お菓子の個包装は毒物混入事件を受けてのもの?

お菓子の包装例(写真:アフロ)

 ツイッターでこんなやりとりを見かけました。「日本のお菓子は過剰に個包装されているのではないか」という趣旨のツイートに対し、そのツイートを引用する形で、「日本の菓子が個別包装なのは『グリコ・森永事件』が契機」といった趣旨のツイートがされていました。このツイートは6月8日6時現在、9000以上リツイートされており、相当多くの人の目に止まっているようです。

 発端となったツイートはレジ袋有料化に関連したものでしたが、6月4日に東京新聞が過剰包装についての記事を配信していたことで、それを巻き込んで話題にされたようです。

「プラスチックごみが増えるお菓子の過剰包装をメーカーはやめてほしい」。新型コロナウイルス感染に伴う外出自粛の影響で、家庭ごみが増える中、東京都内の私立高校1年の女子生徒(16)が、身近なお菓子について、こんな署名活動をネット上で始め、賛同の輪が広がっている。

出典:「お菓子の過剰包装やめて」女子高生がネット署名活動 ステイホームでゴミ増加

 このような流れもあってか、菓子の個別包装はグリコ・森永事件を受けての安全策、という趣旨のツイートをする人を他にも見かけるようになり、あまつさえ菓子の過剰包装に疑問を持った人を罵倒するアカウントも見かけるようになり、さすがにこれは行き過ぎでしょう。

 そして、菓子の個包装が進んだのがグリコ・森永事件が契機、という言説は私にとっては大変疑問が残るものでした。菓子の個包装は生活スタイルの変化に伴った、菓子メーカーのマーケティング上の戦略であると認識していたからです。そこで、本当に日本の菓子の個包装は、グリコ・森永事件を契機にしたものかどうかを調べてみました。

グリコ・森永事件を受けた防止策

 1984年から85年まで日本を騒がせていた企業脅迫事件がグリコ・森永事件です。江崎グリコ社長の誘拐をはじめ、数々の食品企業を脅迫したこの事件では、犯人が毒物の青酸を入れた菓子を小売店に置いて菓子メーカーを脅迫したことで、日本中に大きな不安を巻き起こしました。店頭からは菓子が撤去されるなど、菓子メーカーの経営にも大きなダメージを残します。

 事件を受け、1984年7月にグリコは透明なフィルムで製品パッケージを密封するシュリンク包装と、剥がすと「開封済」と文字が浮かび上がる安全シールを導入しました。この時点で個包装は出てきません。

 しかし、これらの措置は1989年には終了します。理由はシュリンク包装が子供には開けにくかったことや、定価の4.5%ものコストがかかっていたためでした(朝日新聞1989年7月29日夕刊)。代わりにポッキー等で採用された安全策として、パッケージの蓋にハート型の切り込みを入れ、開封するとハート型の穴が開くようになりました。これは現在も続いています。

ポッキーの開封確認用のハート型の切り込み(筆者撮影)
ポッキーの開封確認用のハート型の切り込み(筆者撮影)

 また、グリコと並んで脅迫を受けていた森永製菓は次のようなコメントを残しています。

しかし、いくら包装を工夫しても限界がある。例えば店頭の商品に注射針で毒物を注入されたら、まず分からない。(中略)森永製菓(東京都港区)では「包装を改善するといってもキリがない。結局、生産、流通、小売りの過程で商品管理をきちんと行っていくしかないのでは」(総務部)という。

出典:毎日新聞「グリコ・森永事件 7年目の影/下」(1990年3月18日朝刊)

 包装を厳重にしたところでキリがないので、商品管理をきちんと行っていくというアプローチをとっています。実際、食品に対する意図的な異物混入事件は少なからず起きていますが、混入物で一番多いのは針とされています(神奈川芳行「農薬混入事件と食品防御の考え方」より)。現実的に針の意図的な混入を防ぐ食品パッケージは考えにくく、管理に重点を置くアプローチは妥当なものと思われます。

 ここでも安全策としての個包装が出てきません。いつ頃になって、個包装が始まったのでしょうか。

包装の軽量化と個包装

 グリコ・森永事件を受けて、厳重な包装になっていたお菓子でしたが、数年で別のアプローチとなりました。しかし、バブル崩壊後の景気低迷や、環境保護といった新たな課題が菓子メーカーに突きつけられます。これを受けて、包装はさらに変化したようです。

グリコ・森永事件をきっかけに、犯人の標的にされた大手菓子メーカーが厳重化や密封化に取り組んだ商品の包装が様変わりしている。不況による経費節減や環境保護の掛け声を受けて、菓子箱をフィルムで包むのをやめたり、紙箱そのものをやめてプラスチックフィルムだけにしたりする「軽装化」が主流になった。(中略)

転換のきっかけは、景気低迷による経費の節減。グリコの場合、事件後五年間は包装代が定価の四%を占めたという。さらに容器リサイクル法で商品の包装部分の重量に応じて再利用のための負担金を求められることになり、メーカー側は負担金を減らそうと包装の軽量化に努め始めた。森永はすでに一部のチョコレートの紙箱を薄い紙に変え、約一割軽くしている。

「軽包装」の安全対策について、メーカー側は、紙箱をのり付けして強くしたり、紙箱の開け口以外にもあちこちにミシン目を入れて、少しでも開封すれば痕跡が残るようにしたりして対応するという。森永製菓広報部は「できる限りの安全対策は必要だが、環境保護やコストダウンを考えるのも企業として当然だ」と話している。

出典:朝日新聞「菓子包装、軽く薄く グリコ・森永事件発生からあす15年【大阪】」(1999年3月17日大阪夕刊)

 このように、1990年代後半には菓子包装は、コスト削減や環境保護のために軽量化の傾向にあったようです。ところが、2000年代に変化が訪れます。

 1971年に販売が始まった森永製菓のチョコレート菓子「小枝」は、2004年に4本入りの個包装化が行われています。では、どういった理由で個包装になったのでしょうか。当時の業界紙は以下のように報じています。

今回のリニューアルポイントは、あらゆる食シーンに対応するため、包装形態をこれまでのトレー形態から四本ずつの個包装パッケージにしたこと。いつでもどこでも食べたい分だけ食べられるようになり、友達や家族で分け合ったり、持ち歩いたりと食シーンの拡大が可能になった。

出典:日本食糧新聞「森永製菓、「小枝」を個包装に一新 幅広い食シーンに対応」(2004年10月15日)

 コスト削減のために包装を軽装化したのに、今度はコスト増を伴う個包装になぜ踏み切ったのでしょいうか。産経新聞は次のように伝えています。

増量と個包装化でコスト増となるが、森永は「売り上げを伸ばすため、価格据え置きでの増量に踏み切った。消費者の認知を高めて販売増につなげたい」(広報部)としている。

出典:産経新聞「ポッキーVs小枝 「2強」味わい変更 量もアップ、価格戦略は対照的」(2004年12月5日朝刊)

 個包装化はマーケティング上の理由のようです。コスト増であっても、それを上回る売上があると踏んでのことでしょう。実際、個包装は様々な菓子で行われるようになっていますから、売上に大きな影響があるとメーカーではみていると考えられます。そして、グリコ・森永事件から20年経過していることからも、これが事件を受けた措置であるとは考えにくいでしょう。

包装は変わるのか

 結局のところ、菓子の個包装はグリコ・森永事件を受けての安全策という主張を裏付けるメーカー側の発言や報道の裏付けはとれませんでした。逆にマーケティング上の理由であることを示すものは複数でてきており、個包装は異物混入に対する安全策を主眼に置いたものとは言えないようです。

 これまで見てきたように、菓子メーカーは安全とコスト、利便性、売上といった様々な要素のバランスを取りつつ、時代に合わせて舵取りしていることは明らかで、条件さえ整えば現在の包装を変えることだって十分に考えられるでしょう。

 今回もまた、時代に合った解が見つかればいいのですが。