をじっくり考えることができた。

「どうせ吐いてしまうのにお金を出すのはもったいないという気持ちがなかった、というと嘘になるけれど、今考えると、聖書の教えで戒められている盗みをすることで、母に心配してもらいたい気持ちが根底にあったと思う」

 人間関係の悩み、とりわけ母親との関係が背景にある摂食障害患者は少なくない、と聞く。B子は、セラピーのワークショップにも参加し、母との関係を見つめ直した。

「母にとってみれば、右手には障害のある妹、左手にはもうひとりの甘え上手な妹を抱え、両手が塞がって、私に手をさしのべようと思っても、できなかったのかもしれない。自分から『お母さん、お母さん』と甘えられなかった私にも原因があるのかな、と」

 裁判は、一審が懲役2年の実刑判決だったが、控訴。結婚後に立ち直った姿を見せて、控訴審で執行猶予をつけてもらうことを目指した。

 ところが……。

反省や決意や誠意では克服できない病

 勤務先が北関東に変わった夫との新婚生活が始まった。環境の激変で、ストレスがたまり、またもや食べ吐きの衝動を抑えきれなくなった。ある日、買い物に出掛けると、また「吐け!」の声が聞こえた。

 はっと気がついたら、警備員に捕まって、店の事務所に連れて行かれていた。カバンにパンやお総菜を詰め込んでいたのだった。

 「またやってしまったのか……」と激しく落ち込んだ。もう死ぬしかない、と思い詰めた。夫は「僕がいてもダメなのか…」と失望し、離婚を告げた。

 控訴審での執行猶予はもちろん認められず、新たな事件も合わせると、服役期間は3年半と決まった。人生のどん底だった。

札幌刑務支所の縫製工場。前方で刑務官が作業を見守る
札幌刑務支所の縫製工場。前方で刑務官が作業を見守る

 そんな中でも、まったく希望がなかったわけではない。専門病院に入院中に知り合った患者仲間が、遠方から夜行バスで拘置所まで面会に来た。盗癖について、「1人で抱え込まないで、なんでもっと早く言わなかったの?」と叱ってくれ、「応援してる」とも言ってもらえた。

 これまでは、服役していたことを隠すために、経歴などで嘘をつかなければならなかったが、同じ摂食障害を持つ仲間には、隠さず何でも話そうと思った。

「摂食障害が犯罪に直結してしまうので、絶対に治さないと。そのためには、治療を受けるのはもちろん、自分の中に貯め込まないで、少しは人を頼って、弱い自分の気持ちも話していきたい。自分の中に負荷ががかかりすぎると危ないので」

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 B子は、プライバシーにわたることまで、私の質問のすべてに、1つひとつ真っ直ぐに答えた。後日、かつての弁護人をみつけて確かめたところ、彼女の話は、自分をよく見せるための誇張も隠し立てもなく、すべて事実だった。

 私の取材を受けた理由を、B子はこう語った。

「こんな私の話がお役に立って、誰かが同じ苦しみをしなくて済むんだったら、と思って……」

 こうした誠実な人柄も、やりとりの際の言葉の選び方に感じた聡明さも、「今度こそ」という決意も、過食嘔吐やそれに伴う万引きの再発を防ぎきれない。その現実に、この病の深刻さを感じる。

 それでも、病を克服しなければ、再犯のリスクはつきまとう。出所後の彼女が、本当に今度こそ、適切なサポートと治療に巡り会えるようにと、祈らずにいられない。

(敬称略)

写真:殿村誠士 (*を除く。一部の写真は、個人が特定できないよう加工しました)

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】